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−回想・喫茶店−
ほら、ここって最初はアンの名前が書いてあったんですけど
[そこまで言って、口を噤む。今度はフユキの名前が赤く染まっていたのだ――]
[当人が気づいたのかどうかは分からないが、それを口には出せなかった]
[水に滲んだその名前は、何故だか妙な虚ろさがあって。それでもさほど気にならなかったのは、アンの赤ほどの悪趣味さがなかったせいか]
水でも、こぼしたかな。
[夏の陽も落ち、夜の時間が近づく。女子高生が行方不明になってる以上、長居はできないだろう。現に外では役場の車が「早く帰りましょう」と帰宅を促す放送を流していた]
あ、すみません。
アタシもそろそろ帰りますね。
……お話、ありがとうございます。
[それは事件の参考というよりも、話を聞いてくれたことの礼か。ともあれ、放送にせかされるように店を後にする。次に姿を消すのはその作家志望の青年だとも*気づかず――*]
−道−
[喫茶店へ向かう道の途中で、何やら調査中らしい警察官に出くわす。アンの手がかりは何か掴めたのだろうかと、思わず彼らの会話に耳をすませた]
また行方不明だって?
ああ、今度は成人男性らしいな。冬木夏彦……とか言ったっけ
誘拐じゃないのか!?しかし、こんな小さな村で立て続けに行方不明者か……神隠しにでもあったとしか思えないな
(行方不明……!?)
[出掛かった言葉を、喉の奥に押し込む]
[昨日、事件について話し合った人間が姿を消したというのが、引っかかっていた]
(どうして――?)
[偶然なのか必然なのかは分からない、分かっていることは、アンとフユキが姿を消したという事実だけだ。考えながら歩くうちに、見慣れた喫茶店が見えてきた]
−喫茶店−
……こんにちは。
[マスターにアンのことを聞くのも躊躇われ、言葉少なに注文する。ナオのもとに届いたのは、予想よりも飲みにくかったアイスコーヒーではなくクリームソーダだった]
また、何か変なことになってるのかな。
[自由帳を覗いてみる。10人の名前が書かれていたページは、既に2人の名前が――]
……この丸印って?
これにも、何か意味があるのかな。
……だけど、絶対いい意味じゃないよね。
[名前の塗りつぶされたアンも、滲んでしまったフユキも姿を消してしまった。どうしても、良くない方向に想像してしまう。その現実から目を背けるように、謎のイラストを見やった]
[ふと、イラストの横に文章が付け足されているのに気づく。やれライオンに見えるだの、たいやきみたいだのと談笑していた頃、いや、昨日までは確かにそれはなかった]
「深き海に棲むは魚、高き空に棲むは――――」
[続く文章は、擦れたように薄くなっていて読めない]
はぁ……何でこんなに得体の知れないことばっかり起きるんだろ。
人はいなくなるし、悪趣味だし、怪奇現象も発生してるし……。
[考えることにも疲れたと言わんばかりに、支離滅裂な独り言を呟きながら大きな溜息をつく]
[店に入ってきたヤスナリの姿を認め、手を振った。その問いかけには、力なく答える]
んー……また増えてたね。
[イラストに添えられた文章、謎の丸印、そして水滴が落ちたように滲んだフユキの名前。それらを説明したところで、一言だけ伝える]
……フユキさんも、いなくなったって。
[店にやってきたサヨにもひらりと手を振ったところで、彼女が手に持っているものに気づく]
……花火?
それどうしたの?
[遊ぶという発想には思い至らずに尋ねる]
たまには息抜きした方がいいってのは間違いないけどね。
特にサヨは根性入れすぎだし……。
[普段のナオなら、遊びの誘いは二つ返事で受けるのだが、今日は事件のことが後を引いていた]
[ヤスナリの口調に驚き、戸惑いを覚えたが、覚えてる限りのことは伝えようと]
う、うん。
ここに来てた男の人でさ、ポルテさんとかモミジさんと話してた、かな。
でも、どうしていなくなったのかはアタシも
[そこまで言うと分からない、と首を横に振る]
昨日事件のことで話して、人攫いの証拠を掴むんだ、って言ってたんだけど……。
あ、大丈夫。
ちょっと驚いただけだから。
[謝るヤスナリに、気にしてないと返す]
その文章も、ちょっと意味が分からなくて。
昨日まではこんなのなかったのに。
もしかして、これが空に棲んでいるもの、かな。
違うの?
[ルリの慌てているような様子に、鏡の中を覗き込む。しかし、ナオに何か変わったものが見えるわけでもなく]
……うーん。
[と、首を捻るだけで]
[ルリの曖昧な返事に答えられない代わりに頭を撫でて]
ね。早く帰ってこないかな。
アンやフユキさんが戻ってきたら、皆で遊びたいよね。
何やるにしても大勢の方が楽しいよ。
……なんでこんなことになっちゃったんだろ。
[最後の一言は、呟きのように]
水の中に、空が……?
[その意味は分からなかったが、それでも、どこか頷ける気がして]
この事件って、その空に棲んでいる魚≠ェ関係しているってこと……?
[空に棲む魚の正体は、まだ分からないままで]
だね……。
一人でいたって、つまらないよ。
アンとフユキさんは、一人じゃないのかな……。
[攫われた人間が、今どうしているのかなど知るよしもない。ルリの視線につられてもう一度鏡を覗くが、もちろん何もない]
だよねえ……。
いなくなってるのは、ここに名前の書かれてる人だけだし、それ以外に共通点もないしね。
……そしたらさ、アタシたちのうち、また誰か消えるのかな?
[想像するのが嫌で、つとめて他人事のように言う]
それとも……この謎が解ければ……?
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