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──ふう、これで全部入った。
[学校の生協から、本棚代わりのカラーボックスを3つ。
箱の中身を納め終わった頃には日が暮れかけていた。
何気なく書店名の入ったカバーの単行本を手に取る。
ぱらりと開いたページに、少し色の変わりかけた白黒の写真が挟まれていた──]
これ、……父さん?
[写っていた男性は、自分の記憶にある父親の風貌に─少しだけ若い顔だが─よく似ていた。]
I市って、確か……
[書店名とともに紙のカバーに書かれた地名は、父の郷里である北国のもので、本のタイトルは、そこよりもう少し北、本州最北端の県の別称だ。]
父さんの本、だろうなあ。
[写真を裏返してみる。]
照国神社……?
[高校の頃の部活動の合宿で、時折聞いた事のある場所の名が書き込まれていた。**]
あ、学習帳セット、当たったんですね。
[先程鉛筆を引き当てた作家の手に、ノート一揃いがあるのを見て、よかった、と笑う。]
福引き屋さん、景品がなくなって、店じまいしたのかもですよね。
[そんな憶測を、傍の女性に向けて。]
え?ちょっと…待って……。
[差し出されて思わず手にとってしまったのは、学習帳の何冊か。
続けて眼鏡の作家は、傍にいた女性にも一冊ノートを手渡した。
さっきの鉛筆の事もある。いいのか。]
あの。
お名前伺っていいですか?
[唐突ではある。
礼を言うにせよ遠慮をするにせよ、相手の名前を知らないままだったので、呼びかけようがないのに気付いたのだ。]
[それに──と、別の事も思いつく──]
よかったら、本を書かれる時のお名前も教えていただけますか?
[失礼だけれど、自分はこれまで読書と縁がなかったから、と付け加えた。**]
フユキさん、ですか。
[冬木さんなのか冬樹さんなのか或いは別の字をあてるのか。
まずは明日、ここを離れる前に、書店に行って探してみよう。]
僕は、獏と言います。
[夢を食べる動物の、そう付け加えた。]
[諸々、短い間の好意に礼を言って、教えてもらった所に向かいかけ]
あ、赤べこ。
[フユキの手にある学習帳の表紙に目が止まった。]
僕の実家にもあるんですよ、赤べこ。
父が小さい頃、祖父に買ってもらったらしくて。
[描かれた父の故郷の民芸品は、夜目にも鮮やかな赤。]
失礼します。
こんばんわ。まだお時間大丈夫ですか?
[実物大なのだろうか、日本刀らしい大きな写真が額の中に納められている。
蛍光灯の白い明かりに、笑みを含んだ顔の男性がその脇あたりに立っていた。]
「ええ、大丈夫です」
[答えた男は、おや、という表情でこちらを見返している。]
あの、何か?
[腕章を巻いている、職員らしき小父さんの顔には、こちらも何となく見覚えがあるのだが。]
「今日は一人でここにおいでですか?」
はい?
ええ、僕一人です が ……。
[異な事を言う。]
「はあはあ、なるほど確かに、あなたまだお若いですからなあ。」
[張りのある声─例えば夜店の呼び込みあたりにうってつけな─は、言葉を続ける。]
「──二十年くらい前から何年か、テキ屋をやってましてな。
毎年この日に店を出してたんですが、
──いたんですよ」
……いた、って
誰が?何が?いたんですか?
……変な事を聞きますけど、
そのお客さん、写真なんかとってませんでしたか?
[赤ん坊を抱いて、白黒の写真を]
「……ううん。」
[福々しい顔の眉間に、微かに皺を寄せ──]
いやあ、確かもう夜だったんですよ。
──ああ、でも持ってきてはいたかな、写真。
持ってきてた?写真をですか?
「ええ、奥さんが、『よく似てる親子よねえ』って、写真と旦那さんや坊やとを見比べて感心してましたよ。あと、──」
[しばし記憶をたどるように、言葉がとぎれ]
「──『親父さんと一緒に、この祭りを見てるんだな、僕は。思い出せたら、懐かしいだろうなぁ』
確かそんな風におっしゃってましたよ」
[入り口の方から、人の話し声─新しく来た入場者であろう─が聞こえてきた。]
じゃあ、僕はこれで。
[4〜5人の年配の見物客が入ってきたのを潮時に、一礼して立ち去る。]
──『思い出せたら、懐かしい』か。
[父の父─つまり祖父─も早くに亡くなったと聞いている。
父と自分、同じよう事を考えて同じ事をしていたのだなあ
そんな感慨を覚えた。]
[宿に戻ったなら、もう一度あの写真を見直してみよう
そして、(恐らく、だが)父を抱いた四十数年前の祖父に、はじめましてと言ってみようか─そんな事を思う。]
でも、もう少しだけ──
[射的にお面、風車にリンゴ飴
アセチレンランプの明かりの集まる方へ、灯籠に薄く照らされた参道を*歩いていった*]
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