したへまいります 、とワカバが
最上階のフロアへ声を響かせたのち、
下りオペレーター役のナオと交代する。
実習が折り返しに入る折――異変は訪れる。
実習が折り返しに入る折――異変は訪れる。
スピーカーから聞こえていた指導教員の声に
ノイズが混じりだし――ざ ざざ と掠れて、
『 ひとり、追い出してください 』
変声機を通したような聞き慣れぬ声が*言う*。
[何事もなかったかのように、エレベーターは最上階へとたどり着く。
周りの子たちには、気にしない素振りで話しかけていたが、あれだけの衝撃を受けながらも、不具合の一つも見せない機械に、私は一抹の不安を覚えていた。]
――…え、…?
[案内係がワカバからナオへ変わった直後。
私は、今まで身に覚えのない程のひどい眩暈に襲われた。]
…な、に――?
[乾いた唇からこぼれた疑問は、果たして誰の耳も掠めず。
「私」の意識はそこで*途切れた*]
[マシロのつぶやきに視線をあわせると、曖昧な笑みを浮かべる。記録係のサヨの手元を気にしつつ、何事かつぶやこうとした声はチカノの起こした行動に吸い取られた。]
お きゃく、さま……
[――ブザーは止んだ。誰かが飛び乗る。
重量はかわらないどころかナオ一人分増えたわけで。
何事もなく扉は閉まる。やがて折り返し地点に到着。
"――したへまいります。"
言い訳も悪態も消し、機械的に"台詞"を落とすと、ナオを現在の立ち位置に手招きして交代。]
[狭い箱の隅へと立ち、俯いたまま黙りこむ。
目を閉じて耳に入れていた指導教員の声には、ノイズ。
聞き慣れぬ歪めた声、「ひとり追い出せ」。
頭を掠めるのは不安の種である止まったブザーの件。]
1人増えたのに、1人でいいわけ……?
てゆか、スピーカー、酷い状態だ……
["壊した"チカノをじとりと見つめ、下階に向けて動き出すエレベーターの中、すぐに視線は床へ逸らされる。
"壊れた"スピーカーから聴こえた声の主が誰のものであるかは、未だ疑問に想うことは*なく*]
おきゃくさまではない。ちかのさまだ。
…出て行けと…言われると…
居座りたく…なるのが…わたしの信条…だ。
[追い出せと名指しされたと思う程度には、自分のはた迷惑さを自覚しているのかもしれない。言いながら、少女は腰に巻いていたオモリを取り外し、無造作に床に投げ捨てる。]
やれやれ。
クレーマー役など引き受けるものではないな。
[役…なのだろうかと、私でなくとも思うだろう。]
[マシロの意識が途切れた直後、明らかに別の人格と思われる意識が、少女の思考になり替わり動き始める。]
暗い… 寂しい…
だから… 道連れに…
――なんて言えばいいのか? …っくっはハハッ
表向きの理由としては上出来かもな。
[裡で響く失笑と言葉は、声として発せられることはなく。
また姿もマシロと呼称される者と変わらぬまま。
何物かは、少女の体を、精神を乗っ取り、動き始める。]
暑い。
疲れた。
[そう言って、先刻投げ捨てた黄色い荷物にどかりと腰をおろした。
不作法にも制服の長いスカートを少したくし上げると、はたはたと揺らして風を作る。ふとオペレータの立ち位置に居るナオの方を向いたかと思えば、その手を止め…]
…エアコンディショナのボタンはこれか?
[…ナオの脇から腕を伸ばし"非常呼出"ボタンを連打し始めた。
少女も少し不安なのだ……私の解釈は好意的にすぎるだろうか。]
[個体として姿を持たず、また存在意義すら危うい者に取って、何かに憑り付くことは容易。
スピーカー越しに、まずは手始めのあいさつと、誘い文句を手短に紡ぐ]
ひとり、追い出してください
[恐怖は、簡潔で意図があやふやな方が煽りやすい。]
[突然のスピーカー異常に思わず耳を
押さえていた手をおそるおそる離す。]
…
なに、今の? …
ブザー音の代わりにしては、
直球すぎないかしら…
…ぶっ、普通名乗らないでしょ。
[錘による重量オーバー。投げ捨て衝撃があったにも関わらず、更なる重量にも文句を言わず上へと動き出すエレベーター。
そしてノイズ交じりのアナウンス。
こんな状況で失笑するのは場違いとは思っても、私はそうせざるを得ない心理状況に立たされていたのかもしれない。]
追い出せって、それって実習不合格って意味?
