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朝
――お疲れ様でした
[退勤する同僚へ、浅く頭を下げた。
昨日も、この場所で生涯を閉じた人々が居たらしい。
ぼんやりと思案する野木が閉じた、入院患者リストの最後に並ぶ名前は、
[外科医 ユウキ]と――]
[いつもと変わらぬ仕事を終えて、帰宅した家。
いつもと変わらぬその部屋に、いつもと変わらぬ夕食、いつもと変わらぬテレビの雑音の中、いつもと変わらず横になるベッド。
例えば人に、どんな事があろうと。
世界は、何も変わらず回り続ける。
たった一人の人の死は、世界を何も変えない。]
唐揚げ、うま
[ただ、少しだけ。
今日の食事は味気なかった。]
[朝はやく、アネモネのお花が届けられました
白いのと、赤いのと、紫色のがあります
わたしはそれを持って、マフラーを巻いて、部屋の外へ出ました
彼女が贈ってくれたマフラーを。
けれど、困りました
わたしはクルミさんの名前しか知らないのです
どこにいるのかも、わからないのです
お花を持ったまま、わたしはただうろうろしていました]
「お姉さん、どうかしたんですか?」
[すると、男の人の声が聞こえました
振り返ると、見覚えのある人がいました
ぜろくんです
お見舞いに来たのでしょうか
わたしは答えました
人を探しているんです、って
それなら、とぜろくんは笑って口を開きました]
[ぜろくんと別れて、近くにいた看護師さんに訊いてみました
クルミさんのお部屋はどこですか、って
車いすに乗っている女の人なんですけど、って
すると、看護師さんは言いました
彼女は昨日亡くなりましたよ、って
わたしは何度かまばたきをしました
それから、そうですか、わかりました、そう言って看護師さんにお礼を言いました
それから、立ち尽くします
どうしましょう、どうしたらよいのでしょう
腕に抱えたアネモネの、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐりました]
[わたしはアネモネを持ったまま、屋上へ行きました
理由はわかりません
ただ、何となく行きたくなったのです
そこでわたしは、空を見上げます
とても、とても綺麗な青空が広がっていました
なぜだかわかりませんが、その綺麗な空が、クルミさんに似ていると思いました
ふわりと冷たい風がわたしの頬を撫でるけれど、マフラーが暖かくわたしを包んでいてくれました]
[わたしは、アネモネを一輪ずつ風に乗せて飛ばしました
ふわりふわりと風に乗って散って行きます
ぜろくんがさっき教えてくれた話を思い出しました
ゼフュロスと言う風の神様が、花の神様の侍女だったアネモネを愛しているから、アネモネは風に優しく吹かれているのだと]
[その神様が、このアネモネを空の上まで届けてくれたらいいのになぁ、
そう思いながら、わたしは花を風に乗せていきました
クルミさんと、かみさまに、届きますように。
届いたら、クルミさんは喜んでくれるでしょうか
かみさまは、笑ってくれるでしょうか
腕の中の花がすっかりなくなるまで、わたしはずっとそうしていたのでした]
[今日の夢は、とても不思議な夢だった。
若者は、どこかの道を歩いている。
誰かの後ろ姿が、目の前に見える。
誰かを追っているのか?
いや、それにしては歩行速度が遅い。]
まだ早かったか
[何故か若者はそう言い、苦笑いを浮かべる。
追っていた誰かは、振り返らない。
ただ、道を歩いて。
遠くに、真っ青な空が見えた。]
[そして朝。
今日も電話で目が覚めた。
最近、こんなことばかりだ。
今日は、私の患者さんに関しての電話だった。]
ボタンさん?
