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[あれはもう、何年前の事だったのか。
歌手になりたいという彼女を一番反対したのは、母親だった。
栄光を浴びる事が出来るのは、ほんの一握りの人だけ。
夢ばかりを見るなと。
それに反発して、家を飛び出し。
ひたすら、がむしゃらに、脇目も振らずに頑張ってきた。
無茶なスケジュールだってこなしたし、苦手だけど曲をいろんな所に売り込んだ。
その努力が実ったのか、段々と売り上げも伸びてきて、なのに。]
[…事故に遭い、障害の残った彼女は歌手活動を中断した。
奇跡の復活。
耳の聞こえない歌姫。
そんなキャッチフレーズと共に復帰する事は、出来ない訳ではなかった。
けど、そんな装飾品ばかりを見られるより。
入院中、たまたま知り合ったファンを名乗る患者に歌った時に見せてもらった笑顔。
自分には聞こえずとも、確かにこの世界にはまだ音があるのだという証明。実感。手ごたえ。
無くしたと思ってた大切なもの。]
[事故に遭ってから、彼女は思い出した。
自分が歌手になろうと思った切欠。
聖歌をひとつ覚えるたび。
うまく歌えるようになるたびに。
与えてもらった、母親のやさしくやわらかな声と仕草。
それがどうしようもなく嬉しかった事。]
[そして彼女自身はまだ忘れている小さな約束。
いつか、世界中の人に私の歌を聴いて、幸せになって貰いたいのだと。
幼い少女が母親に言う、子供の戯言は。
皮肉にも、二度目の事故を切欠として叶う事となる。
事故で聴覚を失い。
そして再び事故に遭い、帰らぬ人となった歌姫。
彼女自身が嫌ったやり方で発売されるその追悼CDが。
やがては、遠い異国の国で発売され、世界中に広まる事となる。]
[今はまだ、そんな事を知る由もなく。
そして、自分がなぜまだここに留まっているのかも分からぬまま。
彼女は歌っていた。
昼も無く、夜も無く。
疲れもなく、休息も必要なくなったその身で。
そうする事以外を忘れてしまったように。]
[全身麻酔により少女の意識は途切れ、二度と目覚めることはない―――はずだった]
……あれ?
[目を覚ませば、全身を走る痛みと共に、薄暗い集中治療室にいるはずだった。それなのに]
ラウンジ……?
…おかしいな
[首をひねりながら、空を見上げた。夕暮れ時、風は強かったけれど、不思議とそこまで寒くなかった]
変なの、制服着ちゃって…変なの
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