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−イヴの時間・事務室−
[昨日のセイジの表情。そして渡された資料。
まだ書類は開封していないけど、何となくそれが何を意味するのか、判った気がする。
メールでお嬢様に質問をする。こんな人物が倫理委員会にいるのかと。
程なくして返事が返ってくる。
予想した通りだった]
・・・・・・ 変えられないのかな。
[写真縦を見つめる。
動かなくなった、男性。
かけがえのない家族。
ううん、本当は家族だなんて言いたくない。
でも、それは良いとはされない事だったから。
お嬢様の手助けのつもりで引き受けた「イヴの時間」の経営。
でも、やっぱり限界なのかもしれない]
[事務所から、既に閉めてしまった入り口に。
”1138”
電光掲示板に時折流れてくるその文字。
本来は緊急退避用のコードとして使われているこの4桁の数字だが、アンドロイドにとっては全く違う意味を表していた。
これがこの店のキーなのだが、アンドロイドにとってはこれでいいけど人間にとってはちょっと判りづらかったかな、とため息が漏れる。
そう、それもわざとなのだ]
[そうふと思ってから、店内の掃除を再開しようとする。
と、その時扉をノックする音が]
・・・・・・どなた?
[ポルテの手には、セイジの書類が。
後ろ手に隠して、扉を開ける]
モミジ、さん?
良かった、無事だったのね。
[微笑みを返し]
ちょっと待ってね、預かっているわ。
・・・・・・あと、良かったら少し休んでいかない?
EVLEND、サービスするわ。
[そう告げ、事務所の中に戻っていく。
ほどなくして、モミジのペンダントとEVLENDが、モミジの前に置かれる]
・・・・・・心配してたのよ。大丈夫だった?
[普段はあまりしないのだが、自分用にもEVLENDを淹れ、口に含む]
そう、ギンスイ君が。
・・・・・・この店にいる間ギンスイ君はどんな気持ちだったのかしら。
[手元のEVLENDに視線を落として少し沈黙し、モミジへ視線を戻す]
ごめんなさい、聞いていいのか判らないけど・・・・・・貴方のペンダント、中を見てしまったの。
貴方にとって、それはどんな意味があるのかしら。
もし貴方が許してくれるなら、私は貴方のお話が聞きたいの。駄目?
区別・・・・・・そうね。区別は必要かもしれないわね。
人間とアンドロイドは、どんなに強い絆で結ばれていても真の意味で結ばれることは出来ないから。私はそう思う。
でも、後悔をする必要があるとは、私は思わないかな。
[胸の辺りを、ぎゅっと握りしめる]
人とアンドロイドが思い合う。それ自体はとても素敵な事だと思う。悲しい事も沢山あるかもしれないけど、それは人同士でも一緒でしょ。
・・・・・・ ありがと。
[呼ばれた理由。なんとなく判る気がする。でもそれは科学では証明出来ないことなのだろうと]
変なこと聞いちゃったから。私も。
貴方にひとつだけ、言わないといけない事がある。
[カウンターの中で、小さなディスプレイを操作する。
電光掲示板の表示が消える]
[頭の上に、天使の輪が表示される]
モミジさん。EVLENDのおかわりはいかがですか?
[先ほどの口調とはうって変わって、少し堅苦しい喋り方になった]
[手元にある画面を再度クリックする。電光掲示板が元に戻り、ポルテの頭の上のリングも消える]
きっと、貴方が愛したそのアンドロイドは幸せだったわ。どんな結末だったとしても。私が保証する。
私も、一緒に逝きたかった。でもそれは出来ないのよ。
[3原則には、自身の破壊行為を禁止するに等しいルールがある。
動かなくなった、自分を作り出した博士。
時坂事件の中核となった時坂博士と同じ研究を行っていた人物が、CODEEVEの実験体として作り出した2体目のアンドロイド。それがポルテだった]
このEVLENDだって、あの人が好きだったコーヒーのブレンドをそのまま再現しているだけ。
私にコーヒーの味なんて判るのかしら。ずっとそう思っていたの。
でも、私はね。あの人が好きなコーヒーがおいしくないなんて信じてないの。
だから今でも、このコーヒーを淹れ続ける。
あの人の代わりに、誰かに飲んで欲しい。
[モミジに微笑んで]
その子も、CODEEVEがあったわ。
きっと貴方も、愛されていた。
結ばれないかもしれないけど。
それでいいんじゃないかしら。
私はもう、充分。あの人の思い出と一緒に、機能が停止する日を待つだけよ。
でも、同じ思いをしている人もアンドロイドもこの世界には沢山いるの。
結ばれなくても、せめて一緒にいる時間を肯定してあげたい。
それを実現するためのテストケースなの。この「イヴの時間」は。
御免なさいね、こんなことにつき合わせちゃって。でもだから、貴方はここに来た。
・・・・・・
[モミジの背中を見送る。
彼女の心にも、イヴの時間が訪れますように。
そう呟く。
そして、テーブルの隅に置かれた、セイジの倫理委員会の資料に手をかける]
[資料には、現在調査対象になっている地域と調査予定日、そして調査結果ステータスがずらっと羅列されていた。
この「イヴの時間」も対象となっている。
そして、調査予定日は1週間後]
大義名分が無いわじゃないわ。でもきっと駄目でしょうね。
[この店は、アンドロイドが経営を行うという事で政府から認可を受けている。
当然、異例の出来事である。
つまりこの店は、アンドロイドがアンドロイドへサービスを行うことを目的とされた店舗。
店頭の1138コードは、人間にとっては緊急退避シグナル。つまり店頭はかろうじて”アンドロイド向け”である事を表記していた。
しかし、あくまで法の目をかいくぐった結果。倫理委員会が入れば、テストの続行は出来ない。たとえ店を守れても]
お嬢様に相談しないと。
[事務所に戻り、端末でお嬢様 − 博士の残した長女で、ポルテに支持を出しながら研究を続けている女性 − へとリストの送付と指示を仰ぐメールを送る。
程なく返って来た返答。それは]
『3日後に、イヴの時間を既に調査が完了した地域へ移転する』
[という決定事項だった]
・・・・・・ あと、3日。
[準備もある。実際に店を開いていられるのはあと1日だろう]
判りました、お嬢様。
[始まりもあれば終わりもある。唐突に存在を表したイヴの時間は、唐突に消えていく。
思い出の残りがだけを、残して]
−イヴの時間−
[今日が最後の営業になる。
少しだけ寂しいと感じるのもまたCODE:EVEがもたらした感情なのだろう。
また新しい出会いもある。そして、この店に集まった人やアンドロイドも新しい出会いがある。
だから、何も言わずに今日も「イヴの時間」を開店させる]
[入店してきたペケレに、書籍化を依頼される]
え・・・・・・私が?
えっと、でも。
[自分はアンドロイドだから。本など書けるとは思っていない。
でも、きっといい機会だと思う]
じゃあ、私だけではなくて他の誰かと共作でもいいかしら?
その方からペケレさんに後日原稿を送らせて貰って、それがペケレさんにとって書籍化していい物であれば、お願いしようかな。
[ペケレに連絡先を聞き、休みの合間にお嬢様へと連絡を入れる。
お嬢様からは快諾のお返事があり、数週間後にペケレの元へと原稿が届く事になる。
題名は、「イヴの時間」。内容は、この店で起きた出来事を元にした小説になっていた。
しかしその物語にポルテは登場せず、トキサカ事件から始まり、そしてCODE:EVEの実験機1号となるアンドロイド”サミィ”を廻る物語だった]
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