はい、わかりました
[月に一度、検診にくるおばあさん。
そのおばあさんが、亡くなったと言う。
いそいそと服を着替えて、病院に向かう。
葬儀に、行けるだろうか。
今日の仕事は、はやめに切り上げよう。
そういえば、今日はルリちゃんが手術だったか。
私が手術をするわけではないけれど。
手術前に、彼女に何か送っておこう。]
[ジュースが好き、と言うことしかしらないから。
何がいいか、よくわからなかったけれど。
あの歳の女の子だから、というので縫ぐるみを買ってあったんだ。
少し大きめの、くまの縫ぐるみ。
あとで、持って行ってあげよう。
そう思って、抱えたはいいけれど。
これをもって出勤するのは、予想以上に恥ずかしかった。]
空が青いな
[夢でみたような、綺麗な青空。
冬だというのに、こんなにも空が高い。
珍しい事もあるものだと、若者は思った。]
[病院にたどり着くと、まずはナースに縫ぐるみを渡した。
ルリちゃんに、渡してくれと頼んで。]
ジュースの先生から、と言えばきっとわかる
お願いしたよ
[変な目で見られている気がするが、被害妄想だろうと思うことにした。
今日も、微糖の珈琲を買う。
サンドイッチは、買わなかった。]
夢
[今夜、夢を見た。
休憩室で、『おふくろさん』を聴きながら。
隣に腰掛けた少女の言葉に、静かに頷く。
『子供は、いいねぇ…』
「はは、アンタさんだって子供だろうが」
「そうだな、…俺ちの孫とはどうやって遊んでやりゃあ喜ぶかねェ」
「娘達が若い頃は、片栗の花を観に行ったりしたよ」
「紫色の小さな花が、群生している場所があるんだ」
「春の花だ。アンタさんはすきかい?」
「すきならきっと、孫にも喜んで貰えるかもなァ…」]
[若いお嬢さんと、病院の休憩室で語り合う夢だ。
目覚めた時に不思議な気持ちになったのは
そのお嬢さんと、何処かで逢った気がするのに
それが誰なのか、
はっきり思い出せなかったからだろう。]
……これも、縁てやつかねェ
[既に日課となりつつある母の見舞いに
今日も、出掛ける]
病院・ロビー
[見上げた先には、抜けるような青空があった。
燦々と降り注ぐ陽光が、青空をより際立たせる。
雪も随分と溶けたことだろう]
ああ…、清々しい朝だァな……、
[青空を見ていると、生きる気力が湧いてくる。
外で深呼吸してから、病院を訪れた。]
[今日も、母の病室へと歩を進める。
けれど501号室の名札は外されていた。
ナースステーションへ声を掛けると
母は昨夜、意識レベルが著しく低下し
集中治療室に移動になった、という事だった。
医療器具の音色が微かに響くその部屋を訪れる。
眠ったように瞼を閉ざした母――]
母ちゃん、……かァか、……、
[声を掛けても、頬を擦っても、
母は目を開けることは、なかった]
―手術室―
[普段着ている入院用のパジャマではなく、手術用の服を着せられ。
涙ぐむ両親に見送られながら、手術室へと向かった。
もしかするとこれが最後になるかもしれない。
そうわかっては居ても、気の利いた言葉など出ては来ず。
「だいじょうぶだよ」などと根拠も捻りもない言葉と笑顔を向け、小さな体は手術室へと運び入れられた。
白くて、よくわからない機械がたくさんある、変な部屋。
まじめな顔をしている見覚えのある医師や看護師に、ゆるやかな笑みを浮かべ。
全身に麻酔をかけられて、意識は混濁していき。
――二度と目覚める事はなかった]
[暫くそうして、何もできずに母の傍に佇む。
集中治療室には、妹がやってきた。
顔を合わせるのは十数年ぶりの事だった。
妹は銀行家の元へ嫁ぎ、
男が金の無心に訪れても「二度と来るな」と
一蹴するほどの気の強さを持ち合わせていた。
『アンタみたいな貧乏人が兄貴だなんて
恥ずかしい』
これが、彼女の捨て台詞だった]
[だから、何を話していいものか悩んだ挙句、
『かァか、死んだように寝てるぞ』
そう巫山戯たら、見る間に彼女の顔が怒気に染まった]
『母さんはまだ死んでないわよ!!』
『そんなことばかり言ってるから
奥さんや子ども達に逃げられるのよ!!』
[ヒステリックに叫んで、泣き始めた妹を
看護師が宥めていた]
ああ、そうだな、そうだなァ
…俺ちは阿呆だからなァ
[数年前なら、彼女へ食って掛かっていただろう。
けれど自分にはもう、そんな気力はなかった。
集中治療室を後に、足はふらりと階下の中庭を目指す]
中庭
[途中、休憩室で見掛けた
子ども用の色鉛筆とスケッチブックを借りて
絵を描くことにした。
油絵の道具はとうに売っぱらってしまって
今では家にも、100円均一で買った
スケッチブックと鉛筆くらいしか無いのだ。
悲しい気持ちから逃避する為、白い画面に描くのは
病院の中庭の光景。
正面の見事な櫻の木、今は葉もなく寂しいけれど
そこには、薄桃色の花弁を咲かせた樹を描いた]
[これならば、あの若い先生が
彼女に見せる写真の代わりに、なるかもしれないと。
桃色の樹の下には、車椅子の女性と語り合う
スーツ姿の男性を描いた。
目で見た光景ではない。
其処にそうして佇んでいたら
絵になるだろうとの演出だった。]
――あの若先生、名前なんつったけなァ…?