[物腰柔く美しく佇むサヨへ、ため息交じりの声色で訪ねた。
きっと私の眦は、言葉よりも雄弁に困惑した色を湛えていただろう]
[軽い浮遊感。ハコが降りる。
6人を乗せた実習エレベーターは
教員からの指導を挟む都合もあり、
次の停止階までは数十秒を要する。
通信が不調らしき今は、
流れる空気もどこかぎこちない。]
[『スクープ! スクープ!!』
空気を変えるためか興味のなせる業か、
新聞部のアンが非常呼出ボタンを
連打するチカノの手元を録画し始める。
もういちど、
…もう、と呟こうとして やめた。]
いくらなんでも、それは…。
[マシロからの尋ねへは言葉を濁す。
単位取得の可不可自体はロビーへ
掲示されることになっていた。
俯いて黙りこくっている
ワカバの様子をちらりと見て――]
ひとりの責任にするなんて、だめよ。
[友人の困惑には表情で同調しながらも、
"追い出す"ことへの忌避感を*口にした*]
そうだよね。
[サヨの回答を受け、私はチカノを一瞥する。
年頃の女子がする行為とは思えないが、男の目がないと羞恥心も箍が外れるのか。
もし、先のアナウンスが実習の可否を判断するものなら、チカノの行為は真っ先にアウトだろうし]
アン、スクープ映像ならスピーカーも撮って置くべきだろう。
[ナントカの血が騒ぐのだろうか。
不安より好奇心が騒ぎ出したアンも、立派な脱落対象者だろう。]
ブザーも止まって、ナオちゃんが乗って……
今は安全じゃないから誰か降ろせってことなら、
[つぶやき、しばしの沈黙。
何事もなかったかのように最上階にたどり着いたハコ。
続きは、ぽつり、と落とされて。]
……"追い出す"っていうのも、何か物騒。
[チカノをチラ、と見る。一人の責任にする気はないが、今このハコが平常ではないことへの危機感はある。
スピーカーの不調も見られる今は不安は募るばかり。]
[チカノが連打する"非常呼出"ボタン。応答はない。
何も起こらないのは、教員が事態を把握しているから?
それとも、コレも壊れているのだろうか。]
―――あ。
[何か思いついたように呟く。]
次の階で、とりあえずオモリだけでも外に出す?
追い出せ、の意味もわかんないし。
[オモリさえなければ定員オーバーなどしていない人数。]
しっかし…
[小さく呟いて、私はハンカチで汗を拭う振りをして口許を隠し押し黙る。
狭苦しい機械の中、元々あまり歓迎される類の雰囲気が漂う空間ではないことは承知しているが、それにしてもブザーの一件後から、私は何かが引っかかって仕方がなかった。
訓練用のブザー。あれは操作側で設定が出来るのか。
出来るのかもしれないが、だとしてもあれほどの衝撃を受けた後、安全確認もなく動かすのは明らかにおかしいだろう。]
なぁ、ワカバ。交代するとき、何か教員から指示があったか?
[指示があったのなら一番受けて居そうな人物に、私は声をかけた。]
錘が無くても困らないなら、出してもいいだろうけど…
[ワカバの提案には唸るような声をあげて答えるも、どこか上の空でしかなかった。]
『なんで、「ひとり」なんだろう?』
[忘れてた足の痛みが疼きだす。]
『なんで、「追い出す」なんだろう?』
[私は痛みから逃れるように、窮屈なヒールの中で蠢いた。]
『もし、誰かを追い出した後、「その人」は一体どうなるんだろう?』
[突き付けられた事実の中に潜む、言葉を深読みするのは、私の趣味でも本の読み過ぎだろうか。
だとしたら、それは杞憂としてやり過ごすだけで*いいのだけれど*]
ま、ざっとこんなものかな?
[マシロの意識に憑りつきし者は、裡で自賛の笑みを浮かべた。]
道連れは多い方が良いに決まっている。
だから。
[くっと押し殺した笑みが引上げた左の口角から漏れる]
入れ替わりを悟られないようにしないとな。
むしろ。ひとりしか出てはならぬ…ということではないのか?
