[呼吸は長くも浅く、みたものを認識しながらも脳は拒否して。]
――ねぇ、
アンちゃん、どこ?
[つい今し方まで、扉が開くその時までいたはずの人は]
[聞こえた声は前方からだったような気がする。
そもそも、幻聴なのかもしれない。]
……………………くび、ってこと ?
はは、
……わらえない、ジョークだ、ね。
[絞り出した声は、誰にともなく落ちる。
言葉に反して、顔は青ざめた*まま*]
『物事を、整理してみよう』
[目の前に一瞬だけ広がった状況に、体は反射的に走り出したが機械の正確さには間に合わず。
オペレータ役だったナオが操作盤を押し、チカノが絶叫の後強がる素振りを見せ、サヨは一言漏らしただけで言葉を失い、ワカバが途方に暮れたような声を零すその傍で、無情にも再び固く閉ざされたエレベーター、その内扉に握った右手を当て、私は一つ深呼吸をした]
[無機質なアナウンス。その声主に聞き覚えがないか。私は下降中の機械箱の中で、ほかの子たちに問いかけていた。
ナオに続き覚えがないと回答しながら、立場的に使用しない言葉の真意を考えあぐねるワカバに頷いていると、サヨからは状況判断による実習中止の報告と共に、おそらく情緒不安による八つ当たりを受けた。]
「あー…。そう思わせてしまったなら、ごめん」
[本当は問い詰めて言い返したかったけど、状況が状況だけに煽っても逆効果かと思い留めた。傍から見たら冷静過ぎると思われるだろうが、騒いだ所でみんなが助かる術が見つかるわけがない。
わたしは、弟妹を慰めるときのような感情で潤んだサヨの瞳を一瞥し、到着階を示す掲示板を見上げた。
その時は、まだ、確かにアンはいた。
だけど、その直後。扉が開くと同時に、見えた視界の先には、何故かアンの首だけが綺麗に置かれていたのだった。]
うそ…でしょ。追い出さなかったから、くびにされたっていうの?
[誰に問うわけでもなく、漏れた独り言。真意を探そうと模索する姿は、やはりサヨからは再び。
「自分がわかってればそれでいいんだわ」と。
言われてしまうのだろうか。]
誰の悪戯にしても…。性質が悪すぎでしょう。
[チカノを責めるつもりは無い。
誤解を与えないような平坦な口調で、私は振り返り改めて残された子たちの顔を見た。]
『悪戯? だったら今すぐ止めて欲しいわ』
[冗談じゃない、
皮肉ろうと口を開こうとしても、知らず知らずに恐怖に囚われた体は、声すら満足に*上げられなくなっていた* ]
[あまりの非現実的な光景に、錘が先程のフロアに放り出されたことなど頭に入っておらず、やがて狭い箱の中、壁に背を預けるようにずるずると座り込んだ。]
……追い出されて、くび?
……追い出さなかったから、くび?
[少なくとも、誰もが誰も追い出さなかった。
強いて言うなら自分とサヨが錘を追い出そうとした程度。]
―――ひとり、
[廻る思考はあれど、声になったのは、そこだけ。
それがどういう意図で落とされたのかを汲み取るには、あまりに抑揚の無い小さな声。]
[座り込み低くなった視界。視線は上げも下げもせず、次の停止フロアで起こりうる現象を思う。]
追い出す、は……身代わりとか生け贄、って
ことなのかと考えてみたんだけど……
[躊躇うような、少しの沈黙の後、小さく添えたのは]
もしかして、"正解"を選んだら、助かるのかな……
["ひとり"であることの意味。
"不正解"を選んだらどうなるのか、までは思考が無意識に逃げてしまい言及はせずに。]
[膝を抱き、視線を落として床を見つめながら]
怪談話や怖い噂って、だいたいは
助かる方法、あるよね……そんな感じでさ。
[怪談話、と自分で口にしながら背筋がぞくりと凍る。
助かる方法がない話もあるが、縋るにはそこしかなく。
少なくとも、何もしなければ希望はないのだろう。]
……わかんないけど。
[そしてまた少しの*沈黙*]
ああ、そうだ。
おきゃくさまが荷物を置き忘れた…と、しよう。
…ナオ。
黄色い錘だかテントだかを、拾ってきてはくれまいか?
[それこそ性質の悪い冗談だと、私は目を逸らした。**]
チカノ、その冗談、笑えないよ。
冗談なら、もっと笑える話をしなよ。得意でしょう?
[咎める、それよりは少しでも張りつめた空気を和らげようとするけれど、やはり私も失敗して嫌な気持ちだけが残る。]
正解、って。また誰かを犠牲にするの?
それとも――…、ごめん、言い過ぎた。
[冷製に努めようとすればするほど、空回りする感情。
漏れそうな思いを押し留めるように、私はありきたりな言葉でそっと口を噤む。]
『助かる方法、か』
[藁にも縋りたい思いで落とされたであろう、ワカバの考えを頭の中で反芻する。
今置かれている状況が、「終わりのある」話ならば。
あるかもしれないが――。
うつろな眼差しで天井を見上げながら考えていると、再びチカノが笑えない冗談を紡いだのを耳にした。]
――ねぇ、チカノ。その笑えなさすぎる冗談、
ナオに強要しようとしているなら…
[点滅する明かりが。追い詰められた状況が。
私の冷静さを内側から少しずつ欠いて行くのが解る。]