本当に、今日もいい天気で。
[木陰の下、今日何度目かの言葉を紡ぐ。日光に恵まれた村は暑い。会話の相手である中年の女性も汗ばむ肌を絶えず手拭いで拭いていた]
ええ、儀式がそろそろで。
勿論、気を付けさせて頂きますよ。
ご心配下さって、有難う御座います。
[体調を心配されれば、頷いてそう答えた。それから去っていく姿を見送り]
……暑いですね。
[やはり今日何度目かの呟きを漏らす。その場を離れると、村の外れの方にある自宅に*向かった*]
[自宅までの道を進む。その足取りはいつもと変わらず落ち着いた緩慢なもの。飽かずに鳴く蝉の声が聞こえてくるのを耳に入れながら]
儀式が終われば……秋も近いですね。
ポルテさん、すぐに治ると良いのですが。
[ぽつりと独りごちる。ポルテは不調で休んでいるのだという。若い者の事だからと、心配はしても深刻に考える者はいないし、男自身もそれは同じだっただろうが]
……ん。アンさん?
[ふと、視界の端に映った姿に足を止めた。道から外れた茂みを隠れるように進む、娘の姿。男が声をかけた直後、その姿は逃げるように何処かへと消えてしまい]
……どうしたのでしょう。
何かあったのでしょうか……
[元のように静まった茂みを見つめ、呟く。アンは気に入りの服も相まって少女のように見える、実際そう称しても構わない歳の娘だったが、流石にかくれんぼごっこのような事をして遊ぶとは思えなかった。
微かな違和感。佇んだまま、首を傾げて]
……ん?
[かけられた――のかは些か判然としなかったが――声に、思考を一旦中断して其方を向いた。何かを頬張る姿に、二、三度瞬いてから、今し方の不明瞭な声の理由に気付いて、くすりと笑い]
ホズミさん。今日は。
[そう挨拶を返した]
生憎、確かな事はまだ知りません。
近く村長に尋ねに行こうと思っていたところで……
どうも、ライデンさんらしいという話は聞きましたが。
[ホズミに尋ねられると、抱えられた木箱を見つつ、何度か耳にした噂を伝えた。村では噂はすぐ広まる。当然、真偽が怪しいものも多かったが]
ええ、そうですね。ライデンさんは背も高いですから。
儀式が近付いてきましたから……じきに連絡も回される事でしょう。
[ホズミの笑顔を見て返す言葉は、若干抑えた声調ながらも、およそ普段の世間話と変わらないようなものだった。前髪を示されると]
嗚呼、結構伸びてきましたか。
ではお手透きの時に宜しくお願いします。
[己の前髪の先を指で摘みつつ答え、頼むように言って会釈をした。そしてふと、思い出したように]
そういえば……
ホズミさんは、最近アンさんに会いましたか?
[と、何気ない風に尋ねた]
では、どうぞお好きな時に呼び付けて下さい。
[ホズミの返答を聞くと、何処か思案するような表情をして、静かに頷き]
そうですか。
……いえ、用事というのではありませんけれど……
さっき、其処の茂みをアンさんが歩いていまして。
声をかけたのですけれど、なんだか逃げられてしまったようで……
少し様子が変に見えて、気になったのです。
もしかして何かあったのではと……
考え過ぎだとは思いますけれど。
[先程アンがいた茂みに視線をやりつつ、彼女について尋ねた理由を説明した]
まさか。
[ぱちりと瞬いて緩く首を横に振り]
そうなのかもしれませんね。
ええ、有難う御座います。
[常のように柔らかく笑い、ホズミに礼を言った]
そういうものなのでしょうかね。
どうにも、女性の気持ちには疎いようで。
[指差される方向を一瞥して頷き]
行ってらっしゃい。
[手を振り返して去っていくホズミを見送った。踵を返し、己は違う方向、自宅のある方へと向かって]
[やがて自宅に着くと、湯を沸かして茶を入れた。右手のみで行う作業に危うさはない。男が日常生活で不便に思うところは少なかった。力仕事などの際は近所の者に手伝って貰うのが常だったが]
……ふう。
[喉を潤し、息を吐く。居間の卓袱台の前に座り、縁側の方を眺める。薄暗い室内から見る外の景色は、際立って眩しく*感じられた*]
[翌朝。目覚めて身支度を済ませた後、居間で本を読んでいた。ところどころが虫や黴に蝕まれた古い書物。海の様々な生物の絵が収められた、異国のもの。
細かく姿を写し取ったそれはしかし、年月で掠れた黒のみで形作られているせいだろう、命を手放して久しい亡骸を描いたかのようにも感じられた]
……魚も、夢を見るのでしょうか?
[呟き、外に目を向ける。村は今日も暑く眩しい]
[机に置いて読んでいた本を閉じ、元あった場所へとしまう。それから冷たい茶を湯呑みに注ぎ、縁側へと腰掛けた。年寄り臭い。いわゆる悪ガキで有名な少年に、そうからかわれた事を思い出しつつ]
今日も、暑いですね。
……けれど、秋も遠くはないのですね。
[足元に落ちている二匹の蝉の死骸を見て、目を細めた。烏や猫やであれば不吉にも感じるだろう死骸は、夏の終わりの蝉である限りは、珍しくもなく]
[そのうちに自宅を出て歩き始めた。時にゆっくり、時に慌しく行き交う人々とすれ違う。未だに心に引っ掛かっているアンの姿は、辺りには見付けられなかった。
村人達の会話には、一日一日と、儀式の単語が増えていっているようだった]
嗚呼。今日は、ホズミさん。
セイジさん。
[見えてきた二つの姿。声をかけられると、小さく頷くようにして挨拶を返した]
居たけど、……
やはり、逃げられてしまったのですか?
[ホズミの言葉にそう確認する。返事を貰えば、そうですか、と頷いただろう。藹々として見える二人の様子には、微笑ましげに]
氷ですか。毎日暑いですからね。
おや。私まで……良いのですか?
折角取ってきたものを。
[ホズミに言われれば、大きくはないだろう氷塊を見て、首を傾けるようにして]
そうですね、はっきり何処がどうとは言えませんし、気にするべき事ではないのかもしれませんけれど……
普段のアンさんとは違っていたように感じます。
[先日垣間見た姿を思い出しつつ、セイジに答えた]
有難う御座います。
では、宜しければ。
[重ねて勧められれば、そう言って*頷き*]