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??:ラウンジ→
[胸の奥にずきりと痛みが走る。
苦しい、そう感じて顎先を持ち上げ、大きく唇を開いて呼吸した。]
―――…ッ 、……。
あれ……?
[ふと我に戻り周囲へと視線を馳せる。
そこは見慣れたラウンジで、如何やらテーブルへ伏して眠っていたらしい。]
なんだ、夢か……。
[なんだか、酷くリアルな夢を見ていた気がした。辛くて、苦しくて…、とても怖い夢、だった、ような。
身を起こし乱れた髪を正していると、ラウンジ付近で立ち話する医師の声が聞こえて来た。先輩医師でもある、父の声だ。]
……まずい、…また説教される。
[父に見つからぬよう、反対側の廊下を使って一階へ向かう。院の外は春の陽気で温かく、心地良い潮風に頬を撫でられる。
微かに双眸を細めた。]
??:中庭
[中庭へ出ると、桜の樹が薄桃色の花弁を優しく散らしていた。その奥で、何故か向日葵が咲いている。]
これだけ温かいと、咲く時期を間違えてしまうものなのかもな。
[向日葵に近づき、そっと黄色い花弁を愛でた。見上げた先、桃色の桜。
なんだかとても得をしたような気分のまま、暫しそうして桜の樹に身を委ね、のんびりとした時間を味わう。
世界に今、『死』は存在しなかった**]
[やわらかな日差しの下、中庭では小児科の子供たちが遊んでいる。
はしゃぐ声を耳に、その様子を穏やかな表情で眺めていた。]
『慎一』
[出入り口から、父がやってきた。
背筋を正し、緩んでいた頬を引き締める。]
お疲れ様です、父さん。
休憩、ですか?
[父は数歩手前で歩みを止めた。
その表情は、桜の樹の影が邪魔して、よく見えなかった。]
『お前は本当に、……愚かな息子だな』
[ピキン、と硝子に皹入るような音と共に、風が停止する。]
[何故、父がそんな事を言うのか解らなかった。困惑の面持ちで色の窺えぬ父の顔を、じっと見据える]
『死が、それほどまでに怖かったのか』
『慎一』
『死の無い場所には、―――…』
[温かだった空気が一変し、肌を裂くような冷たい風と共に、視界いっぱいに暗い光景が拡がる。
とある病室では、治ることの無い病魔に侵され、痛みと永遠に戦っている患者の姿。
社会復帰出来ず、自我を手放してしまった患者の姿。
皆、終わることのない絶望を手に、苦痛ばかりの日々を送っている人々だった。
あそこに見えるのは『老人隔離所』、老いて動けず資産もなく、国によって僅かばかりの食料を受け取り、狭い空間に押し込められている人間達の―― いわば、墓場にも同じ施設。
地獄の淵を漂う魍魎のような悲痛な叫びが聞こえ、堪え切れずに耳を塞いだ。]
死ななければ、……いいや、死なないだけじゃ、……駄目、なのか…?
[嗚咽交じりの己の言葉に、父のかたちをした人物は、静かに頷く。]
『死』を克服したければ、一度だけ戻るチャンスはある。
巻き戻すか? 出来ないのならば、あれがお前の最期の姿、だ。
『死のない場所に、生は無い。』
[示された先には、隔離所があった。
肩を震わせながら『巻き戻す』、その言葉で連想した腕時計を、ポケットから取り出した。
皹が入り、絵の具で修復された腕時計。
この螺子を巻き戻せば、『死のある世界へ』戻る。
―――…怖かった。
再び多くの死に囲まれる事も、いくつもの別れも、その全てが]
[若い医師は緩く首を振って、時計を握り締めた。]
ここで、……いいんです。
『死のない世界』を望んだのは、僕なのですから。
[停止した刻は再び動き始める。
けれど、この歪んだ世界は偽りの世界だった。
若い医師の姿も、白い病院の建物も、海も、偽りの全ては無へと消えていった。**]
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