[夜の庭はひっそりと静まりかえり、人も花も眠っています。
眠りを覚ますように、大時計の鐘がなりました。
ひとつ、ふたつ……。]
しーっ。
[振り向き、室内の大時計に人差し指をたてると、鐘はぴたりと鳴り止みました。
一瞬の静けさのあと、今度は足音です。]
しーっ、静かにしないと、皆が起きちゃうわ。
[時計にしたのと同じように人差し指を立てて答えます。]
私は、お花を探してるの。
あなたはお散歩?
[声を顰め、問い掛けました。]
私が探しているのは特別な花なのよ。
[そこまで言って慌てて口を噤みました。これ以上は秘密です。
しゃがみこんだ男の隣りに立ち辺りを見回しました。
花の甘い香りに、お酒の匂いが混じった夜気を吸い込みます。
彼が手に持った瓶をちらりと見つめました。叔父さんが飲んでいるのと同じお酒です]
どうもありがとう。
頂くわ。
[礼儀正しく、そう答えました]
じしゅてきに……?
[その言葉の響きはなんだか素敵でした。
土に置かれた瓶と男を、一歩下がって思案するように見くらべました。]
じゃあ、「自主的に」頂くわ。
[茶色い小瓶を手に取りました。あけると濃い匂いが立ち上ります。
舌でなめるように一口。
失礼にならないように、しかめた顔を背け、瓶を土の上に戻しました。
口を開けて、舌に残る濃厚な味を夜気で薄めました]
水が欲しいわ。
[庭には水場があるはずでした。
男に小さく頭を下げると、水場にむかって歩き出しました]
[背にかかる男の声に、振り向いて首を傾げました]
だから、枯れる前に探すのよ。
[からん。ガラス瓶の投げ置かれる音がします。男の姿は、花の向うに隠れました。
聞こえて来る声は小さく、自分に向けられたものかも、男のものかも判りません]
明日を忘れる……?
忘れたいの?
[まだ舌に残る味を確かめるように、口を*動かしました*]
[ポンプを押し、冷たい水を手に受けました。
舌に残る味を水が洗い流します。
小さくため息をついて、水場の脇に腰を下ろしました]
[どこかで、リズミカルな叫び声が聞こえました。
意味の通らないそれは、それでも人間の声のようでした。
今夜はやけに賑やかだなと、首を傾げました]