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[消えた存在を問うプレーチェの声に、目を固く閉じて首を振る。]
ゼンジさんは……。
[なんと言えば良いのだろう。
自分だって判らないのに。
判るのは、彼がもうここにいないことだけ。]
ゼンジさんは、いっちゃった……。
[プレーチェの声に含まれる乾いた響きが、固く閉じた目を開けさせた。
何かを確かめるようにその目を覗き込む。]
ねえ、ちーちゃんが望んだのは、こういうこと……?
ライドウさん……。
[背後からの声に、振り向き僅かに安堵する。
けれど、彼の問いに答えようとすれば表情は曇った。]
ゼンジさんは、逝ってしまいました。
さっきまで、そこにいたのに。
[死んだ人が、ずっと一緒に。
その願いは、今の状況と奇妙に符合していた。 プレーチェに向き直り、言葉を探す。]
ちーちゃんは、亡くなった人を呼び戻したかったの……。
[それは禁じられたことだと、そう話しても少女に理解できるだろうか。 彼女は死者が戻ってくると、知ってしまったのだから。]
月と、*何を話したの*?
でも、もういないんだよ。
[言いつのる少女の背をあやすようにたたく。]
ネギヤ君もマシロちゃんも、ギンちゃんも。
みんなみんな、帰っちゃった。
一度向こう側にいった人を引き戻すことは私達には出来ない。
出来るのは、一緒に行くことだけ。
[背をなでる手を少女の手首へと落とした。]
どくどくいってるね。
この音を止めれば、ちーちゃんはお母さんの側に行けるよ。
私も、おじいちゃんもおばあちゃんもいない側に行ける。
[自分がこちら側なのかなど、本当はわからなかったけれど。]
ちーちゃんは、そっちへ行きたいの?
[悲しい顔で首を傾けた。]
はーい。
[炊事場を覗き込んでいた首を廻して、どこからか聞こえた自分を呼ぶ声に答える。]
どちらですか?
[のんびりと首を傾げると、廊下の先に教師の姿。]
あらあ、食べないんですか?
大きくなれませんよ。
[妙に急いた様子の相手に首を傾げると、その問いに少し考え込む。]
他愛無いことですよ。
恥ずかしくなるくらい他愛無い。
[困ったような顔で頬に手を当てた。]
みんな、ずっと一緒にいれますようにって。
確か、高校卒業の頃に書いたんだったかなぁ。
[少しだけ顔を赤くして、答えると、あ、と訂正した。]
落書きじゃありません。
お願いごとです。
そ、それは確かにそうかもしれませんけど……。
[意外にも的確な突っ込みに動揺したあと、あ!と小さく叫ぶ。]
その前のはまともですよ!
「おばあちゃんの足を治してください」ですから。
これは神様にお願いすることでしょう?
[どうだとばかりに胸を張った。]
そ、そう言う風習です……。
[動揺を隠し、強引に肯定した。
とりあえず落ち着く為に豚汁をすする。
熱い汁をすすって、ふうと一息ついた。]
でも、どうして急にそんなことを?
先生も何か書きたくなったんですか?
落書きですか?
相合傘とか……?
[そう言えば、神社の柱にもいっぱいあったなぁと思い出す。]
先生は願掛けないんですか?
ツチノコを見つけたい、とか書けばかなうかもしれませんよ。
おさかなに、食べられるの?
ずいぶん大きい魚なのね?
[震える少年に、何か上着はないかと見回した。
不意に、彼の衣装を用意していたマシロを思い出し、言葉に詰まる。
その服はいまもここにあるのに。]
佐々木君?
大丈夫?
やっぱり貴方、具合が悪いんじゃ……。
お布団で寝る?
[震える少年に、とりあえずと自分の着ていたカーディガンをかける。]
ライドウさん……。
佐々木君の様子がおかしいんです。
震えて……。
[薬屋にほっとした顔で少年を指し示す。
その少年が何事か呟くのを聞き取ろうと、口元に耳を寄せた。]
おじいちゃん……?
あらあ……すいません。
暗い銅像のほうが覚えやすくて。
[失礼なことをさらりと言って、それでも悪いと思っているのか身を小さくした。]
死者……。
[帆澄と同じ言葉を繰り返す。]
私たちが、今、セイジ君たちの姿が見えないのと、先生が今も見えることに意味はあるんでしょうか……?
壷屋さんですか……?
先生が持って歩くにはちょっと重そうですよ。
[冗談を真顔で受け止めて、首を傾げた。]
私は先生が死者を見ることが出来るのは、皆を導く為なのかなと思ってました。
私達みんな死んでいて、先生だけが私達が見えるんじゃないかって。
なんとなく。
まだ皆が見えるんですよね。
皆、彼岸へ行かずここにいるのはなぜなんでしょう……?
私たちを、待ってるんでしょうか?
[困ったように、どこか不安げに揺らいだ瞳が、最後の言葉に見開かれる。]
天……罰?
遺体は見つからないけど……皆が、死んでいると言うのは何となく、判ります。
死の理由も思い出せないんですけど、涙を流した記憶がある。
[白い百合と、鯨幕の記憶も。]
で、死んだはずの人が戻って来た理由の一端も、思い当たることがあって……。
[俯くプレーチェをちらりと見、陰り始めた窓の外を見る。
そろそろ月が昇る頃だろうか。]
先生は、非現実的だって笑うかもしれないけど。
誰かが、願ったからじゃないかなって。
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