[何百連打目か、あろうことか少女は舌打ちをして、何の反応もないボタンから手を離した。なにやら一斉にねめつけられるなかで少女は胸を張ってみせる。]
私はお役目を務めただけ。追い出される謂われはないな。
[だけ…だろうか。私は思うが。]
"ひとり"なのだろう?オモリをそうは呼ぶまいよ。
[そう、うそぶいて
少女はアンの向けるカメラに、ニヤリと笑って親指を立てて見せた。]
誰の悪戯かな…。私の目は、ごまかせない。
[おまえだろう…
不敵な笑みを浮かべて辺りを見回す少女に私は、思ったものだ。]
えっ……と。
[先程までワカバが行っていたらしいオペレーターを、今度は自分が務める必要がありそうで]
あ、ありがと。
[サヨがスッと手渡してくれた紙に目を通そうとした時]
「── ひとり 追い出してください ──」
……?
[怪訝そうな視線は、声のしたあたりをゆらゆらと]
[紙に何か書きかけて、すぐに手を止める。
各々の言を吟味してみるというには、
いささか思案に費やせる時が足りない。]
… なんだか、
緊急時に、優先してお逃がしすべき
お客さまをあてる課題とも取れるのね…
――でも、
私はおもりを下ろすワカバの案に 賛成。
[推測とは裏腹に、前にいるチカノの脇腹を
くすぐって錘の上からどかせようとする*。]
――邪魔、だから。
とか?
[ふと、私はナオの問いに答えるような形で、脳裏に浮かんが仮説を上げてみた。
それは如何に非現実的で、在り得る事ではないという事は百も承知だったが、何故か呟かずにはいられなかったのだ。]
んー…サヨの考えも一理あるけどなぁ。
でも仮に「避難誘導実習」だったとして。
大切なお客様を「追い出す」だなんて表現するかな?
[走り損ねたペンと綴られぬ文字に、サヨの心情を思い、私は極力否定の意味合いが籠らないように告げた。]
アン、あんたこの建物についての噂、何か知ってる?
えっと、ほら、夏向きの…アレ系。
[一向に応答しそうもない非常呼出ボタンへ、見切りをつけたアンにそれとない雰囲気を醸し出しながら、浮かび上がった疑問を変化球でぶつけてみた。
彼女なら。
情報収集が得意そうなアンなら。何か情報を知っているかもしれないと思って。]
いやん
[…。しばし沈黙の後、恥じ入るように咳払いをひとつ。]
サヨ。きさま。
……まあいい。
このテントは私物。うち捨てられてはかなわないな。
それとも、クレーマーを実力行使で叩き出した。
と実習報告したいのか?
[黄色い荷物はテントらしい。私は言うことばがない。**]
マシロに"夏向きのアレ系"を問われたアンは、
おっとそれを私に語らせると長いよ的な
仕草をして、その口を開きかけるが――
『 ひとり、追い出してください 』
――再度の奇妙なアナウンスに、遮られる。
[引力に逆らうようにふっと軽くなる体。
あ、そういえば昔聞いたことがある。無重力状態になるとかなんとか。]
……一応変化球を投げたつもりなんだけどな。
[アンの代わりと言わんばかりに、ご丁寧に返答してくれたアナウンスを見つめ]
ねぇ、あんたたち。さっきの声。
――聞き覚え、ある?
[ブザーがなり、錘が叩きつけられ、音は止み。
何事もなく上昇した小さな箱は、ノイズ交じりの声を上げ、そしてまた下降する。
時間にすると数十秒か精々二分も掛かっていない。
その短い間に、目まぐるしく変わる状況に。
私の思考は、点滅する明かりと共に四散していく。]
「くびにしますよ」
そう聞いて。彼女達は何を想像するかねぇ?
――実習失格? それとも
[表で繕う傍で、裏ではニタニタと、舐るような視線を撒き散らす。]
あぁ、そうか。
彼女達は想像力に乏しいから、まずはどのようになるのか見本が必要か。
[さも、愉しいことを思いついたかのように、目を大きく見開くような表情を浮かべ、憑りつく者は物色するように裡から一人ひとり眺めだす。
そしてある人物の顔を覗き込み。一瞬だけ息を潜め]
さっきの声?
