銀縁メガネの面接官は書類から目を離さずに、言った。穏やかだが神経質そうな中年の教師。きっと理科だか数学だか、その辺りの教科の担当に違いない。
"別にそんなことはありません"――喉まで出かかった正直な答えを飲み込んで当たり障りのない練習通りの答えを返し、僕は無事、理数科に合格した。
入学式の日、あの銀縁メガネに再び出会った。そのコウサカという名前の数学教師は僕のクラスの担任だった。相変わらず神経質そうな鋭い目つきで、ぱりっと糊のきいた淡いブルーのシャツに幾何学模様のネクタイ。よく見ると、何やらグラフと数式の柄がついている。
「イケメンだけど、ダウナー系だよね」というのが、クラスの女子たちの評価だ。さらに、彼女たちがどこからか仕入れてきた噂によると「熱心だけど相当な変わり者。あの先生が結婚しているのはこの学校の七不思議に数えられてる」なんだそうだ。
『やあ、本の虫シンヤ・リョウスケ君、入学おめでとう』
覚えていたのか、と、僕が面食らっているのにお構いなしで、先生は勝手に僕の右手を掴み、ぶんぶんと上下に振った。どうやら握手のつもりらしい。ご機嫌そうだが、目が笑っていないせいかどこか嘘くさいはりついたような笑顔と芝居がかった口調で、先生は続けた。
『図書室へはもう行ったかい。ウチは4類が充実してるからね、君の好みに合うと思うよ。9類より好きだろ?僕もそうだ』
一方的に告げて手を離すと、コウサカ先生はそれじゃね、と僕の肩を叩いて、どこかへ行ってしまった。「なんだ、あれ」「なんか変」「気持ちわる…」周囲からひそひそ声が聞こえる。そちらを見ると、女の子たちはびくりとして後ずさった。僕はかぶりを振って、ため息をついた。
その日、午後のホームルームで僕は案の定図書委員の役を押し付けられた。そんなこんなで、僕の図書室に始まり図書室に終わる三年間の高校生活が幕を開けたのである。