[彼女の声は聞こえたけれど、どうしても封筒から目が離せなかった。でも、それはすぐに]
あっ、
[皺が寄ってしまった。しかも、あっという間に後ろに回されてしまったからよく見えない。でもあれは、誰かにもらったものか、誰かに渡すものか。どっちにせよ、自分だけのメモなんかじゃないはずなのに]
怪我はないよ、私、意外と丈夫な方だし。
[貴方の持ってる手紙よりは強いはず。
そう思ったことは言わないし、聞きたくても、聞いちゃいけないと思った。でも、むずむずと聞きたい気持ちは膨らんで。
――何でそんな、悲しそうな顔をしてるの?
私が怖い顔をしているからとか、そんな理由じゃない。私が見たものが、たまたま彼女にとって見られたくないものだったんだろう。例えば、先生からの呼び出しの手紙とか、いじめの手紙だとか、もしかしたら、ラブレターなのかも。ふたつめの可能性を考えると、尋ねないのはあんまりかとも思ったけど。ごめんなさい、私は事なかれ主義を選びたい。]
…………大丈夫?
[さっきとは違った意味の、でも同じような言葉がこぼれ落ちた。
それ以上尋ねるのは他人として失礼な気がしたし、でも、見過ごしてはおけなかったから。それくらいには、私は、人間らしい。*]
[思っていたよりも返ってきた答えは意気地がなくて、何なのあんたと友達相手になら言ってしまったかも。でも、私とこの子は友達なんかじゃない。名前さえもおぼつかない。だから黙っていた。別に答える必要も、待つ必要もないのだけど。
でも、その意気地のなさはある種の魅力のようにも、私の目には見えた。
迷っている人の不安さというか、きらめきのようなものが見えたんだと思う。
迷う前から何も考えない私にはないものが、あったんだと思う。]
[駄目にしてしまった手紙は、宛先こそ分からないけれど。本当はとても大事だったんだろうなあと惜しくて、でも私に何か言う権利なんかない。というか、内容も相手も知らない。
悲しかったんだろうとか、白い封筒じゃなくてもっとおしゃれなのにすればいいのにとか、いろいろ考えた。でも、おしゃれを思うほどの余裕がこの子にはなかったんだろう。そんな顔に見えた。]
[夕焼けの中に赤みがかった髪の毛は綺麗に光って見えたのに、何だか今のこの子はとてもくすんでいる。髪の話じゃなくて、顔色の話。もちろん運動で少しは日焼けしてるだろう顔の肌色も、唇も、私と同じように二十歳にもならない健康的な色をしてる。
彼女の口元に浮かんだ笑みが気にくわなくて、私は思いっきり口をへの字に曲げた。
珍しいかもしれない、子供っぽいだろう顔。
でも、構うもんか。
彼女とは何の関係もないんだ。
どう思われたっていい。
何だかすごく、この子のしてることが馬鹿みたいだった。]
ふーん。
[別に、私には関係ないし。この子がどんな手紙を書いていようと、出そうと出すまいと。つまらなくて、誰か他にいないかなと視線を本棚の間から図書室の中へ。誰かの姿が、視界に飛び込んできたかも。
再び視線をあの子に戻す。への字をしたまま。
何だか間の抜けた顔してる、友達だったら可愛いなって思ったかもしれない。でもこの子は友達じゃないから、可愛いな、よりも何よ、の気持ちの方が上で。]
書き直さないんだったら、捨てたら?
[もういらないでしょ。
だったらもういいじゃん。
捨てちゃうんだったら奪い取って見ちゃおうかな。そんな気持ちさえよぎった。私はそんな、無神経なことをできる立場にいる。
この子のことを知らないからこそ、そんなひどいことを考えられる立場にいるんだ。手紙を受け取るべき人がどう思うかだって知ったこっちゃない。そういうのは当事者が考えることで、私には関係ない。
捨てないって言うなら、この子はどうする気なんだろう。*]