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炎も波も、すぐそこさ。
すっかり、取り囲まれている。
保護区域、などと称しつつも
そのうち見世物小屋と変わらなくなる。
[狼の声は高く低く――相手の声音も届かせる。
蛇ばかりでなく意を通じる遣い手は、淡い憂いを
極光のくれないに包む如く揺らめかせ応じる。]
在るがままに。
名は――要に応じて好きに呼ばわるといいよ。
うつくしく、凄惨な滅び…か。
ああ。衝動の行き先も来し方も、酷く狂おしい。
[少し間を置いて――ふと添えたのは相手への、]
…お前の笑い声は、骨鈴の音に似ているな。
[――――いつか呼ばわりに通じる、その欠片。]
―― レイヨの小屋 ――
[求道家と幾らかの言葉を交わした蛇遣いは、
温もりを気遣われてか二度ばかり煎れ足された茶を
飲み干して――謝意を表すとやがて立ち上がる。]
得られたものが、あるといい。
…なに、あたしは勝手に得ているとも。
[辞する挨拶とか、右腕をレイヨの肩へと伸ばす。
僅か身を寄せる仕草は、北では日常的な軽い抱擁。
そして離れ際――指先は、青年の緩い巻毛を一筋。
ぷつり 得るのは彼の淡いストロベリーブロンド。]
――こんなふうに。
―― 橇置き場 ――
[――坂の上には、木の橇が並んでいる。
ゆるやかな傾斜は、初速をつけるに適したそれ。
人探しの態で戻り来た蛇遣いは、帽子の男を見る。]
…また、外へ出たのか。
[長くテントの前へ佇んでいた、かの時を思う。
ほうとしろく漏れる吐息は、早や鬢の毛を凍らせて]
唄とでも聴くかね。幻燈とでも見遣るか。
[遠吠えと、極光。――今は嫌でも注意引くもの。]
…興味深いかね。
ひとつ、つくってみるのもいい。
[橇が並ぶ丘の上で、顔を合わせる。
身体の前へ毛皮をかき寄せ、俗な会釈をひとつ。]
据え膳。
[答えはごくごく、みじかい。付け足すに―――]
群れに喰わせるのは、惜しいな。
…空気か。
確かこの地に住まいする、
大気の精霊はイルマタルと教わったが…
空気に毒を漏られて、難儀なことだろう。
言葉も情けも、今は時を奪うよ。煩うな。
[ラウリの自嘲を慰めもせぬ薄情は、先刻と同じ。
彼の口から、"支配"なる言葉を聞くと眉を顰めて]
それでも、みじかい夏の歓びに惹かれて
あたしはこの土地に居るよ。長い冬と闇の地に。
――なあ、ラウリ。
思い起こさせられたなら、お前は…
…否。そんなことが聞きたいのではないのだ…
[尋ねかけ、寒がりの蛇遣いは彼が辿る
顎の曲線と、帽子の鍔のそれとを重ね想う。]
そんな小洒落た帽子を年中着けているお前がな。
街へ住まずにどうしてこの地へ留まり続けるのか。
おそらくは、あたしが訊かずとも
誰かが訊くのだろうがね。…うむ。
今さらに、尋ねてみたく*なったのだよ*。
対たる遣い手殿は、
凄惨にも、趣向を求めるらしい。
――あたしが、貰おう。
[玲瓏たる声音が、応じて確と主張する。]
思惑通り、時間稼ぎをさせてやる代わりに、
そのぶん群れは飢えるというわけだ。…お前も。
「次」が愉しみではないかね?
皆と過ごす、夏がな。
[補足して、一度口を噤む。
ごまかす、はぐらかす――
然し隠さぬ素振りは確かに返答で。
異質な音ごとに、蛇遣いは眼差しにやや険しさを
混ぜて影引く男を見詰めていた。離れゆく*背も*]
ああ。
飢えに悶えて、歓喜に焦がれていろ。
[歩みゆく背の主を見送る眼差しは、険しい。
けれど口元は確かに、確たる声を吐いた儘に在る。
身の裡へ、いのちを抱き取る時を想うあわい笑み。]
「未熟なまじない」とやらに*留意せねばな*。
[小高い丘の上から、雪原を眺める。
――獣達の包囲は相変わらず。腹に据えかねるのか、
トナカイ追いの犬たちが時折控えめにも吠え返す。
飼い主が慌てて静かにさせるのは、恐れのためか。
蛇遣いは、身体の前で毛皮をかき寄せ眉を寄せた。]
『出来ぬこととて、想いは』――
[…ほう。レイヨの言をなぞる呟きにつれ、吐息。
極夜の日々の「朝」は、総てが蒼く、蒼く染まる。]
想うと焦がれるは、似ていて違う…と言っても。
嗚呼。果たして面白がってくれるのだろうかね?
面白かったとしても、あたしは――
[毛皮の下のしろい大蛇を、片腕は庇い、抱く。
無意識にも恐らく相棒が蒼く染まらぬようにと。]
…そう、わらえないな。
[さくり。足は雪を踏み分けて丘を下りだす。
背後に並び在るのは、よく手入れのされた橇。
曳くトナカイも犬も、今は狼に怯え繋がれず。]
…? 誰と話した?
[群れからはぐれた仔トナカイを一頭、自身へ
通じる狼に襲わせながら、対たる者の驚きを聴く。]
ひとは、己の裡にすら神を見出すよ。
"我々"とは…我々かね。それとも、おおかみ?
―― カウコの小屋 ――
[――招かれる。
二軒目は、目の合ったカウコの小屋。
少し迷うように視線を動かすと、胸裡に探していた
イェンニは、ビャルネの後ろを歩いていくようす。
蛇遣いは後ほどと自らに頷きカウコの小屋を訪ねた。]
とりあえず、戻った。
…レイヨは性格がわるいらしい。
[畏まらぬ間柄。戸口で霜を払いながらの報告。]
うむ。
せっかく珍しくお前が茶を出してくれたのに、
入りそうにないほど茶を振舞われてしまった。
[勧められる椅子へは、目礼と共に腰を下ろす。
人相のあまりよろしくない男の手から、茶を貰い
温もりばかりはいただく態で両手で緩く包んだ。]
告白と言えば、告白かもしれん。
…普段は吐いてくれなさそうだ。
[指先を唇の端へあて…真横へと滑らせる仕草。]
迂闊をすれば、ドロテアを出し抜けるかと
思ったのだがね。うまくいかんらしいよ。
そいつは、どうもね。
[蛇使いは、自ら唇へ触れた後は決まって舐める。
大蛇を踊らせる笛を吹くための唇を確かめる癖。
カウコの悪めかす笑みには、酒がいい、と真顔。]
誰にでも実のある話かというと、そうでもない。
…レイヨも言っていたよ。
あたしに『奪わせてしまわないといい』、とね。
[外気に冷えたこわばりを解すように瞬きは遅い。
笑みを使い分ける知己の曖昧を聴いて、容れはせず]
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