―マンションの一室―
[いまいち弱々しいベルの音が響いている。時々途切れかけながらも、そのベル――四角く小さな目覚まし時計――は、部屋の隅、机の上、倒れる気配も、仕事をやめる気配もなく]
……う、……
[机に突っ伏していた男が、ふいに身じろぎ。少しの間を置いて、またやや動く。それから緩慢な動きで片手を目覚ましの方へ伸ばし――ぴたり、とベルが止まった]
……。
[ゆっくりと瞼を開き、顔を上げ、尚ぼんやりとした様子で周囲を見回す。ずれた眼鏡を押し上げてから、ふう、と小さく溜息を吐き。
顔と腕の下敷きにしていた原稿用紙、そこに書かれた文章――隣人がいつの間にか未知の生物と換わっていたという内容の小説だった――を見下ろして]
……こんなものばかり書いているから……
あんな夢を、……
……どんな夢、だったかな?
[独りごちる言葉の最後は、疑問系だった。
覚醒を促すように軽く頭を振り、男は椅子から立ち上がる。閉め切られたカーテンを開けては、日の眩しさに目を細め]
[何か、化け物になっていたような気がする。そして大抵お腹が空いていて、何だか、甘いものが美味しかった。それか、食べたものは皆甘かった、か?
そんな事を考えるでもなく考えながら、男は台所に向かい。やがてコップ一杯の水を手に机の傍へと戻ってきて。コップを机上に置くと、引き出しから内服薬と書かれた袋を取り出し、開きかけて――]
……ん?
[電話が鳴る音に、動きを止める。
袋を一旦机に下ろし、電話がある方へと歩いていき]
[がちゃり。電話がとられる音]
……はい。石田です。
あ、……朽木さん。
寝て……いえ、はい。寝てました。
今日、ですか? ええ、私は……大丈夫、ですが。
[しばらくの間、会話が続き]
はい。
では、また後程。
[通話が切れる音。がちゃり、と受話器を置いて]