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朝
[肌を刺すような冴ではあるけれど
白い綿毛のように天から零れる粉雪の光景は
何処か温かく、厳かにも感じられる。]
綺麗だなァ……
[寒さが苦手な南国生まれの男だったが
今朝の雪は不思議と、喜ばしいものに感じられ。
そうして日課の、母の見舞いへ向かった。]
501号室
[今朝の母は半身を起こし、頬の血色も良く
蔵作を、きちんと認識出来ているようだった。]
良かったなァ、母ちゃん。
そろそろ迎えが来てるのかと思ったよ……
[嬉しいのに、照れくさくて、
些か無礼な言い回しで笑った。
そんな気持ちを汲んでいるのか
母もんだ、んだ、と微笑んでいた]
昨日、若い先生拝んだお陰かねェ……
[そこへ、担当医師がやってきた。
母の調子は良さそうなのに、医師の表情は険しい。
廊下にて問い質すと、意外な言葉が返ってきた。]
『今年一杯… といったところです』
『トメさんの身体は限界まで蝕まれています』
[食事も出来ず、点滴だけで生を繋いでいるらしい。
詳しい話を聞かされていなかった男は
ガツンと頭を殴られた心地になった。]
[母の面倒は長年、兄が看ていた。
故に、兄を避ける男は母が入院するまで、
殆ど顔を見せていなかったのだけど。
何時でも無条件に笑顔を向けてくれる、
苦しかった子ども時代に、自分たちを
女手ひとつで養ってくれた母を
心から、大切に思っていた。]
[そんな心の拠りどころが、消えていく]
[焦点の定まらぬ瞳で、ふらふらと廊下を歩み
休憩室のソファへ、腰を下ろした]
休憩室
[休憩室では、見舞い客であろう若い母親と
数人の子ども達が
仲良くテレビを見ているところだった。
蔵作にも、孫がいる。
けれど逢ったことも、写真を見たこともなかった。]
一番上の子ァ、確か――…
[ひいふうみい。
見たことのない孫の歳を数えた。
14歳になるであろう、女の子。
恐らくは他にも幾人かいるはずだった。]
[子ども番組が終わったのだろう。
大人しく鑑賞していた子達が
鬼ごっこを始めると、母親が嗜めるようにそれを追う。
懐かしい光景だった。
娘達にも、あんな頃があった。
孫達もきっと、ああして元気に成長しているのだろう。
少しばかり、気力が*湧いた*]
[子ども番組が終わり、
次に始まったのは音楽番組だった。
それも、昨今の流行歌が流れるものではない、
昭和歌謡ヒットパレード、といった内容。
年末特番に、男の瞳が輝いた。
歌謡曲に演歌、フォークソング。
司会者の織り成す内容、その番組に心擽られ
もう少し、この温かな空間に居座ろうと心を決めた。]
[一曲目――
大好きな、あの曲のイントロが流れてきた。
そこへ、可愛らしい小奇麗な老女がやってきた。
歳の頃は母と同じくらいか、
それとももう少し若く見えるか。
歳を取っても女は女、
歳はわからないものだと眉尻を落とす。]
アンタさんも、お孫さんはいるのかい?
子どもはいいねェ、見ているだけで元気になるさ
[隣へ腰掛ける老女へ、満面の笑みで微笑んだ。
TVの中の、まだ若いシンイチが歌う]
『おふくろさんよ、おふくろさん……』
[大好きな、曲だ。
カラオケスナックでは、大体これを歌っていた。
けれど、母親の見舞い帰りに「おふくろさん」、
この曲を聴いて胸を熱くするなんて、
なんとも気恥ずかしく。
隣の老女に、気取られぬよう
会話を振った]
俺ちの孫はなァ、14歳になるんだ
他にも何人かいる…はずなんだがァ
娘が4人もいるもんで、もう孫も何人いるんだか
わからなくなっちまって… ははは
[なんだか、母と話しているみたいで
シンイチの歌声もあってか、妙に心が弾んでいた]
[老女との会話はきっと弾んだはずだ。
寧ろ、此方から一方的に弾んだかもしれないが。
次第に、現代歌謡へ変化する曲と共に
自分の置かれた状況… 現実を思い起こす。
老女へ軽く挨拶し、病院を後にしようとロビーへ向かう。
前方には白衣の医師の姿。
昨日見掛けた人物と同じ人だろうか。
擦れ違いざま、聞こえた言葉に
神妙な面持ちを作った。]
先生様でも、解けない問題があるんですかね
そりゃあ、難題? なんちゃってなァ…
[おどけて見せた]
[些か莫迦にしたようにも聞こえる呼称であったか。
けれど医者というものは、
苦しむ者を自らの知識と腕前で救う、
尊い存在だと感じている。
同年代であれば「給料良いんだろうな」だの何だのと
黒い思いも燻るものだが、この医師は娘達よりも若いはずだ。
「がんばれ」と、応援の気持ちは自然と浮かんで]
「喜ばせる」……? ふむ、そりゃァまた…
謎掛けみたいなもんだねェ
子どもや女性ならぬいぐるみ、とかなァ…
絵はどうだい? 風景画なんか入院してると
気持ちが晴れるんじゃァないかね…
[暫し思案しつつ、考えてみた]
[『絵』は単純に自分の好きなものだし、
ぬいぐるみは、先程休憩室に居た子ども達が
好きそうだと…アドバイスになっているのかは解らずも
若い医師が、自分の言葉をきちんと聞いてくれている
その真摯な対応に心擽られて]
――…ふうんむ、若いお嬢さん、かね…
[浮かぶのは、昨日出会った儚げな、
煙草を嗜むお嬢さんだった]
先生の行きたいところ、見せたい場所をさ、
話して、約束したらいいんじゃないかね
『一緒に行こう』とさ――…
[けれど、ただの医者と患者の関係を望むのなら
それは、医師の負担になりすぎるか。
こそり、医師へ耳打ちし]
まァ、先生が特別に思う相手なら、ってことさね
ただ元気付けたいだけなのなら、一緒にいてやればいいさ
[其処から、発展する思いもあるだろうとか。
真剣に応援してはいるものの、些か茶化しているように感じられてしまうかもしれずに]
[自分の気に入りの場所に
異性を連れていくとすれば。
それだけで「デート」じゃないかと
老年に足を突っ込んだ男は認識するが。
最近の若者のデート事情には実に疎く。
尤も、どうやらそういったものではなく
若い医師は単純に、患者の女性を
元気付けようとしているようにも、感じ始めて。
なんとなく、バツ悪そうに
帽子の上から頭を搔いた]
ああ、写真でもいいと思うよ
そうそう、そんな感じでさ
アンタさんの真心が伝われば、きっと
そのお嬢さんも、元気が出るだろうさね
[うん、うん、と。
ゆっくり頷いて、医師の言葉を肯定した。]
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