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[その日、結城 奈央(ゆうき なお)は木陰に腰を下ろして、編み棒を繰っていました。指に糸をかけ、掬って、通して、外して、引いて、締めて、一目ずつ、一段ずつ、ゆっくりと、着実に、空色は長くなってゆきます。
部活に励む生徒達の声や、バットが球を打つ硬い音、遠くからは、プールサイドに響く笛も聞こえてきます。木々の合間から注ぐ陽射しは夏真っ盛りだと言うのに、それは、まるで相応しくない光景でした。
そんな喧騒にも構わず、様々な音色を耳にしては、ナオはひとりで、楽しそうに笑うのでした。]
ん。
今日もいい天気。
[走り込みをしている陸上部の男子が通り掛かる一瞬、呆れたような眼差しをこちらに向けるのに、ひらひらと手を振ります。
ナオという少女は、変わり者として有名でした。]
[野球部の少年が放ったボールは、クルミが飛び跳ねても届かぬ位置に弧を描き、校庭を転がっていく]
あ、ごめんね。
[ボールは、ナオの足元にたどり着いていた。
どこかぎこちなく謝罪の意を口にして、とぼとぼと歩み寄る]
くくく。
目ぇが醒めたぁ。
あははははーー。
いっぱい美味そうなのがウロウロしてるじゃないか。
あはあはあははははー。
どいつから喰っちまおうかなぁ。
[足下に転がるボールに、ナオは視線を向けます。編み物の手を止めて傍らの袋へと仕舞うと、手に取って、近づいて来る少女に向けて軽く放り投げました。]
気にしない。
こんなところで、こんな事してる僕も悪い。
[何処となく覇気のない彼女へと、笑みを返します。]
うがが。
ランダム様の思し召しがぁ。
もののけ??
ここここんな感じで良いのかなぁ。
わわ私にはあれですぞー。
皆目見当が。
荷が重い感じですぞー。
がむばる。がむばるけどもさ。
[投げられたボールは、それがまるで決まった道筋であるかのように、手のひらに飛び込んできた]
ありがと。
[目の前の笑みは、伝染してクルミの顔を綻ばせた]
冬に向けて編んでるの?
[それ、と視線を向けたのは、編物が仕舞われた袋]
[立ち上がってスカートを払うと、緑がぱらぱらと舞い落ちました。緩く首を傾け、それより淡い色の髪を揺らします。]
そうだね、そうかな。
気が早いって、皆からは言われるけれど。
それに、編み物なんてしている場合じゃないだろうって。
[拾い上げた紙袋を一度見てから視線を戻して、まるで言う様子は、まるで他人事。
本来ならばナオは、勉学に励まなければならない時期なのに、当人は至ってお気楽に過ごしているのでした。]
君は部活? いいね、青春。
しかし。なんだなぁ。
久しぶりに入ったニンゲンの身体。
慣れねぇな。
[と。身体の奥からかすかに聞こえる、苦痛、悲しみ、拒否の悲鳴。本来のこの身体の持ち主が必死の抵抗をしている。]
なんだぁ。まだ声出す元気があるのかよ。
しぶといやつだな、こいつ。
まぁ、だから目つけたんだけどな。
くっくっく。叫べ叫べ。今のうちだぜ。
一人でも喰っちまえばこの身体は完全に
オレの自由になるしなぁ。
あははははーー。
[言葉から、ナオの立場を推察する。
するけれど、それ以上どうということはなく]
青春。
[その言葉は、セーラー服の上から背中を人差し指でなぞられたような、曖昧なくすぐったさをもたらした]
勉強、好きじゃないし。
[照れ笑いを浮かべ、ボールをくるりと手の中で弄ぶ]
あ、よかったら一緒にソフト部……、て、何でもない。
そう、青春。
青い春って言うね。夏なのに。
[ナオの指先は、セーラー服のリボンを弄っていました。]
ん。
確かに君は勉強より、運動が似合っていそう。
ああ、人は見かけによらないかもしれないね。
失礼な事、言っちゃった。
[言いながらも、顔に反省の色はなくて、むしろ、楽しそうでした。
それから、少女の零しかけた言葉に、ナオは緩やかに瞬きました。まじまじと見つめてから、薄く弧を描く口元へと指を移します。]
……野球部のマネージャーかと思ってた。
ソフト部の子なんだ?
部活には入れないけれど、面白そうだね、そういうのも。
[眩しい夏の日差しをうけて、「こはる」は目覚めた。教室で本を読んでいたはずが、いつの間にか眠っていたようだ。グラウンドでは賑やかな声が響いている。]
あつ……。
[知らず、汗が伝ってきていた。無造作に袖口でそれを拭う。]
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