[気配に気付いたのか、気付かぬのか、アーヴァインは変わらぬスピードで歩き続ける。
景色の色は目まぐるしく変わりゆき]
ん?
[少女の甘い香りが*届いた気がした*]
[サイレーンの歌のような、風の音のような、軽やかでそれでいてどこかせつなげな声に包まれる]
何か、足りないな……。
[あかく燃え盛る太陽も、あおく広がる海も、アーヴァインに温度を感じさせはしない。
それなのに、鼻腔をくすぐる花のような匂いは消えることがない]
可哀相、なのは――。
[足を止め、振り返り、わずかに見上げ]
誰だ?
[それは、真夜中に不審な影に問うのと*違わぬ口調*]
[アーヴァインは、丸くなって無防備に眠っている金髪の少女を見つけた。
そこでようやく気付く]
明るい。
[懐中電灯をなくした両手を見下ろし、次いで、*空を見上げた*]
[アーヴァインは、たどり着いた湖の水面を覗き込んだ。
虹色をしている水と、映りこむ空。自分の顔。
その奥、空の向こう、遠くとおく声が届く]
何が、足りない?
[外から聞こえた声に、顔を向けた]
おや。
君はたしか――。
[記憶を辿り寄せる。どの位置にあった絵画の少女だろう。
そして、自分が彼女と同じ世界にいることに、やっとのことで気付いたのだ]
おじさん。
[自分がおかれている立場よりも、その一言が胸に突き刺さる]
ま、君から見たらおっさんだろうけどね。
[湖に右手を浸す。揺れる湖面は、七つより多彩な色を孕む]
美術館の怪談が本当にあったとはな。
[存外に落ち着いているのは、覚悟があったからなのか、未練がないからなのか、戻れる確信があるからなのか]
みんな?
[鸚鵡返しにそう言って]
それはそれで、面白い。
ただ、バレたらクビだな。
[やはり、元に戻れるつもりでいるようだ。
ぽちゃん、と音が反響する]
大人が、こういうことを言うのは許されないだろう。
[戻れたら、の言葉に肩を揺らして笑った]
君たちは外へいけるのに、私たちは閉じ込められるのか。
まぁ、それでも構わないが。
[少女の軽い調子に、微かに残っていた緊張感や警戒心はすっかり消えた]
ここでは、不老不死なのかな。
[口角をぐっと持ち上げ、右手で大きく水をすくって上空へ舞い散らした]
[きらきらと輝く様は、どこか作り物めいていて、さほど美しくはなかった]
面白いな。
[何に対してか、*目を細めた*]