[その厳つい男は、今朝ドロテアと言い争っていた裁判官だった。
捜索の折、ひっそりと彼の様子を伺う。じっと、じっと、その顔を見つめる]
――――――……。
[感情のない本屋の瞳は、何処か女裁判官にも似た]
あなた。
…あなた、が。
[呟きが届いたのだろう。刹那、裁判官の男が蒼白になるのを、確かに見た]
イルマ、見ない方がいい。
[少しだけ声を固くして、彼女の眼を手で覆うようにした。
裁判官の男が軽く検分し、死体に外傷がないことを確認する。そして、声高に叫んだ]
『これは、この中にいる魔女の所為だ!』
[明日の朝までに一人、この中から"魔女"を見つけて突き出す様に、と。冷たく宣言して、彼は去っていく]
男相手じゃ、口説けないね?
[途方もない様子で、ぽつりと]
一人で、許してくれるのだろうか。
…美味しいご飯にはありつけそうもない。
[やはりこの中に魔女がいるとは思えなかった。エリッキの話が本当なら、此処にいる全員が、きっと。
いつも通り淡々としているようで、流石に困惑の混じった声が零れた**]
[場を辞した裁判官と、再度対峙したのはいつのことだったか]
あなた、ですよね。
もしも此れが魔女の仕業なら。
あなたが、魔女だ。
[責めるでもなく淡々と、告げる]
出頭しましょうか。
僕の言葉は、
あなたほど信用はされないかもしれないけれど。
疑わしきは罰する、それがこの裁判の原則だ。
[くるりと向きを変えて、歩き出そうとする。腕を掴まれて止められた。無礼の罪として、魔女としての因縁を付けられて、処刑されるのかと思った。
…だが、違った]
『生きて帰りたくはないか』
[裁判官の男は囁く]
え…。
[意外な言葉に目を見開く。意図を伺うように見つめ返した。
彼は言う。他の"魔女"を告発すれば、上手く時間を稼げば助けてやると。此処に"魔女"なんていないとわかりきっていながら、彼はそういうのだ]
…突き出したところで、最後は全員"同罪"かも。
だって今までは、そうだったんでしょう。
[これまでの裁判による処刑が、どのような順番で行われたかは知らないが]
仮に突き出すとして、誰を、―――…。
[いつも飄々としている男の顔が、珍しくはっきりと困惑に歪む。言葉の続きは、言えなかった]
…自分が魔女だって? なんで、そんな。
裁判官が納得するような"魔女"を、演じるってこと?
でも、それじゃまるで。…生贄だ。
―――やっぱり、裁判官のしちゃおうか。
[乱暴な結論にたどり着きつつ、緩く拳を握る。
脳裏に一瞬浮かんだのは、"持ちかけられた"取引のことだった。密告すれば、助けてやると言われた。信じたわけではない。誰にも死んでほしくはない。…死にたくは、ない]
――…どうにかなると思って、言ってると思う?
[ミハイルへ向ける表情は、暗い。エリッキはともかく、この本屋が荒事に慣れている筈もない]
僕だって死にたくは、ない。
[此処に来たとき、何処か楽観的に呟いた言葉を思い出していた]
…どうすれば良いのだろうね、イルマ。
なるように、なりそうもないよ。**