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ん、でもほら、兎だし…
[度が過ぎている、と友幸に僅かに微笑む。
心奥に思うことは思うこととして。
と、その時。]
――え。
[ふっと。]
キムラ?
[何の前触れもなく。
自分よりも遥かに大きな男が眼前、
溶けるように虚空に掻き消えていったのだった。*]
……華?
[思わず名を口にする。
彼女もここに来ているなどとは想像だにしなかった。
しかも白無垢姿、若い男を連れている。
零した声に友人が気付いたなら。]
そのひと、新郎?
具合、悪いの?
[そう聞いて、
驚きに忘れていた変装を思い出せば、
名を呼ばれても。]
――――――ソレハダレノコトカナ?
[今更手遅れなのに惚けてみせたりしたことだろう。]
[十分過ぎる程の暖かさに包まれながら、しゃくり上げる。]
あ… …りがと…
…あり…がとう…
[そう繰り返す事しかできず、甘える子供のように擦り寄れば、髪にそっと触れる感覚。
何かがゆっくり溶けていく気がしたのは…。自分の心?あの声の主の想い?それとも…その両方?]
[予期する事も出来ずに巻き込まれた、今日の不可思議の数々。
それは、あの兎の悪戯と思っていたけれど。]
(……向き合わなきゃ、いけないの、かも)
[普段ではありえないことは、すでにあの時始まっていたのかもしれない、と、鞄の中の立方体の感触で、ふと考える。
きっと理由があって自分は此処にいる。
必要とされている、のか。自身が必要としている、のか。それは判らないけれど。]
[柔らかな腕に包まれて、穏やかな思考が巡る。]
(だけど…。もし向き合う事で傷を負う事になったら…。傷付けて、しまったら…。)
[決意というには程遠い、未だ迷いの混在する、そんな曖昧な想いだったけれど。
それでも、もう一度歩を進めるくらいには十分なもので。]
……六花さん。
私、行こうと思います。
[まだ霞みの残る目で訴え。
ゆっくりと見据えたのは薄紫の奥。
きっとそこで、逢える。
人差し指で、最後の雫を拭い払った**]
……えー、と。
だいぶ、落ち着いたし、俺、行きます、ね。
[水を飲んで落ち着いて。
もう大丈夫、と思えたら、違う事が気になってきて。
そうなったら、じっとしていられなくて──そう、告げた。
どこに、と問われたら、少しだけ困った笑みを浮かべて]
上手く言えないんだけど。
……奥の方で、なんか、泣いてるみたいな気がして。
[その感じが自分の中に重苦しく響いて、とまでは言えないけれど。**]
行かないと、ならないのかなー、って、思うから。
[独りでいたいと。
独りでいようと。
だって、傷つきたくないから。
嫌な思いをしたくないから。
認識されれば必ず生まれる、避けられない負感情。
想いの鎖。
そして、下らない世間の、幸せの常識。
その参照枠に入れば幸せな筈のそこは、ちっとも。
出来れば、普通に生きたかった。
でも、苦しくて。
そうあろうとしても、無理が続かない。
多くの人が為してる普通が。
普通じゃない自分を、欠陥だと蔑む普通になど、なりたくないのに、
なろうとして。]
[なれないなら、せめて。
多くを黙らせるくらいの力を得たかった。
――――…ごめんね。
どうして私は私なのだろう。
私をやめられたらどんなに楽か。
そう出来たら、誰も傷つかず自分だって。
けれどどうしても、生きていれば誰かと関ってしまうものなのかもしれない。
彼女もそう。]
…そっち。
右のほうが縫製がいい。
[街の古着屋。
ふたつの着物の間、悩む華子に掛けた声は決して、
愛想の良いものではなかっただろう。
微妙に余所を向いて。
彼女とはそこで知り合った。]
別にいいよ、お礼なんて。
[誘いも最初は断った。
別にお金を出したわけでもなく。
たまたま、知っていることを教えただけだったから。
けれど、彼女はそれでは気が済まない、と。
それ以来、関係は続いていた。]
(……う。)
[戀とは違い変装していない彼が、よく利用する弁当屋-特に唐揚は美味しくて、週2で食べているくらい-の青年だと気付くのにそう時間は掛からない。
何気に顔を逸らす。
帽子を目深に被り直そうとして、束ねて隠していた髪がパサリと背に広がった。*]
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