[灯籠の淡い灯りが参道の雑踏と
見知るふたりの横顔とを照らす。
作家は、手元へ視線を落とす。
大学ノートと一緒に抱えていたのは、
2等賞のシツジノ学習帳17冊セット。]
[…二等賞。刀剣好きの福引屋が購入した、
『学芸員の試験に合格した思い出』の対価。
誰かと分け合うには意地悪な冊数の其れ。
半分こしましょう と口にした若者が
どうするつもりだったかは謎のまま。]
… うん。
[作家はすこし目を細め、ぴっちりした
ラミネートへと爪を立てて引き裂いた。]
[過去へ思いを馳せる若者に、
学習帳を8冊分けて手渡す。
共有した思い出の証のように。
そして、
少し垢抜けて見えるかのご婦人に
差し出すのは――
学習帳セットのなかでただ一冊だけ、
罫線の引かれていない"じゆう帳"。]
[すぱん、すぱん、すぱん。
ヨーヨー風船を、誰かが
手の中で跳ねさせる音がする。
『福引き屋さん、景品がなくなって、
店じまいしたのかもですよね。』
作家は若者の憶測を耳にする。]
[『お名前伺っていいですか?』
若者の唐突さよりは、いつからか耳にする
当世風の言い回しがおかしくてすこし笑う。]
…そこから尋ねなくとも、
伺ってしまえばいいのに。
[そこから重ねられる問いにはひとつ頷いた。]
[ばらけた学習帳を揃えなおしながら
何気なくつけくわえるのは――――]
… 神社の、宝物殿。
きょうは まだ開いているらしいよ。
[掠め取った対価に見合う『思い出』の在処。]
[拝観者の多い今夜は、国宝の刀剣について
熱く語ってくれる中年の学芸員がいるだろう。
調子よく ひと懐こく もちもちと笑う男は、
参道でテキ屋をしていた若い時分の客の面影も
忘れ得ず―― 懐かしむに*違いないのだ*。]
[作家は、どこか得心のいった響きで
若者と交わしたその名を反芻する。]
夢を食べる、獏か。
[思い出屋の噂も、文字にした過去も、
みんなみんな喰われて消化され
彼の日常という現実に昇華され――]
うん。
[作家は、離れ行く若者を見送る。
件のご婦人はどうしていたろうか。
アツタハズノオモヒデを想うまま、
罫線のないノートを渡された彼女は。
肩が触れ合うほどもない緩い雑踏は、しかし
些細な不思議を共有した人々を見失わせる。]
[前日の降灰は、カバンの底や
眼鏡の蝶番の隙間へ僅かに残る。
書店の片隅には少ない部数ながら
不行 後家(フユキ・ノーチェ)の
旅情サスペンスシリーズが並ぶし、
この現代日本に、思い出屋のうわさも
地方を問わずいまだに*途切れない*。]