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―席を立つ前―
[ジジ…――
炎が薪を食らう音が鈍く聞こえる。
ヘイノの声にふむ、と呟き。]
そうさの……お主はお主の勘を大事にするとよかろうて。
矢面に立たぬまま、人が右往左往して喜ぶ悪趣味が居ないとは限らぬからのぅ……
[問われた言葉に、しばしの沈黙がおちる]
――…それでわしが助かるのなら……
それもまた、辞さぬだろうな……
わしは、死にたくないからのぅ。
[狼使いを殺しておしまいになるのなら、と付け加え。
そして、応えは待たず、物音につられて、席を立った。]
―自宅前―
[トゥーリッキが示す松明の列へと視線を向ける。
二人の言葉にわずかに吐息をこぼし。]
ああ――はじまった、のか……
[ここからでは行列の詳細は見えない。
ただ、あの中に贄の娘がいることだけはわかる。]
たしかに、部屋でぬくぬくと過ごしていてはわからぬものだのぅ……
[じゃらり、杖を揺らしながら二人のほうへと近づいていく。
小屋を出る直前に聞こえた、ヘイノの言葉には、軽く肩をすくめただけ。
生きるということが残酷なことでもあるのは、この地に暮らしているものにとっては馴染みだろう。]
―自宅前―
[ウルスラがトゥーリッキに告げた最後の言葉にちらりと視線をそちらに向ける。]
……人の心も利用、か……
なるほどのぅ……
[ポツリ、呟き。
トゥーリッキの頷きにはうなずきを返し。
じゃらりと杖を抱えなおす。]
わしらはわしらのやるべきことをやるだけだろうて。
それが――ドロテアへの手向けともなろう。
[静かに言葉をつむぎ。]
[そして――ふう、と白い吐息をこぼしてから、二人を見やる。]
長老は口にしておらなんだが……狼使いに味方するものも、一人おるようじゃの……
[伝聞のような、あやふやな言葉が冷たい空気に溶けた。]
さしもの長老も……自らの孫娘を贄としたことに動揺しておったのかもしれんのぅ。
わししかテントにおらなんだときに、言うておったが――
皆が来た時には口にするのを忘れておったのか……もしくは口にしないことで油断させるつもりじゃったのかのぅ。
[じゃらり、杖を持ち直しながら。
テントでのことを思い返すように言葉をつむぐ。]
その話は……狼使いに味方するものが居たら、さらにややこしくなりそうじゃのぅ。
[ウルスラがカウコとしたという話を耳にして、難しげに眉を寄せた。]
―自宅前―
[儀式を照らす松明は粛々と進んでいる。
それを止めるすべを持たぬ男は、ただ遠くから眺めるのみで。
トゥーリッキの声にゆるりと頷きを返した。]
書物にも、それなりに有意義なこともあったがのぅ……
これは書物からではないからの、あまり人に吹聴せぬほうがよいだろうと思うて。
とりあえず、お主らに伝えておこうかと、の。
[じゃら、と飾りが揺れる。
凍てついた風が通り抜ける。]
[松明のともし火は、小屋からはもう、小さな点のようにしか見えない。]
主らが、広めるかどうかは主らの好きにするとよかろうて……
わしは、また小屋に戻るとしよう――話なら、いつでも来るとよい。
[冬の女王の冷たい手に触れられたように一度身震いして。
暖かい室内へと避難する旨をつげて、扉の向こうへと、戻っていった**]
―自宅―
[小屋の中へと入る途中。
トゥーリッキの言葉には、じゃらりと杖が鳴るだけ。]
書物についてはいつでもくるとよかろうて。
……まあ、眠れたら、のぅ……
[短い言葉を挨拶代わりに。
ウルスラにも会釈だけはして小屋の中へと入る。
そして、コップを片付けて、暖炉の前に座る。]
さあて……どう動くかの……
[狭い部屋の中一人、くす、と小さく笑みをこぼした。]
―自宅―
[ふ、と笑いをひっこめたのは、キィキィと響く車椅子の音に気づいたから。
小屋の外でその音が止まれば、傍らにおいていた杖を手にして、じゃらり、と鳴らしながら扉へと向かう。]
お主か……お主も冷えておるようじゃのぅ……
[車椅子のレイヨも通れる程度には間口はあいている。
扉を開いたまま、中へ、と促すように杖を動かす。
じゃらり、飾りが鳴った。]
―自宅―
[レイヨが室内にはいってから扉を閉める。
分厚いタペストリーが扉を多い、外気の冷たさを遮断している室内は、温かい。]
先ほど、ヘイノが雪まみれでやってきおったからのぅ……
[暖炉の側に行くようにと促しながら、
もう一度茶の準備を始める。
壁に杖を立てかけてから、コップ二つに茶を淹れて。
そのひとつをレイヨへと手渡した。]
ふぅむ……なんじゃ?
[聞きたいことという相手を、じ、と細めた目で見やる。]
[雪が半ば溶けかけ、水になりかけていた器の中身は薬缶に継ぎ足し。
温かい茶が入ったコップを手にして、レイヨの近くに腰を下ろす。]
わしの知識など、長老には及ばぬがな……
さて、何が知りたいんじゃ?
[書物を読み、伝承をかきとめ――
けれど、そんな生活にはひそかに飽いている。
それを人に見せることはせぬまま、ゆるりと問いかけた。]
[ジジ…――
パチ…パチ――…
レイヨの問いにしばしの間が空く。
暖炉で火が薪を食べる音が響く。]
ふぅむ……生かしたい者、か……
[悩むようにゆるりと一度瞬く。
車椅子に座る相手を見据えるように視線を向け。]
そうだのぅ……
女子は生かしたいと思うが――
[ふ、と僅かに息をつき。
ずず、と茶をすすって。]
なによりも、自分自身が生きていなければ
意味はないのぅ。
[さらりと言い切った。]
[レイヨの言葉に小さく笑う。]
このような地にいる女子は大事にせんとのぅ……
[住みよい都会へと流れるのは男女ともだが、
若い女子は華やかな街にあこがれるものだという、意識がある。]
――そういうお主は、生かしたいものはおるのか?
[茶を飲まず、考え込んでいる様子を見やり。
向けられた問いをそのまま返した。]
[半ば予想していたとおりの答えに、苦笑を浮かべかけて。
とつとつとした口調で告げられた理由にきょとりとしたように一度瞬いた。]
ふぅむ……
まあ、そういう理由もありじゃろうなぁ……
[カップを受け取りながら、車椅子の上の人を見やる。]
なあに、たいしたもてなしはしておらぬしの。
他のものにもわしも話を聞きにいかねばなぁ……
[ひとりごちながら、レイヨが退室するのを引き止めることはない。
壁に立てかけた杖を手にして、じゃらりと鳴らしながら、扉を開けにいく。]
―自宅→
[レイヨの言葉にゆるりと肩をすくめれば、じゃら、と杖がなる。]
相手の言葉を否定するのは、自らの言葉を否定されることと変わらぬからのぅ……
[ぽつりと返し、
立ち上がってしまえば、前髪で隠れるその面持ちはよくは見えない。]
なあに……冬の女王に抱かれる前に、ねぐらに逃げ帰るから大丈夫じゃて。
[きしみながら遠ざかる車椅子を見送る。
扉を閉めて、冷たい空気のさなかへと、自らも足を踏み出した。]
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