[記憶にある教官たちの声を頭の中で再生してみる。
音声が、やたらに歪んでいる事を考慮に入れても──]
……わかんないわ。
[ごめんね、とマシロに]
気にすることないし。
むしろ私もわかんない。
[謝られることはない、と涙を浮かべるナオへとウィンクを一つ投げる。]
てかさ、くびにするって何を? 学校を?
追い出すって何のために?
追い出した者に得は何かあるの?
さっきから訳が分からないんだけど。
[盛大なため息を吐きながら、私はちらつく視界の中、ノイズ交じりのスピーカーを*眺めた*]
[錘を降ろすことに同意してくれたサヨにこくりと頷くもチカノに私物と言われれば、むぅ、考えこむ。]
ブザーはまぁ、余裕みて設定されてるとは、
想うけどね……
[しかしその状態から一人加わっているのだからエレベーターとしても楽勝ではないだろう。]
[現在自分にとって不安の種である重量の件をどうしたものかと考えてみるも短時間で思いつくこともなく。]
……え、
[再度の指令。
夏向きのアレ、と思い出せば壊れたスピーカーの声もそのように一瞬考えてしまうけれど。]
声、は、わかんないけど。
こんな口調のセンセ、いたっけ。
[マシロの問いに、少し考えてみるけれど。]
[一度疑問に想ってしまうとどうにも気持ち悪い。
背筋にぞくりとしたものを感じて首をぷるぷる振る。]
あくまで、"追い出す"、なんだね。
降りるとの違いは、自分以外の誰かをってことよね。
[これも試験なのだろうか。
拭えない違和感が徐々に首をもたげてくる。]
[降りてください――ではなく、追い出してください、と
不合格にする――ではなく、くびにする、と。]
くびにする、なんて、わたしたちの立場では、
普通、使われないよね。
[ぽつり、と落とす声は小さい。]
〜〜〜…
[ふたたびスピーカーから降った
アナウンスに、しゃがみ込んでいた。
涙目で顔を上げて、マシロを振り仰ぐ]
…だから。
実習は中断と見なすことにしたの。
[返答は、チカノへの其れも兼ねた。]
[……訪れた少しの浮遊感に身を抱くように俯いて。
視界の明滅に、ひ、と小さく声をあげ照明を見上げる。]
やだ、これも故障……?
[夏向きの……なんてものが頭をよぎり、俯きがちな顔からは色など消えている。
目の前の不安に、誰を追い出すか、なんて考えられぬまま]
[友人の指摘する通り、
仮に「避難誘導実習」だったとして。
大切なお客様を「追い出す」だなんて
表現をする指導員は…知る限りいない。]
[得られぬ応えにナオへ笑む友人が
疑問符を羅列しだすと、目許を擦って]
…マシロは。
いつでもなんでも、
自分がわかってればそれでいいんだわ。
[ワカバと同じく口調の一致をみる
指導員がいないと至る思考を黙し悪態をついた*]
[指をさすように、ある少女を指差し。
憑りつく者はニタリと口嗤う。]
きーぃーめーたぁ…。
[不安に感情を揺らす者たちの声で、涙で潤うかのように。
押し殺してもなお漏れる失笑は次第に大きく爆ぜて。]
何なら、お前も。道連れにしてやろうか?
[憑りつく者の器に宛てられた悪態を吐く少女へ。
下卑た笑みを向けた。]
まずはひとり。
したへご案内いたしまーす。
[まるで恐怖に閉じ込められた少女たちをからかうかのように。
エレベーターガールの口調のそれをなぞり、憑りつく者は片手を宙に翳し、微笑む。]
お客様。この空間は大変危険ですので
わたくしの指示に従って行動くださいませ。
[恭しい態度とはうらはら。口許は醜くゆがんだ表情は――]
――そういえば。
追い出してって、いつまでに、追い出すんだろ。
[この短い時間に2度もアナウンスがあった。
次の階でということなら今にも扉は開くだろう。
当然まだ決めてない。というより*考えられてないのだが*]
あ、…
[明滅。灯りが頼りなくなる。
狭い空間にある友人たちの存在さえも。
隣にいるワカバの蒼白な面にはっとして]
ナ、ナオ。
開いたら、ドアロックおねがい。
[オベレーターの位置についているナオへ
震え声をかけながら、漸く立ち上がろうと。]