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[痛みなど、無い。
否、存在はしているが知覚されていない以上、それは存在を認められていない。つまり、存在していない。]
[己の視界の端から舞う赤いものが、油の中を泳ぐ稚魚のようにのろのろと頼りなく奔る。道化の衣装の端切れが泳ぐ。
唸り。
汽笛。
悲鳴。
否、喉笛の音。
警笛のように。危機を告げるように]
[(何を戒めているのか)
胸中の問い掛けに答えるかのごとく、身じろぎするものがある。
真っ赤に歪んだ風景の中、動く筈のないものたちが
否、先刻よりずれ始めているのだ。風景も、剣先も、]
[遅れて、砂粒が舞う。歪んで、煙のように。]
(知らず殺した――
――――命を落としたのは一体、誰だ)
[己の復讐のためではない問いが浮かぶ。
それに答えようとさざめく群集。
否、あれは柱だ。
くねくねと、熱に浮かされて踊るような姿をしてはいるが
否、あれらは。墓標だ。]
相対した相手が未だのうのうと歩いているという事は、私は敗れ命を落としたのだろうが……
死しても尚、この地上に囚われたままとは、何とも皮肉な事だ。
いよいよ数多の教義とやらもあてにならない。
[そもそもどの教義も男にとっては無意味なものだったのだが。]
視得るだけで、どうにもならん。
全く無為だな。
……そういう意味では、
生きていた頃とさして変わらん。
[情報屋と、軽業師の対話を終わりまで眺めて、一時、男の姿(とはいっても一般には見えぬものらしい。いわゆる心霊現象であれば当然のことだが)は掻き消えた。]
[しばし後]
[有翼人が、使命と称して一人の女を殺すところを、*見届ける。*]
[出来そこないの実験体と賞金稼ぎの女が息絶えた頃。
女は愛しそうに少女の生首を腕に抱いて、その頬を撫でていた。
見開いた眸は閉じさせて、だらりと飛び出した舌は口の中に収めさせる。
そうすればほら。腕の中に在るのは、生きていた頃と変わらない少女の姿]
やっと……手に入れた。
ドロテア……。
[するりと頬を撫で、温もり無くして久しい唇を、紅い舌でちろりと舐める。
舌先に伝わる濃い死の味に、くらりと強い酩酊感にとらわれる]
大丈夫よ。
すぐにまた、喋れるようになるわ。
……私があんたを産み直してあげる。
[ぎゅ、と。
素肌の腹部に押し当てる様に、ドロテアの首を抱く]
供儀は一度死んで蘇る。
救世主と同じように。これが本当の儀式――…。
私はリリスから聖母になるのよ。
[歌う様に囁くその顔は、まさに聖母のように慈悲深いそれ]
[強く強く。
腹部へと死した首を押し付ける。
肉がひしゃげ、皮膚が裂ける音と共に、ぐちゅりと粘性の音を響かせ別の個体であったはずの首は女の腹部へと溶けあい、混じり合い融合する。
そうして――……]
[――蝮の娘。
それは、施設がまだ少女の面影を残す頃に女に与えた名前。
幾度となく古き皮を捨てて新しく生まれ変わる蛇を不老不死の象徴だと盲信した者の手に寄り、人と蛇とを掛け合わせた融合体《キメラ》である事を知る者は少ない]
ああ……でも。
この子を産み直すには、足りないわ。
命が、足りない……。
[腹をさすりながら思うのは賞金稼ぎの女。
何度かの性交の合間に産み付けておいた蛇は、その身体の中でまだ生きているだろうか]
[意識を集中させれば、有翼人の発した大いなる光に照らされ、その表面を焼かれた賞金稼ぎの身体の内部で、蠢く分身の存在に気づく]
生きていたのね、良い子……。
[サーディがまだ生きている間に、蛇の中に蓄えさせていた命がまだ健在であることを知り、紅引く唇が口端をあげる]
戻っておいで、私の可愛い子供だち。
其の身に蓄えた命を、母に渡してちょうだい。
[その言葉を合図とするように、死したサーディの身体が一瞬震えると――]
[サーディの下腹を食い破り、飛び出す無数の蛇]
早く、はやく……。
戻ってきて、私に命を――……。
[歌う女に誘われるように、蛇たちは一斉に駆けだす。
寄生した宿主の命を女の元へと届けるために**]
俺は不真面目に生きている。
唯、不真面目に対して、真面目なだけで。
[返す言葉は、もう自分以外には聞こえぬ響き。
ゴム底のブーツの踵を鳴らし、同じく慣れた夜街の闇へと溶けて行く*]
沢山の音が聞こえる。
[其れは、生贄の少女に投げかけた時と、
同じような響き>>0:7を持っていた。
砂塵の街で、ほんの少しでも異常な状態を見つけられれば、皆集い、手に手に武器持ち向かうかもしれない。]
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