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屋上
[潰れたパッケージを取り出す。
最後の煙草だった。
食料はなんとか持つけれど
煙草を買える金はない。
いよいよ、何かを売って捻出しなければ――
ぼんやりとそう馳せながら
最期の煙草に、火を点けた]
[近くにいた男の子、顔に目立つ火傷の痕がありました、がいくんと言うそうです、その子にお願いして手伝ってもらって、わたしは煙草を買いました
ハイライト、かみさまの分です
わたしの分のハイライトは、まだあるから大丈夫です
わたしは屋上へ向かいました
かつみさんたちが来るまで、まだ時間があるだろうから]
―屋上―
[屋上の隅っこ、わたしはポケットからハイライトを取り出します
口に咥えて、かみさまの銀色をしたジッポで火をつけます
それからジッポをポケットにしまって、代わりに取り出したものがあります
小さな石でした
かみさまの、お墓の石です]
[‥‥―――さん。
石を見ながら、心の中でかみさまの名前を呼びました
わたし、今日、いきますね。
あなたのところに。
両手で包んだ石を、そっと額に触れさせます
やっぱり石は石なのです
それはひんやりしていました]
[今日の空は昨日と異なり、いつもの白い空だった。
紫煙はゆらりと揺れながら
空に焦がれるように昇りゆく。
ふと、屋上の扉の開く音が聞こえ
周囲を見回すと――
隅の方に佇む女性の姿があった]
お嬢ちゃん、久し振りだなァ
元気かい?
[蟀谷を揉みつつ、ゆっくりと煙を味わい
何時もの調子で、声を掛けた]
[わたしは石をポケットにそっと仕舞って、それから口に咥えた煙草を離して息を吐きます
白い煙が空へ向かって行きます
わたしも、こんな風に行けるのでしょうか
空の高い、たかい、ずっと上の、きっとかみさまがいる所まで。]
「お嬢ちゃん、久し振りだなァ
元気かい?」
[その時、声が聞こえました
聞いた事のある声でした
わたしは振り返ります
そこにいたのは、いつかのおじさまでした]
こんにちは。
[わたしはにこりと微笑んで、挨拶をしました]
こんにちは
昨日、アンタさんの絵を描いたよ
そうやって煙草吸ってる姿を、
かみさまが見守ってる絵をなァ
[屈託なく笑いながら、昨日の絵を思い出す。
写生したわけではないので、少し乙女チックな
漫画染みた絵になってしまったけれど]
「昨日、アンタさんの絵を描いたよ
そうやって煙草吸ってる姿を、
かみさまが見守ってる絵をなァ」
[おじさまの言葉に、わたしは何度かまばたきしました
この人は、かみさまを知っているのでしょうか
ううん、違います
かみさまのおともだちではないと思います
たぶん、ですが
だから、きっと、想像で描いてくれたのでしょう
それでも、嬉しいと思いました]
それは、ありがとうございます。素敵ですね。
見てみたいなぁ。
[自然と、顔が緩んでしまいます
わたしはへにゃりと笑いました]
[少しばかり驚いたお嬢さんの様子に
勝手にモデルにしただなんて、気持ち悪いと、
そう思われてしまっただろうかと首を捻る。
けれど、そういうわけではなかったらしい。
続く言葉に、此方もお嬢さんのように
頬を緩ませて、笑った]
ああ、今度持って来るなァ
そんなに上手いもんではないんだが…、
[人に見せる程の腕前でもないけれど
なんとなく、彼女に見せたいと感じたのは何故だろう。
何時でも「かみさま」は見守っているんだよ、
そう伝えたかったのかもしれない。
幾許かの言葉をお嬢さんと交わし
最期の煙草を終えて、屋上を後にした。]
優しさに包まれて
[寒かった屋上と異なり、
休憩室は暖かさに満ちている。
ここでの午睡は既に日課になりつつあった。
特に今日は、人の気配を一切感じず
心地良く微睡に沈めそうだった。
うつら、うつら。
夢の中には、皆が居る。
幸福な、夢の中。
眠ったまま、男は起き上がることはなかった。
脳内出血を起こしたまま、数日を送っていたのだった。
苦しむ事無く逝った男の表情は
微笑んでいるかのように、優しいものだった**]
楽しみに、してますね。
[年上のひとは、わたしは好きです
かみさまも、わたしより、ずっと年が上の人でした
頬を緩ませたおじさまの事も、わたしはかかえていきたいなぁと思いました
けれど、そういえば、わたしはこの人の名前を知らないのです]
おじさま、お名前訊いても、いいですか?
わたし、ロッカって言います。
むっつの、花で、ロッカ。
[わたしは、おじさまに名前を訊ねました*]
[部屋に戻ったわたしは、病院の服から着替えました
真っ白なワンピースです
かみさまが贈ってくれたもの。
かみさまが、似合うと言ってくれたもの。
それから、日記帳のさいごの方に、手紙を書きました
ひろくんと、傷のにいさまと、ねえさまふたりと。
さわださんと、かつみさんと、そがさんと。
みつおじさまと、わしおじさまと、けんくんと。
それから、それから。]
[手紙を書き終わったわたしは、部屋にぽつんとある椅子に座りました
かみさまが、最期に座っていた椅子です
かみさまは、どんな気持ちでここに座っていたのでしょう
わたしみたいな気持ちだったのでしょうか
首には、クルミさんからもらったマフラーを巻きました
ポケットには、ハイライトの箱がふたつ
すっかり夜になった頃、部屋の扉が開きました
入って来たのは、かつみさんと、そがさんでした]
[かつみさんは、わたしがお願いしたものをちゃんと持ってきてくれました
ひとつは、チオペンタール、
わたしを眠らせてくれるものです
もうひとつは、塩化カリウムとスクシニルコリンの混合液、
舌を噛みそうになるような難しい名前ですが、これらは絶対に忘れられるはずがないのでした
だって、これらがかみさまの心臓を止めたのです。
その時は、わたしは憎くて仕方ありませんでした
けれど、今は違います
少し、愛しいとさえ思います
だって、同じ方法で、かみさまのところへ送ってくれるはずなのですから。]
[わたしはその二つを間違えないように準備して、それから、自分の左腕に注射器を刺します
失敗はしません、かみさまの腕に刺したのも、わたしでした
それから、椅子に座ります
あの時のかみさまと、ほとんど同じです
違うのは、ここにいる人の数。]
[かつみさんは、ウィスキーをわたしに差し出しました
最期だから、わたしはそれを頂くことにしました
お酒はあんまり強くないけれど、かみさまが飲んでいたから、わたしも飲んでいたのです
それを飲み干して、わたしはスイッチに手を伸ばしました
かつみさんも、そがさんも、黙って見ていてくれます]
[タナトロン。
点滴にも似たこの装置は、そんな名前なのでした
わたしはこの装置の名前の由来を知らないけど、きっとぜろくんは知ってるのかなと思います]
‥‥ありがとう、ございました。
[わたしは笑って、二人にお別れを言いました
それから、目を閉じてスイッチを押します
慌ただしく部屋の扉が開いたのは、そのすこし後でした]
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