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中庭
[遠く向こうより、海の香がする。
ここからは見えないけれど、きっと高い所に行けば知る事が出来るのだろう。
その色は果たして、煌いているのか、それとも鉛の色をしているのか。
無意識のうちに、潮風を胸に吸い込み。
喉を震わせて、音を紡ぐ。
それは幼い頃より繰り返し歌い身体に染み付いた、神を称える為の歌。]
[その歌声は、誰かに聞かせる為のものだろうか。
分からない。
ただの自己満足なのだろうか。
分からない。
それでも彼女は、毎日この場所へと通う。
少し前まで自分自身も入院していた病院へ。
子供にせがまれ、老人に頼まれ、あるいは今こうしてるように誰に言われずとも。]
[歌い終えると、見知った顔と見知らぬ顔がいくつか。
声を聞いて立ち止まっただろう人たちのささやかな拍手が見えて、まるでステージの上に居るように気取ったお辞儀をしてみせた。
胸に広がるのは密やかな安堵。
この世界には、確かに歌が旋律が存在しているのだという事への喜び。]
ありがとうございました。
[薄い笑みを浮かべてから、感謝の言葉を述べる。
それは聞いてくれた人にであり、世界に対しての言葉でもあった。]
受付
[中庭から受付に移動すると、警備員の姿を瞳に捉えた。
入院している時は居たかどうかすら知らなかったのに。
退院してこの病院に通う内に、その姿は見慣れてしまっていた。
いや、彼の事だけではない。
毎日毎日、用事も無く通っている内に、スタッフや入院患者の大半は見知ってしまったし、見舞いの人も何人かなら記憶に残っている。
向こうがこちらを知ってるかどうか、までは知らないけれど。]
こんにちは。
いつも、お疲れ様です。
[すれ違う前に立ち止まり、頭を下げた。]
[彼女に彼の返事を解する事は出来ない。
言葉ではなく、ざわざわとした耳鳴りとしてしか捉える事が出来ない。
口の動きを読む事も、容易では無かった。
けれど、何を言われたかは分かった気がしたから、軽い微笑を浮かべた後、それ以上は喋らず再び歩き出す。
目指す先は病棟へと続く階段。
入院中、そして退院してからも続けられた行為。
知っている人の所、あるいは知らない人の所へも、ふらりと気が向いた所へ足を運ぶ。
さて、今日はどの階まで行って、どの病室へ行こうか。**]
3階・廊下
[まるで踊るようなふわふわとした足取りで、廊下を歩く。
途中、すれ違った人には軽い挨拶を交わした。
自分の耳の事を知っている人は手を振るだけで返してくれたり、分かりやすいよう大きく口を開けて短く返事を返してくれたり、そんなちょっとした事が何と無く楽しい。
もちろん返事を返してくれない人も居るけど、だからといって挨拶を止める理由にはならない。
そんな時、椅子に座る少年の姿を見かけ、それまでと同じように声をかけた。]
こんにちは。
今から本を読む所かな?
[視線は閉じられた本へ、そして少年の視線を追いかけるように窓へと移動する。
レンズ越しに、自分の歩いてきた道が遠くに見えた。]
[少年からの返事があろうと無かろうと、彼女は気にせずに再び歩き出す。
もとより返事を期待しての行為ではない。
無意識に鼻歌をうたいながら、誰かに会うたび挨拶を繰り返す。
これが彼女の日課。
ふらりとやって来て、日が落ちてくれば帰ってゆくだけの日々。
当然仕事などしては居ない。
休業中という事になっているが、復帰の予定は今の所存在していない。
そんな娘の様子に親は、気がふれてしまったのだと、嘆き、悲しみ。
今ではすっかりとさじを投げられている。
だというのに、行動を改めないあたり、両親の懸念は事実なのかもしれない。]
ラウンジ
[ラウンジまで来た時、見つけたのは人形を抱いた老女の姿。
小さい頃あんなお人形を持っていたような記憶がある所為か、眼鏡の奥の目元が柔らかくなった。]
こんにちは。
おかげんはいかがですか?
[口元を動かし、笑顔を浮かべる。
もし具合が悪ければ看護師に伝える筈なので、これは質問としては意味が無い。
だから、やはり返事はあってもなくても気にする事無く、また歩き始める。]
[ふと窓の外を見れば、中庭には車椅子の患者とそれを押す医者の姿。
先ほどあちらに居た時は見かけなかった筈だから、入れ違いになったのだろうか。
何と無く立ち止まってじっと視線を向けてしまい。
相手がこちらに気付けば、軽く手を振り。
そうでなければ、やがてまたその場を離れる。
わざわざ中庭まで出てきちんと挨拶をする、という事は無い。
後で会えたらその時でいい。
今日縁が無かったら明日、明日も会えなかったら明後日。
時間はまだまだ、いくらでもあるのだから。]
[中庭を見た後、アナウンスに呼ばれた少女へ、そうとは知らずすれ違いざまに挨拶をして。
その後も忙しそうなスタッフ、売店へ移動中の患者、見舞い帰りの人、様々な人と会い。
時に筆談をしてもらい、時にこっそり小さな声で歌ったりしながら時間は過ぎて行く。
ぐるりと院内をめぐってしまって再び3階へ戻った時、談話室で退屈そうにしている少女の姿が見えた。
それは小児科にかかる子供たちが良く浮かべている表情だと、彼女は知っていた。
大人にとっての入院と、子供にとっての入院は、その意味合いが異なる事も、知っていた。
だから少女の近くに行き、挨拶と共にこんな言葉を述べる。]
こんにちは。
…お歌はいかが?
小さめの声でないと怒られてしまうけど。
[そして、自分では小声のつもりだったのに怒られる事もしょっちゅうだけど。
とも付け加える。
もし少女が望むのであれば、アヴェマリアでも歌おうか。
それとも、流行の歌の方がいいのか…最近の曲は、聞いていないから分からないけれど。
なんて事を考えながら、微笑んで唇に人差し指を当てた。]
[そんな日常が、これからも続くものだと思っていた。
けれどその日の夕方。
彼女は、病院を出て家へと帰る途中、彼女は人生二回目の交通事故に遭うこととなる。]
病院からの帰り・事故現場
(私…今度こそ死んじゃうのかな…)
[痛みらしい痛みは感じていなかった。
ただ、ひどく寒いくて、目を開ける事が出来ない。
ざらざらとノイズのような音が聞こえる。
その正体が人の声なのか、サイレンなのか、あるいは耳が更に壊れてしまっただけなのか、彼女には判別がつかなかった。
自分がどうなってるのかも分からないまま唇を開く。
しかしどうやら息を吸い込むという行為すら、今の彼女には難しいらしかった。]
――… …
[彼女の声は、果たして誰かに聞こえているのか。
それすらも分からぬまま、彼女は途切れながら、途切れながら、口を動かす。
内容は、誰かに助けを呼ぶ為の言葉ではない。
まして遺言などでもない。
それは子供の頃から身体に染み込んでいるもの。
主に捧げる為の聖歌。
神の御許に行く者の為の、鎮魂歌。]
(ああ、せめて…せめて…)
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