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〔杏奈は二人を見送り、再び独りを噛み締める。
彼女の頭上を覆うハナミズキ。
其れは背を撫でる様に、優しく揺れた。〕
?
〔どれ程の時が流れたか。
次に彼女が人を認識したのは老齢の男性。
優しそうな顔立ちの挨拶に、〕
おはよう、ございます。
〔杏奈もぼそりと返し、軽い会釈で見送る〕
〔耳に届く微かな声でおおよその察し。杏奈自身が繰り返す呼吸が、自身で一際強く感じてしまうのは、常では無い状況に惑う心のせいか。〕
――。
〔周囲の人のやりとりに耳を傾けては黙り。
瞳が窺う様に、ちらちらと合間を行き交う。
殺人、はじまりのくらく、と聞こえれば〕
――。
〔すぅ、と細まる瞳。
暫くは場に留まっていたが、
やがて人が散り行くのであれば
続いて割り当てられた家屋へ戻るだろう*〕
/*
グリタさんに関しては
役職フェイクな視線です(笑
でもきっと、杏奈は二人の雪合戦を思い、
其処に羨望があって、
ペケレに気持ちを委ねようとおもっているようです。
身勝手ですねえ。
[お茶ずずず]
- 朝・割り当てられた家屋前 -
〔2度目の逢瀬は必然。
杏奈は一人、ハナミズキを見上げ涙を流す。
頬に伝う温もりは、顎先に触れ地に落ちる頃、
その温もりを失ってゆく。〕
……管理棟の前の子じゃない
〔呟く言葉と共に、ゆらりと伸びる手。
昨日まで纏って居たシーツは家屋の中だが、
今日はシーツの代わりと言わんばかりに、
その身のあちらこちらについている、羽毛。〕
此処だったんだ、ね…
〔触れた手は更に奥へと伸び、
その木を抱きしめる様に優しく回される。
きつく抱きしめ、瞳をとじて〕
ごめんね…
ごめん、…ごめん、ね…
〔辛そうに零す言葉。瞼は微か、震えている。〕
あなたは、ワタシ。
もうずうっと、一緒だから。
〔口許には用意された笑顔が浮かぶ。
何処かぎこちない、諦めの様な。
杏奈の数倍もあるハナミズキは揺れるだけ。
しがみつく杏奈を、抱擁する事も無い。〕
ただ、ありがとうって。
一言だけ言いたかったの。
――、云いそびれてしまったけど。
〔云いそびれた、と零す杏奈の脳裏に去来するは
いつかの行き交う雪球と二人の男性。
そして、挨拶を呉れた綺麗な女性。〕
勝手なのは……解ってる。
でも、もう長くはないから。
〔小さな身体は木から静かに離れ。
見上げる顔は切なさに彩られ、儚い微笑み。
制服から数枚の羽毛がはらはらと落ちる。〕
勝手でも、期待するしかなくて…。
〔きゅ、と唇を噛み暫しの間。
再び唇が音を紡ぐ頃、香るハナミズキ。〕
お父さん、お母さんにもありがとうって。
――、云いたかった。
〔じくり、胸が痛み出す。
儚い微笑みは少々の陰りに彩られるが、
胸を押さえたまま、負けじと続く笑みと。
山ほどに深淵に溜まった、言の葉。〕
云いたい事は沢山あるのに。
見たい事、聞きたい事、逢いたい人。
遣りたい事、食べたいもの、のみたいもの。
たくさん、たくさん、たく――。
〔幾枚も、幾枚も。
口から零れてはハナミズキへと差し出すが、
本来の宛名は其処へ宛てたものではない。
だから――、届く事も無い。〕
- 回想・病室 -
〔すん、すん、と鼻を啜る音。
杏奈の両手には小さな文庫本が在り、
開かれた世界が優しく彼女を包んでいる。〕
――。
〔そんな創られた世界に没頭しては、
その他の一切を忘れ、流れる様に。
踊る文字と共に、軽やかなステップ。〕
……ふ
〔少々のユーモアが文章に見られれば、
気持ちばかりに口許が綻んだ。〕
――。
〔そして再びの没頭。
時折、痛む胸を無意識にか摩っているが、
それ以外の間は本にかじりつく、虫。
月乃、という奏者に彩られた音は、
何処までも深く杏奈を魅了した。〕
〔側の棚の上で揺れるハナミズキの鉢。
病室の窓から入る風が頬を優しく撫ぜる。
いつか、行こうと話した場所。
父も母も、ハナミズキが綺麗だと云った。
いつか、伝えたかった言葉。
こんな世界を見せてくれたセンセイに。
お礼が云いたかった。
いつか――、いつか――*〕
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