ポチ、きつねぐもだ
[赤みがかった茶色髪の青年が空を指さし、横に並んで座っている茶色の犬に話しかける
犬はワンと吠えると尾を振り、飛びかかる]
おい、こら
飛びかかるんじゃない
あはは、くすぐったい
[犬は飼い主の青年の顔を嘗め回す]
まったく、ベタベタじゃないか
[ボヤく声は怒った様子はない]
もうすぐ祭りか
お前も連れて来てやるぞ
[ワンと犬が鳴いた**]
[からりからりと下駄を鳴らして、屋台が彩る境内を一通り見て回る。
綿あめ、ベビーカステラ、金魚すくいに、型抜きなんてのも未だにあって。]
俺が子供ン時と全っ然変わんねえな
[中高と寮生活、そのまま受験して大学、と長い間正月しか帰っていなかった。
何故今更気が向いたのか、自分でもわからないが、来てみれば案外楽しみだ。]
[着物自体は好きで、村を離れてもよく着ていたから慣れたもの。
田舎は嫌だと飛び出したのに、妙な話だと自分でも思うが、好きなものは好きなのだ。]
あー、っと…何だっけ?
[鳥居を見上げると目に入った雲。
小学生の頃、同じ祭の時に見て、祖母に名前を教えてもらったのは覚えているけれど、肝心の名前が出てこない。
鳥居、雲、鳥居と交互に見て、首を傾げた。**]
(暑い…、イライラする…)
[古い緑色の扇風機が部屋の真ん中にあるものの
こちらに背中を向けた男に向かっているカラカラと音を立てて回っているだけなので
こちらには全く恩恵がない上に古い鉄のボディにはモーターが放つ熱が篭もり室内を余計に暑くしている
窓は全開だが、風はさっぱり入ってこない
ただ原稿が上がるのを待つだけの時間
する事もないので扇風機の裏に書かれた文字を読んでみる
=30cm AC DESK FAN=
VOLTS 100 TYPE DK-321
CYCLES 50/60 SERIAL No.HMN-666
=Meidensha Electric Mfg. Co Itd=]
(担当になって十年以上経つが、相変わらずこれを使ってるんだな
夏だけはこの先生を訪問したくないぜ、全く)
ちょっと煙草を吸ってきますね。
[長時間座り込んで傷む足を伸ばして書斎を出た]
―― 神社の境内 ――
[木々へ渡した麻縄を数人がかりで引っ張ると、
頭の高さに吊るした提灯たちがぽうんと跳ねた。
次第に集いくる人々。時は夕刻へ差し掛かる。
めずらしがりの弁護士は、竜吐水の頭を撫でる。]
[ ばるるん、ばるん。 ]
[わたあめ屋台の裏で、店主が発電機の紐を引く。
旧式のぽんこつを叱咤する声混じりのその音が、
とてもいい、と雛市ヒナは唇の端を持ち上げて。]
ああ、はじまりますねえ。
[前回に訪れた際に見知った人にも見知らぬ人にも、
こんばんはあ、とすこし早いあいさつを*投げた*。]
[縁側に出ると黄色い射光が部屋の奥まで差し込んでいる
作家先生の家は東が裏山で大きな窓は全て西を向いているから夏は酷く暑い]
(じーさんはエアコンが嫌いなクセになんでこんなに面倒臭い家に住んでるんだ…)
[沓脱石の上に置かれたスリッパを拝借して庭に出る
作家先生が手作りした池の傍に来ると煙草に火をつけた
子供の手のひら位に育った赤い金魚が人影を見つけて
餌をねだるようにバシャバシャと跳ねている]
(金魚掬いの金魚もこれだけ大きくなると可愛げもない)
[縁側の隅にある棚から餌を取り出すと一つまみ池に投げ入れた]
(あの時もこの家に来ていたんだっけな
まだ奥さんも生きていて…)
[数年前を思い出す]
[何の準備もなく金魚を貰ってきた事を少々咎められて
近所に住むやるために掬ってきたんだって口を尖らせて言い訳をしてたけど
「今時の子供が金魚なんか貰って喜ぶものかしら」
奥さんの言葉にパッと顔を光らせて
「それもそうだな
丁度良かったグリタ君原稿を待っている間に金魚鉢を買ってきてくれないか
餌と藻も忘れるなよ」
あれこれと細かに注文して来たのだから
結局はじーさんは自分で欲しかったのがバレバレだったな]
[学生服を着替えて私服になった赤茶色の青年
横には機嫌よく尻尾を振っている犬]
舐めるのはもうなしだぞ、ポチよぉ
俺はまた家に戻って水浴びをするのは嫌だからな
[犬の頭をグリグリと撫でる。
飼い主の撫でに犬は顔を見上げて「ワン、ワン」と元気よく吠える]
さあ、祭りが始まる前に一遊びするか
[神社前の広っぱで、拾った小枝を投げる]