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「そうか。嬢ちゃんは煙草がすきかァ…
煙草も酒も、ないと生きていけんよなァ…」
[たばこに口をつけて吸いこめば、ずっしりとした煙がわたしの胸の中を埋めてくれるようでした
すこしずつ消えていくわたしを、これがつなぎとめてくれているような気さえしました
だから、生きるために必要といえば必要なのでしょう
なのでわたしはおじさまのことばに頷きます]
好きだったんです。
かみさまが、この煙草。
[ふわりと風が吹いて、わたしの長いみどりの黒髪を撫でていきました
かみさまが褒めてくれた、自慢の髪。]
[>>8]
みどりの黒髪。
「發」と書かれた小さな牌を持って、かみさまは呟きました。
お前の髪がそうなんだろうな、と。
そう言って、かみさまは私の髪を一房救い上げました。
緑なのに黒髪なのはどういう事だろうと思いましたが、かみさまの手が気持ちよくて、私はそんな疑問がどうでもよくなって目を閉じます。
みずみずしくつやのある、美しい黒髪の事をそう言うのだと、ひろくんが教えてくれました。
すると、傷のにいさまが言うのです。
六花が發なら、アンタは白だな。
三元牌のうち、真っ白なそれ。私はそのなめらかなものが好きでした。
かみさまみたいに綺麗だったから。
そうしたら、ひろくんが言ったのです。
じゃあ、■■さんは中ですね。三人合わせて大三元だ。
傷のにいさまの髪の毛の色は茶色でしたが、ひろくんよりは赤に近いものでした。
なるほどたしかに、と私は頷きました。
それを聞いたかみさまは、くつくつとおかしそうに笑いました。
じゃあひろは黒いから風牌だな。
私も笑いながら言います。
四人そろって、字一色ですね。
違いあるめぇ、かみさまはそう言って笑います。
そして、私の頭を優しくなでてくれました。
[献血にご協力ください。
そんな張り紙を読みながら、少し冷めた珈琲を啜る。
若者は貧血気味で、献血を行った事が無い。
こう言う張り紙を見て、人は献血をしようと思うのだろうか。
無いよりはまし、と言う事なのだろうか。
それにしても、もう少し興味を引く張り紙でも良いと思う。]
ドリンクバー付き、軽食も提供されます
ほんの五分でお腹いっぱい
[怪しいバイトみたいだな。
自分で口にしてみて、何か違うと思った。]
[椅子に深く腰掛け、顔を覆う。
どこともしれぬ身体の中が、じくりと痛んだ]
はぁ―――……
[長い、長いため息をついた。
近くに、自分を認識している女性がいることを思いだし、少しだけ背筋を伸ばした]
[何の変哲もない人生だった。
家を出て、就職をして、実家には両親も健在だ。
けれど、入院したなんて言えない。
一緒に暮らす人も、心配してくれる人もいない。
仕事だけだった。
それだけが生きていく理由で、術で、全てだった。
会社員
そういうレッテルを喜んで貼られた。それしかなかったから]
部屋にいると、暇でね…
[病室も、自分の部屋も。
名前もしらぬ人に、独り言めいた言葉を零してしまう。
「寂しい人だ」
胸のなか、はっきりと言葉にする。
自らを哀れんで、伸ばした背筋がまた少し丸まった]
― ロビー ―
よっこらしょ
[しばらく老眼鏡で何とはなしに文芸春夏を読んでいたが、同じ体勢でいたので少し疲れてきた。
眼鏡を外すと腰を上げて周りを見回す。
2,3人、このロビーの常連の入院患者の姿が見えた]
あらあら、新聞はシマさんにとられちゃったのね
シマさん読み始めると長いから
今日は早めに帰ろうかねぇ
はぎれも探さないとだし
[お嬢ちゃんが遊ぶのかい、と聞かれて、最初は少しむくれたような顔をした女の子が、笑顔を浮かべたその表情を思い出して、自分もにこにこしながら、まったく…と呟いた]
2人であそぶとしたら、5個は作らないとだねぇ
やれやれいそがしいいそがしい
ああ、小豆も買い物当番の職員さんにたのまないと
スーパーに売ってるし、お願い代もかからないでしょ
[すっかり自分も一緒に遊ぶ気になっていた]
― 廊下 ―
それにしても、人におしごとを頼まれるなんて、久しぶりだねぇ…
[介護棟へ戻る廊下を歩きながら、少し前のことを思い出していた。
我が家は、おじいさんが死んだ後、息子がほぼ完全にリフォームした。
バリアフリーにはなったものの、満州から引き上げて以降、ずっと動いていた柱時計が、針の音がうるさいし大きくて邪魔という理由で捨てられたのが寂しかった。
そのすぐ後の話だ。
孫は大学へ、嫁と息子は働きに出ていた。
あの日も、みんなのために、まだなれない新しい台所で夕飯を作ろうとしていた。
いつものように作ったつもりだったが、フライパンから火の手が上がった。
ぬれぶきんぬれぶきん、と探したが、思った以上に台所の配置は変わっており、ふきんがみつからない。
あれあれまぁ、どこだろう、と探しているうちに、炎は高くなり、真上の天井に触るくらいになった。
少しこげたにおいがした。
それでもふきんをさがして下の棚に頭をつっこんでいる時に、後ろから早くに帰ってきた嫁の声が上がった。
『おばあちゃん!何やってるの!!』
[棚から顔を出すと、嫁がコンロの火を止め、バスタオルやら大きな鍋の蓋やらをとにかくかぶせるようにするところだった]
…ごめんねぇ…
[何もいいようがなく、ただ座り込んで謝る自分を、嫁は大きなため息をついて見下ろした。
使えない奴、という目だった]
―自動販売機前―
[病室で本を読んでいたものの、何度も何度も読み飽きた本は退屈すぎた。
このままだと爆弾が爆発しなくても死んでしまいそうで、本を閉じて廊下へ出る事にした。
とはいっても院内だって歩きなれていて、新鮮味など存在しない]
あーあ、つまんないなぁ…。
[せめてお金があればジュースを買えるのに。
と、未練がましい気持ちを胸に自動販売機の前まで行ったところで、声が聞こえて]
どりんくばーで、おなかいっぱい?
[きょとんとして、首をかしげた]
[そんな目でみられたことに衝撃をうけた。
自分は美人だとは思わない。
でも、昔からよくちゃきちゃき働くねぇ、手際がいいねぇ、と褒められてきたものだ。
今日は火があがったけど、これまでだってちゃんとみんなのご飯を作ってきたのに。
当の嫁だって、義母さんは台所のことなら何でも出来ますね、と言ってくれたから、わたしが色んなことを教えてきたのに]
『…これからは火を使わないでください』
…うう、うぇえええん
[怒るような言葉と、見下されたことに、つい涙がこぼれた。
嫁はもはやこいつ超面倒、という表情を隠さなかった]
何もするな、なんて言わなくてもいいじゃないか、ねぇ
[思い出を振り切り、ふっと顔を上げると、廊下の自動販売機の前に、大体1ヶ月くらいに1度、検診を受けに行く外科の先生の姿が見えた。
近づくと、立ち止まってぺこりと頭を下げる]
こんにちは、先生
いつもお世話になっております
[そして少し考えた後、問いかけた]
あの、やっぱり外科のお医者さんから見ても、わたしはぼけているように見えますかねぇ
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