[完成した絵を渡そうと思ったが
相手の名前を聞いていなかった。
そのうち逢えるだろうと、次の絵に取り掛かる。
同じ中庭、今度は雪の夜の光景だ。
樹の横には大きなゆきだるまを描き
その横に、ゆきうさぎを嬉しそうに両手で抱える
ルリちゃんを描いた。
そして、それを穏やかに見つめる――品のある女性。
老女を描く心算が、何故か若い女性になってしまい。
空には、藍色の空に黄色の鉛筆でオリオン座を描く。
何処か、暖かな絵になったものだと、自画自賛した。]
[筆が温まってきたように感じられた。
実際には筆ではなく、色鉛筆なのだけれど。
こうして、何かを描くのも久し振りだった。
描いてみたい、と感じる光景に出会うことも。
緩く天空を仰ぎ見る。
青空を背後に聳える病院の、屋上の柵が見えた]
『かみさま』
[そう話していた、煙草を吸うお嬢さんを思い出し――
空へ向かい、薄煙を吐き出す横顔と、『かみさま』を描いてみる。
『かみさま』の姿に思案して、結果形になったのは
白い髭と白い巻き毛の、赤い服を着た老人で]
クリスマス、だもんなァ…
[サンタクロースに酷似した『かみさま』は
煙草を嗜むお嬢さんへ、空から穏やかに微笑んでいる。]
[スケッチブックは、更に新たな線を綴る。
穏やかな、母の笑顔。
貧しさも、不安も、病の痛みも
その全てから解放されて、ただ嬉しそうに微笑む
母の笑顔を描き出す。
頬の皺も、一際下がった眦も
染みの浮かぶ肌も、その全てが彼女の生きた証。
自分と、兄と、妹と弟。
次の世代を健気に守り、慈しんで育ててくれた
偉大な存在を紙へと記す]
――母ちゃん…、
[その声音は音と為す前に、白い呼気となり
大気へ、溶けた]
[スケッチブックに描く色。
最後に描いたのは、四人の娘達と女房の絵だった。
幾度となく繰り返してしまった暴力と
一向に改善されぬ貧しさに痺れを切らし
男が目を離した隙に500キロ離れた土地へと
逃げてしまった娘達と妻。
まだ十代だった娘達が、友人全てを切れる筈はなく
友人ひとりひとりを訪ね歩いて、移転先へ迎えに行った。
今度こそ、心を入れ替え仕事に励むと。
暴力は一切奮わないと。
土下座し、二度戻って来させたけれど
慣れてしまえば常と変わらぬ生活に、
娘達は完全に男を見捨てた。
妻の居場所は、煙のように消息を掴めなくなってしまっていた]
[やがて、移転先でそれぞれ結婚し、
地盤を固めていく娘達に、幾度となく金をせびった。
妻の居場所を探ろうと、電話口にまだ小さな孫を出させ
「ばあちゃんはどこに住んでいるかなァ」
とカマをかけた。
「ばあちゃん?えっとね…」と語ろうとした孫から
娘が電話を取り上げ
『旦那の方のばあちゃんの事だから!』と
慌てふためいていたのも、記憶に新しい。
そんな自分の所為なのか、妹と同じように
『こんな父親は居なかった』ことにしたかったのか
娘達とも、連絡が取れなくなっていく]
[描き上げた娘達の姿は
彼等が居なくなってから、網膜に焼き付けんとばかりに
幾度も幾度も眺めた、家族旅行の際の写真の構図。
それぞれが華やかにお洒落をし、
豪奢な温泉旅館の前で撮ったもの。
もう、戻れないと知るが故
決して忘れることの出来ない一枚だった。
男は、絵の横に文字をしたためる]
[それを、誰かに計られる心算なく
自分で、自分を卑下する心算もない。
今はただ、そう――
カタクリの花が見たい、と
ただ、それだけを感じて
絵をしたためたスケッチブックを
休憩室にそっと*戻した*]
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