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[初音はウミがかつて灯台守であったことも、>>0:30
浜辺の管理を任されていた>>0:51ことも知らない。
ただ、その海の家が無人であることをわけもなく確信し、
数歩後ずさった。
表情を強張らせ、背筋に冷たい汗をかきながら。
ここは朝顔の町の一部だ。
ウミがおっとり語ったような、過去>>38に戻っただけの町では
なさそうだった。
初音はミモリの姿を求め、防波堤の上へと視線を走らせた。
猫がまだ自分に視線を向けていれば、>>69
防波堤から離れて日陰へ入り、]
ミモリ、こっちへ来て……
ね、誰か他のひとはいない?
ウミさんとわたしの他にも、誰か人間が近くにいない、かな……?
[心細さの滲んだ声で、そう呼びかけるだろう。**]
[朝顔に つるべとられて もらひ水
その句を詠んだのは、
加賀千代女(かがのちよじょ)として知られる女流俳人だった。
朝顔を多く題材にしたので、出身地の旧松任市や合併後の白山市では、
市のシンボルとして市民に広く栽培を奨励している。
朝顔。
隣接するK市生まれの初音にとっても、それはありふれた、
親しみやすい植物、のはず……、
なのだが。]
多すぎる…………。
[初音はつぶやく。
タブノキの木陰で汗を拭きながら。]
[野生化して長いのか、この町では直植えする習慣なのか、
一年性植物とは思えないほど、朝顔はあちこちで繁茂していた。
海の家のように、小規模の建物の中には蔓と葉で半ば覆われているものもあるほどだ。
そして、それらが競うように花を広げていた。]
ミモリはどう思う……?
わたし、考えすぎかな……
[猫はついてきてくれただろうか。
まだ近くにいるなら、そう声をかける。]
[初音は耳を澄ませる。
波音だけだ。
音楽は聞こえない。]
……誰か、探そうか。
きっと、ナミさんとわたしだけじゃない。
この世界に呼ばれたか迷い込んだかした人が、
他にもいると思う。
[猫にそう決意を告げると、初音は木陰に学生鞄を置き、
ヴァイオリンケースを開けた。]
[手の汗をハンカチでよく拭うと、ヴァイオリンを取り出し、
緩めていたペグ(糸巻き)を調節する。
4本の弦を順番に指で弾き、音叉と音を聴き比べること数回。
取り出した弓のねじを回し、弓毛に松脂を塗り、
初音は立ち上がった。
呼吸を整え、あご当てに布を挟んで、肩と顎でしっかりホールドする。
弓を構えると、まずは練習がてらに短い曲からと思い、
エドワード・エルガーの『愛の挨拶』を奏で始めた。]
[エルガーが友人の婚約記念に贈った曲はすぐに終わる。
3分足らずのロマンティックなメロディを耳にした人はいただろうか。
次はフリッツ・クライスラーの『美しきロスマリン』。
初音は『愛の喜び』『愛の悲しみ』と演奏を続ける。
ロマンティックで甘やかな響きのこれらの曲は、演奏される機会も多く、
聞き知った人も多いだろう。
全部合わせて15分も経っていないが、演奏に集中していると雑念が消えていく。
初音は何度か深呼吸すると、
パブロ・デ・サラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』を弾き始めた。
ヴァイオリンの音を嫌う猫は多いらしいが、ミモリはどうだったろう?
その姿が見えなくなっていても、演奏に集中した初音は気づかなかったに違いない。**]
[さらに15分ほどかけてヨハン・ゼバスティアン・バッハの『シャコンヌ』を力強く弾き終えると、
初音は大きく息を吐いて弓をおろした。
汗は引いたけれども、風が来ないせいか、じっとりした暑さを感じる。
もう1曲だけ弾いたらここを移動しようと初音は思った。
大きなタブノキの枝葉を見上げ、元気の出そうな曲をしばし考える。]
[葉加瀬太郎の『情熱大陸』を選んで、初音は弓を構え直した。
どこかもの悲しい印象のイントロから、
雰囲気の一変する陽気なディスコテイストのサビのメロディへ。
脳裏にピアノの伴奏を思い浮かべながら、初音は片足でリズムを取る。
数分間でくるくると表情を変えるメロディは、
TV番組のタイトル通り、聴く者に強い“情熱”を感じさせるだろう。
今、この近くに、
見知らぬ異世界へ飛ばされて途方に暮れている誰かがいるならば、
この曲で勇気づけられるだろうか。**]
[海岸から見上げると、灯台は丘の上というより崖の上の印象だ。
初音の片手は荷物でつねにふさがっている。
戻って、あの人ひとり分がやっと通れる幅の、急な階段を上がる気にはなれなかった。
町のほうを見やり、初音は考える。
ウミが推測したような過去>>38の町になっていても、
大きな道は変わらないのではないだろうか。
学校を出てからそうしたように、
展望台へと続く遊歩道を上がっていけば、またウミに会えるだろうと思い、
向きを変えた瞬間、黄色いものが目に入り、驚く。
若い女性の衣服だった。>>91
相手は初音に気づいただろうか。*]
[短く自己紹介を交わし合うと、強く仲間意識を感じる。
自分の単純さに内心呆れながら、]
他にも、この世界……異世界なのか何なのかわかりませんが……
ここへ来ている人がいます。
あの灯台の下、展望台になっていて。
ウミさんというおじいさんが、猫と一緒にこの世界へ。
兎に探し物を頼まれたという話も同じでした。
[崖の上の灯台を指さし、初音は提案した。]
一緒に行きませんか?
町はずれから遊歩道がつながっています。
もしかすると、他にも何人か呼ばれているかもしれません。
町の中で出会えるかも……
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