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[はちりと大きな目を瞬かせ、お行儀よく揃えた両の手のぎゅっと握って、それから、ほんのちょっと、緊張を隠せない唇をむにむに動かしながら、椅子に深く座っていました。
ルリはようく判っていたのです。
ルリくらいの年の女の子が、こんな時間に、一人で電車に乗っているなんておかしいのだと。ですから。ルリは決して油断をせず、お行儀よく、あるいは少しおすましして。そうして大きなリュックサック――おばあちゃんがルリの御誕生祝に買ってくれた、赤いリュックサックです。片側には『ルリ』と、ルリが自分で書いたネームプレートがぶら下がっています――を真横において、静かに座っておりました。]
[扉が開くと同時。
外の熱気と、
それに茹でられた真っ赤な顔の学生が乗り込んだ。
一人きりでの乗車というのに
「暑い」と声を出すことも憚らない様子で、
白いワイシャツの襟を大きく動かし風を取り込んで、
真っ直ぐ反対側のドア前へ足を進め
遠慮もなく背を預けた。
一切の迷いも躊躇もなく一瞬で居場所を陣取って
その男子学生はようやくフウと息を吐いた。]
[バサバサ。
車内の冷房なんのその、
自前の冷却装置かくやと言わんばかりに
ワイシャツの襟で音を鳴らし
男子学生は汗に湿る手で携帯を取り出した。
青いスマートフォンカバーだけが嫌に清涼感を漂わせている。
彼が慣れた手つきで画面に生み出したのは、
『ガツガツくん追加』
駅に入る前に別れ、買い出しを頼んだ
――パシった相手への追加オーダーだった**]
………………。
[前の人物に続いて乗車したその男は、
不機嫌そうに、またなにかに苛ついたように
大股で車内に入って席にどっかりと座った。
他者の目も気にすることなく、足を広げて座る。
舌打ちさえしそうな顔付きで、男は床を見ていた。]
[ホームから流れる風は、決して男の表情を緩めさせない。
窓の外を見ながら、汗を袖で拭った。
それが慣れているのだという仕草だった。
携帯電話を確認する。
男の古いそれは折りたたみ式のもので、
いつも電波が悪いことと、
軍手をしていても使えることだけが取り柄だった。]
[ふしょん。ふしゅう。続けざまの音にルリは顔をむけました。2つ、結んだ髪を飾ったリボンがゆらゆら揺れます。そしてすぐに、さっきの倍は速いスピードでリボンは揺れました。ルリが慌てて顔を戻したからです。
なんでルリは、慌ててしまったのでしょうか。]
[それは、ルリが目を向けた先にいた人が、なぜだか怒っているように見えたからです。小さなルリが知ってる『コワい人』の中に入るみたいに、怒っているように見えたからです。ルリは怖いものは苦手でした。
ぎぎぎっと機械仕掛けのように、背筋真っ直ぐ視線真っ直ぐ、ルリは正面を向いてその人の方を見ないようにしました。けれど、不思議なことです。見ないようにとルリが気を付ければ気を付けるほど、ルリの目はそちらへ向かっていくようでした。]
[お兄さんのような人がとても暑そうにしているのも目に入りますし、
眠たいのでしょうか、瞼が落ちかけている人だって、ルリの目には映ってきました。
けれど視界の端に、さっき見た機嫌の悪そうな人が入る度に。ルリの黒い眼は急いで反対側に向かうのです。ルリの目は勝手にシャトルランでもしてるようでした。クラスで一番の成績が取れるくらいの、素晴らしい動きです。]
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