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暁闇
[夜が明ける少し前、男はゴミ捨ての為に外に出た。
キンと冷え切った空気の中、闇空の元には未だ星が巡り。
星座に疎いので、「オリオン座はどれかなァ」なんて
探す事にも時間が掛かる。
不意、右から左へと確かな筋を描いて
流れ星が見えた]
綺麗、だァ……
[願いなんて、唱える間もなく
流れ星は掻き消えた]
[今日も、母の意識は戻らなかった。
このまま逝ってしまうのだろうか。
けれど、苦しまずに逝けるならば
それも、悪くはないのかもしれない。
人は歳を取れば、必ずや死ぬのだ。
それに抗う事は出来ないし
抗う事で苦しみを覚えるくらいなら、と。
けれど、それは自分が決める事ではない。
母が決める事だ。
母が、まだ生きたいと思うのならば――]
かァか……、そうかァ
元気に、なれよォ……
[「苦しまずに逝けるなら」なんて
そう思った自分を恥じた。
母はまだ、生きる事を望んでいるのだ]
[母を元気づけ、自分もまた元気を分けて貰い。
集中治療室を後にした男は、階段を懸命に昇って
屋上へと向かう。]
……ふう、こりゃしんどい、な
運動不足なんて、昔は……、
[仕事が忙しかった頃は
毎日、筋肉痛になるほど身体を動かしていたから
こんな風に、足腰が悲鳴を上げることもなかった。
そして、こんな風に頭痛に悩む事も――
ずきり、走る痛みに蟀谷を押さえ
軋む扉を、ゆっくりと開く]
屋上
[潰れたパッケージを取り出す。
最後の煙草だった。
食料はなんとか持つけれど
煙草を買える金はない。
いよいよ、何かを売って捻出しなければ――
ぼんやりとそう馳せながら
最期の煙草に、火を点けた]
[今日の空は昨日と異なり、いつもの白い空だった。
紫煙はゆらりと揺れながら
空に焦がれるように昇りゆく。
ふと、屋上の扉の開く音が聞こえ
周囲を見回すと――
隅の方に佇む女性の姿があった]
お嬢ちゃん、久し振りだなァ
元気かい?
[蟀谷を揉みつつ、ゆっくりと煙を味わい
何時もの調子で、声を掛けた]
こんにちは
昨日、アンタさんの絵を描いたよ
そうやって煙草吸ってる姿を、
かみさまが見守ってる絵をなァ
[屈託なく笑いながら、昨日の絵を思い出す。
写生したわけではないので、少し乙女チックな
漫画染みた絵になってしまったけれど]
[少しばかり驚いたお嬢さんの様子に
勝手にモデルにしただなんて、気持ち悪いと、
そう思われてしまっただろうかと首を捻る。
けれど、そういうわけではなかったらしい。
続く言葉に、此方もお嬢さんのように
頬を緩ませて、笑った]
ああ、今度持って来るなァ
そんなに上手いもんではないんだが…、
[人に見せる程の腕前でもないけれど
なんとなく、彼女に見せたいと感じたのは何故だろう。
何時でも「かみさま」は見守っているんだよ、
そう伝えたかったのかもしれない。
幾許かの言葉をお嬢さんと交わし
最期の煙草を終えて、屋上を後にした。]
優しさに包まれて
[寒かった屋上と異なり、
休憩室は暖かさに満ちている。
ここでの午睡は既に日課になりつつあった。
特に今日は、人の気配を一切感じず
心地良く微睡に沈めそうだった。
うつら、うつら。
夢の中には、皆が居る。
幸福な、夢の中。
眠ったまま、男は起き上がることはなかった。
脳内出血を起こしたまま、数日を送っていたのだった。
苦しむ事無く逝った男の表情は
微笑んでいるかのように、優しいものだった**]
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