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―診療所前―
[井戸から水を汲んで、老人や女子供しかいない家へと運ぶ作業の途中。
診療所から駆け出して来る子供を見付けた]
あ、テンゴ。
おーい、あんまり走るとまた転ぶぞー。
[声を掛けるが、テンゴは『わかってるよー』と答えるだけで、振り向きもせずに行ってしまった]
やれやれ、あいつ一人でワカバさんの仕事増やしてそうだよな。
[呟いてから、桶を担ぎ直し]
こんにちはー。ワカバさん、水使います?
[診療所の中に向けて声を掛けた]
あ、おはようございます。
[現れた若葉に挨拶を返す。
彼女にも学校に通う年齢の子供が居たはずだが、既に見える所にはいなくなっていた]
いや……こっちが具合悪い時は、お世話になってますから。お互い様ですよ。
[柔らかな笑みを向けられて、少し戸惑ったような表情を浮かべる。
実年齢は彼女の方が年上のはずだが、顔だけ見るととてもそうは思えなくて、どうも接し方に迷ってしまうのだ]
そういえば、さっきテンゴが診療所から出て行ったでしょう。
あんなにしょっちゅう世話をしていたら、子供が二人居るようなものでは?
[冗談めかした表情で訊いてみる]
はい。……よいしょっと。
[桶の中身を甕へあけながら、若葉の笑う声を聞く]
う?
うーん、そういうものなんだ。すごいなあ……。
僕なんて、生徒が一人増えたらそれだけで随分と苦労するのに。
[自分の学校での経験を思い出し、頭を掻く]
え、あ……はい。
[頭の上に、小さな手が置かれるのを感じた。
子供に対するようなそれに、顔が赤くなるのを感じて視線を逸らす]
うん……でも、妊娠、とか、子育ても、いろいろ大変だと思うし。
無理して産む事も、ないんじゃないかな……。
[弟妹のいない自分には、女性の妊娠や出産は余り身近な出来事ではなく。
男の自分がどういう態度を取ればいいのかもわからなかった]
ああ、でも、子供が増えるのは良い事だよね、うん。
それじゃ、また明日来ます!
[若葉に向けて片手を上げると、診療所を出て行った]
[必要な所へ水を運び終えると、仕事を探しに畑へと向かった。
と、片袖を風に揺らす人影が見えた。
少し離れて、畑の中にダンケの姿もある]
こんにちはー。
栂村さん、どうも。ダンケさんは昨日ぶり。
[二人に向けて挨拶をする]
―現在・自宅付近―
[ダンケ、栂村と別れて、一旦家に向かって歩いて行く途中。
ふわり、と、ポルテの店とはまた違う香りを嗅いだ]
うん?
なんだろう……ダシの匂い?
[匂いの方向に顔を向けると、大振りの鍋が焚き火に掛けられ、周囲を4、5人が囲んでいた]
『あ、清治くん。良かったらどうだい?』
[どうやら振る舞われているのは、だし汁に醤油などで味付けし、葱などの野菜を入れて煮たもののようだ]
はい。……頂きます。
[椀に取り分けて貰った物を口にする]
『いやー、やっぱり骨の髄まできちんと食べてやらねぇと』
[ワッハッハと豪快に笑う声を聞きながら、汁を飲み干す。
頭の中で、ここ数日に出た死者の事を思い返していた]
……ご馳走様でした。
[動物らしい濃厚な出汁の汁を飲み終えて、椀を返した。
しかし、汁だけではどこか物足りないような気がして]
米、とか、欲しいな……。
ポルテさんの所に行けばあるかな。
[微かな期待を籠めて小料理屋へ向かうが、店先で見た物は『臨時休業』と書かれた札であった]
あれ?
……うーん、具合でも悪くなったのかな。
[お見舞いにはいずれ伺おうと思いながら、再び村の中を彷徨い始める]
―集会所―
[儀式の日が近いせいか、普段は人気のない集会所も、この時ばかりは頻繁に人が出入りしていた]
こんにちは……。
え、ポルテさんが?
[小さな村だけに噂の回りも早い。
大事はないという事を確認し安堵する]
良かった。ポルテさんの料理が食べられないのは困りますからね。
[差し入れの握り飯などを期待して来たのだが、まだ時間が早かったらしい。
ここまで来て何もしない訳にも行かないので、しばし練習をする事にした。
祭具の置かれた蔵から、儀式に使う笛を取り出す。
長い間受け継がれて来たのだろう、年季の入った色合いだ]
――――
[軽く息を吸い、音を確かめるように吹き込む。
空気を震わせ高い音が響いた]
……うん。
[一曲分吹き終えて、それなりに満足がいった顔で笛を下ろした。
集会所に来ていた顔役の老人が寄って来て、細かな指示や注文を付ける。
素直に頷いていると、中年の女性がお盆を手に入って来た]
『はいはい、休憩休憩!』
[お盆の上には期待通りのものが載っていて、思わず顔を綻ばせた**]
[塩味と梅干の握り飯を一つずつ頂いた所に、若いのだからとおまけでもう一つ。
若者は、この小さな村では貴重であった]
『セイジくんは、そろそろ子供の一人や二人こさえたかね?』
[そんな無遠慮な、といってもこの村ではさして恥ずかしがる事でもない質問も飛んで来る]
え、いや、僕は……
[口籠もっていると、老人らから大声で笑われた]
『最近の若い子らは奥手じゃのう!』
『ワシらの若い頃は……』
[そんな昔話が始まって]
……まだ何も言ってないのに。
[つい、目を逸らして小声でぼやいた]
[老人たちの昔話は、こちらを放りっぱなしのまま続いている]
……僕は一旦抜けますね。
それじゃ。おにぎり、ご馳走様でした。
[差し入れへの礼を言うと、話の邪魔をしないようにこっそりとその場を抜け出した]
……はあ。
[小さく溜息をつくと、次の仕事を探して歩き始める]
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