情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 エピローグ 終了
─あの後─
[既に物言わぬイェンニと交わした、触れるだけの口づけの後。
窓から差し込む光に照らされた彼女の亡骸は、男の腕の中で泡沫となって消えた]
イェンニ…
[肩の怪我による失血のせいだろうか。
愛しい者の名を呼びながら、男の意識は途切れた]
─数日後─
[目を覚ましたとき、男は診療所のベッドの中にいた。驚いた事に、ニルスが医者を呼び、コテージから助け出されたのだという。
あの時、刺された傷が元で酷い熱を出し、2日ほど眠り続けていたと見舞いに来ていたマティアスに聞かされた。
…窓の外から、夏至祭の喧騒が聞こえる。しかし、今年はこの祭に参加することは出来ないだろう。もしかしたら、これからも。
ニルスに刺された左肩。その時に筋を傷つけたのか、男の左腕は、ほとんど動かなくなっていた]
[あの一件の後、いつの間にか右手の中に握りしめていた、青い石を光に透かす。
深い湖の底を彷彿とさせる、イェンニの髪の色によく似た青い石。
その色に、男は妙な懐かしさを感じる。目の前に広がる、きらきらとした深い青に。
泡沫と消えた彼女は、石になったのだろうか――]
…もしかしたら、
ずっと昔、湖に落ちた俺を助けてくれたのは――
[男の口元に、少し寂しげな笑みが浮かんだ**]
─夏至祭から数日後─
[外の喧噪も聞こえなくなり、穏やかな日常が戻ってきたことを、男は病室から知った。
退院の目処が立った頃――
男は、見舞いにきた友人に告げる]
…マティアス。
俺な、村を出ようと思うんだ。
[友は、どんな顔をしただろう。
顔も見ずに言葉を続ける]
…左腕が、ほとんど動かない。指先だけはどうにか…といったところだ。
南下して大きな町に行けば、治せる医者がいるかもしれないと先生が言っていたが…元通りになる確率は低いそうだ。
[それは半分本当で、半分は医者の気遣いだった。
男には自覚がなったが、あの一件以降、ぼんやりと宙を見たり、青い石を眺めることが多くなっていた。
一度村を離れた方が良いと判断しての医師の助言を、男はそうとも知らずに受け入れた]
マティアス。
お前も一緒に村を出ないか?
もしかしたら、お前の目を治せる医者がいるかもしれないし…。
それに――
[ひとりは、つらい]
…いや、なんでもない。
[言いかけた弱音を飲み込む。
一度は友と別れ、イェンニの元に向かっていながら、なんて虫のいい話だろう。
マティアスはなんと答えるだろうか。ちらりと、その顔を見た]
[マティアスの言葉>>13を聞いて、男は首を振った]
逆だよ、マティアス。片腕が使えないからこそ、助けが必要なんだ。
それに俺は、お前を足手まといだと思ったことはない。
そりゃあ、前みたいに手を引くことは難しくなるさ。けど、そこはお互いに補い合えばいいだろ?
…なあ。
イェンニが蜂に襲われた日に伝えたダグの伝言>>4:9、覚えているか?
お前にだってやれることはあるし、力を必要としている人もいるんだよ。
腕のことを抜きにしても、耳や感覚が鋭いから、来てもらえると色々助かるんだけどな。
[マティアスには見えなくとも、真っ直ぐに友の目元に視線を向けて。
男は返事を待った]
─自宅─
[1ヶ月ほどが過ぎ、傷も完全に塞がった頃――。
しばらく、ここには帰って来られないだろう。
男は、マティアスの手を借りてコテージで撮った写真の現像をした後、今まで撮りためてきた写真の整理をしていた。
懐かしい写真も沢山あった。
中には、村に来たばかりのクレストとミハイルの写真もあった。
そして――]
…イェンニ。
[見つけた写真の中には、生前、父が撮った幼児期の男と共に写るイェンニの写真も混ざっていた。
歳を取らないことを知られたくなかったのだろう。彼女が写っていたのはその一枚だけ。
コテージ内で自分が撮ったイェンニと、幼い頃の自分と写っているイェンニ。
変わらぬ姿のまま、彼女はそこにいた]
…ああ、そうか。
[朧気に、記憶の片隅に残る『おねえちゃん』の存在。
遊んでもらった記憶はあるのに誰なのか分からないまま年を重ね、いつしか『おねえちゃん』の事も忘れていた。その事を唐突に、思い出したのは]
あの人は、イェンニだったのか。
[それは幼い少年の、淡い初恋でもあった。
穏やかな笑みを浮かべる新しい主人に、白い蛇が、まるで寄り添うように身を寄せた]
…ん、あれ?
これは…。
懐かしいな。こんなの、そう言えば撮ったっけ。
[見つけた写真は、イェンニの写真だけではなかった。
まだ少年だった頃の男が、祖父からカメラを借りて時折撮っていた写真のひとつに。
幼い頃に村を出て行って以来、噛み合うことのなくなってしまった
――かつての友の写真があった]
………。
仕方ない。顔くらいは出してやるか。
─ニルスの家─
[出発の直前、男はニルスの家を訪ねていた。自由の利かない左腕をだらりと下げて]
[顔が合わせ辛いという事もあって、会うのは、あの一件以来になる。本当なら、そのまま何も言わずに出て行こうと思っていたのだが、そうも行かなくなった。
突然の来訪に、ニルスは何を思うか。仇でも打ちにきたのかと呆れ顔で見るかもしれない]
…しばらく、村を出ることにしたから、挨拶くらいはしておこうと思ってな。
それで、写真の整理をしていたんだが…これ、お前じゃないかと思ってなあ。
[小さな村だ。母親を亡くしたことも、父親が蒸発したことも、家庭内暴力があったらしいことも、祖父母に預けられたことも、すぐに広まる。
尤も、当時の男にとっては大人の話すことの意味など分からず、『時々遊んでいた友達が遠くに行っちゃった』という認識でしかなかったのだが]
それ、やるよ。
…じゃあな。
[ひらり、手を振って。
男はニルスの家を後にした]
[あれから、どのくらいの月日が流れたか――]
[生を終えた男が目を覚ますと、いつか会える日を焦がれていた、誰よりも愛おしいひとが、そこにいた]
…イェンニ。
おまたせ。
[くしゃり。破顔して、彼女の髪を撫でて、その体を抱きしめる]
あの日から、ずっと伝えたかった事があるんだ。
直接イェンニに言いたかった。
…愛している。
これからも、ずっと――
[唇が重なり、一度目は、触れるだけの口づけを]
ずっと、一緒に。
[そして二度目は、長く、長く――]
[男が生涯手放すことの無かった、青く透明な石は、いつの間にか消えていた。
そらはまるで、氷が溶けたかのように、水になって**]
情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 エピローグ 終了