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3日前、授業後の塾の教室
[煌星学園の生徒たち数人に囲まれ、困ったような笑顔を浮かべながら雑談に応じている]
青玲学園の噂? お前らの方がよく知ってるだろ、先生は興味ないよ。
はぁ、駅に似たような噂があるから確かめに行く? やめとけやめとけ、偽汽車はともかく、ここらへんも不審者の目撃談は結構多いんだからな。
一緒に? 行かないよ、先生は自分のクビが大事だからな、そういう一線は越えない。あくまでお前らとは先生と生徒、だ。トモダチじゃない。
[「生徒の危険を見て見ぬ振りするのー?」との軽口に、ぴくりと片眉をあげて]
――おい。脅すのか? 趣味が悪いぞ。
[「だって先生いま聞いたじゃん!」と囃されて]
あのなぁ……。しゃーないな、偶然だぞ? 偶然、夜の駅付近でお前らを見かけることにする。約束したとか言うなよ?
[やったぁとはしゃぐ生徒たちを尻目に苦笑し、ぼそりと呟く]
――小山内がどうして死んだのか、知りたくないって言ったら嘘だしな。
―松柏駅への道中―
[カツカツとやや忙しない革靴の音が響く。その表情は、塾で生徒たちに囲まれていたときのものとは異なり、眉間に深い皺を寄せて何やらぶつぶつと呟いている]
あいつは狡い。……死んだヤツ相手に戦うことほど虚しいこともねぇよな。勝てやしねぇ、あのひとの中では死んだ旦那が一番。そりゃそうだ、死んだヤツは二度と悪さしねぇんだもん。
[暗がりに吐き捨てるように、独白は続く]
おまけに息子まであんな死に方しちゃ、なぁ。ちょっとおかしくもなるわな。
最近じゃ見舞いに行っても門前払いだし。「もう貴方に訪ねていただく理由もございません」、ってか。俺にはあるんだよ、俺には。
くそっ、俺だって既婚者に横恋慕するほどバカじゃねえつもりだったよ。……知らなきゃ良かったんだよ、旦那と死に別れてるなんて。
[唐突に立ち止まり、暗い空を仰ぐ]
……小山内。お前がどうして死ななきゃならなかったか、お前の母さんはずっと知りたがってる。
見てるか? お前の母さん、笑顔だけは忘れてないけど、あんなにやつれて。お前がそっちに連れて行きたがってるんじゃねえかって……心配でたまらない。
お前はあんまり喋らねえ奴だったけど、母さんには本当に優しかったもんな。
[きゅっと唇を噛み締め、数瞬の後、ほぅっと深いため息をつく]
死んで、心に住み続けるっていうのは、狡いよ。
[ややあって進行方向へ視線を戻した顔は、いつもの塾講師としての表情だった]
……さて。あいつら、何人くらい集まる気なんだか。
これで誰もいなかったらとんだ無駄足だが、まぁ、それならそれでいいか。
[やわらかい笑顔を取り戻し、今度はゆっくりと歩き出した。生徒の誰かに会ったなら、たしなめながらも一緒に駅へ歩いて行くだろう**]
―回想―
[偶然のふりをして松柏駅に行く、という話がまとまった直後。
いつもは引っ込み思案な女子生徒――三枝小春の唐突な挨拶を背中に浴び、驚いて振り返る。]
お、おぉ? さよなら。気をつけて帰れよ。
……って、もう居ないのか。
[駆け去って行く小春の後ろ姿を見送りながら、聞かれたんじゃなかろうな、と一瞬ひやりとする。目の前に居た賑やかな生徒たちに気を取られていて、近藤の死角に居たらしい彼女の存在には気づいていなかった。]
[小山内と同様、内気で周囲とあまり交わらない小春に対し、近藤は何かにつけ声をかけるようにしていた。近藤が声をかけても彼女はすぐに俯いてもじもじしてしまうので、あまり会話が続いたことはなかったが。
それでも、彼女が忙しく働く母にかわって弟妹の面倒をみていること、細かいことに気配りのきく優しい子だということは、少ない会話と彼女の教室内での振る舞いから読み取っていた。
だから、つまり]
……仮に聞かれてたとして、こいつらに聞かれてるより100倍マシだな。
[まだ無責任にはしゃぎ続けている賑やかグループに目をやって、そう結論づける。
松柏駅に行くことについては教室内に居た小春にはじゅうぶん聞こえていただろうが、彼女がその話に興味を示すとも思えなかった。
だから、それっきりそのことは近藤の思考から抜け落ちていた。
ただ、あの日の小春の挨拶だけは、新鮮な驚きとともに印象づけられていた。]
[それはともかくとして、放っておくといつまでもダベり続けていそうな生徒たちをいいかげん解散させることにした。楽しくおしゃべりしてもらうのはいいが、居残り勉強でもないのに生徒を家に帰さないというのは近藤の立場上よろしくない。
どうもこのあたりの線引きが甘いのが、自分のいけないところだ。自覚はあったが、その性格のおかげで生徒から人気があるらしいというのも一方の事実であり、こうした勉学以外での交わりを楽しいと思うからこそ塾講師という仕事を選んだわけでもあり。
僅かな逡巡を頭から追い払うかのようにわざとらしく咳払いをして、しかつめらしい表情を作る]
あー、お前ら。今日はいいかげん帰れ。
先生を引っ張り出せて満足なんだろ?
それに――お前ら、土曜日は学校で補習だとか言ってなかったか?
[『忘れてたー!』と、またぞろ騒ぎ出す生徒たちを一瞥し]
言っておくが、学校の補習サボって駅に来てたりしたら後々困るのはお前らだからな。
俺の後輩がお前らの学校の先生してるって話、前にもしただろ?
[『生徒を脅迫するなんてシュミわるい〜』とからかう生徒たちに、にやっと笑って]
先生も脅迫されたからな。意趣返しってやつだ。
ほら、わかったら散った散った。気をつけて帰れよ!
[やっとのことで三々五々帰途につき始めた生徒たちを見送ると、教員室にある自分の事務机へと向かう。
近藤の性格を表すかのように、机の上にはノートパソコンと必要最低限の書類ファイルだけが置かれており、他にはちり一つ見当たらない。
この日は近藤が受け持つ授業が最後で、他の教員は既に帰宅していた。
ふぅ、と大きくため息をつき、少しだけネクタイを緩めて椅子に座る。
鍵のかかっていた引き出しを慎重に開け、そのまた奥から一冊のファイルを取り出す。他の書類ファイルは几帳面に印刷されたラベルが貼られているのに、そのファイルは表紙にも背見出しにも、何も書かれていなかった。
ゆっくりとめくられたその中に入っていたのは、青玲学園の「あの事件」が報道された記事の切り抜きの数々。]
[興味がないなんて、嘘だった。
近藤が持っていたクラスの生徒が1人、死んだのだ。――いや、正確には死んだ“らしい”のだ。
塾長も警察も、言葉を濁して多くを語らなかった。近藤は未だに、真実を知らない。
「あの事件」は当初こそセンセーショナルに報道されたものの、あまりにも不明点が多く、生還者たちもほとんど情報を語ることはなかったため、今では報道熱はすっかり収束していた。]
――小山内。お前が、誰かをコロシタとか。その報復として、クラスメイトにコロサレタとか。
嘘だよな? そんなの。
[校内裁判。生還者たちの異常行動。ショッキングな煽り文句が踊る紙面を指でなぞりながら、近藤は独りごちる。]
[唯一しぶとく事件を追い続けている週刊誌も、学園内の陰惨なイジメネタとしてスクープを狙っているだけのようで、読んでいて胸の悪くなるような記事ばかりだった。
それでも、少しでも真実を知りたくて、どんな小さな記事でも「あの事件」が取り上げられている印刷物はもれなく購入していた。]
何かの間違いだ。お前にそんなことができるわけが……、お前がそんなことをするわけがない。
お前は、あのひとの、息子なんだからな。
[小山内の母の、陽だまりのような笑顔が脳裏に浮かぶ。それだけで、胸糞悪い記事のことも、一日の仕事の疲れも、すべて溶けて消えていくような気がした**]
ー公園ー
[缶コーヒーを片手にベンチへ向かう。
周囲に注意を払いながらここまで来たものの、未だ生徒らしき影は見えない。
盛り上がるだけ盛り上がって、やっぱりやーめた、となったのであろうか。もしくは、補習が長引いているか、どこかで道草をくっているか。
煌星学園から松柏駅へ向かうのであれば、十中八九、この公園前を通るはずだった。歩道に近いベンチなら生徒たちを見逃すこともないだろうと考え、温かいコーヒーをすすりながら待つことにしたのだった。]
ん? ……絵?
[ベンチに置かれていた絵をぴらりと持ち上げて見る。それを小春のクラスメイトが描いたことなど知る由もないが、鮮やかな虹色のそれは思わず目を奪われる不思議な魅力を感じた。]
誰が描いたか知らないが……、俺は結構、好きだな。
[少し考えた後、手持ちの鞄を開けて絵をしまいこんだ。持ち主が現れたら少し話をしてみたい、という好奇心が芽生えたのだった。]
[ぼぅっとしながら青玲学園の事件や小山内のことに思いを馳せていると、予想外の人物に声をかけられて思わずびくりとする]
……寺崎?
お前こそ、何してんだ?
[先日のグループの中に、寺崎は居なかったはずだ。そう思って聞き返すと、彼は淡々と明日の予定について説明した]
それは初耳だな。いや、お前はオカルトとか興味なさそうだったから、意外でな。
……俺? ま、見事に乗せられただけだよ、あいつらに。
そのくせ、ここを通りかかったのは寺崎が初めてだけど。やっぱり他にも誰か来るんだな?
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