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えーと、近場に、誰かいませんかねっ!
[続けて張り上げるのは、普通の声。
引き上げるにしろ何にしろ、手が足りないのが現状だから、というのが主だけれど。
ここに呼ばれた者たちが集まった方がいい、と。
そんな気持ちも、少なからずあったから。*]
[揺れるあおと朝顔の向こうで、うずくまるように泣いている娘がいる。]
『探さないで』
(どこにいるの)
『見つけないで』
(もういちどあいたい)
『だって、見つけられたら』
(あえたらきっと)
『また離れなければいけないから』
(ずっと いっしょに...)
[うん、わかるよ、俺にも判る。
でもきっと、そこにうずくまっていたら、だめなんだ]
[懐に入れた手の中に、固い感触がころりと落ちた。俺はそれを引っ張り出して、やっぱりな、と笑う]
(金の、螺子かあ...)
[螺子の放つ光に気付いたのか、うずくまっていた娘の顔がすこし上がったように見えた]
そらのあお うみのあお
[ふたつのあおが混ざり合えば、いつか海も空もひとつに......なる?**]
[呼びかけの後、水底へと目を凝らす。
ゆら、ゆらりと揺らめくいろの奥。
目に入ったのは、座り込む誰かの姿。
それは自分の目には、見知った誰かに重なって見えて]
…………。
[いつか言われた、『ごめんね、捜さないで』という言葉。
それに違う言葉が重なり響く。
『許されるなら、捜しにきて』と]
………………。
[は、とひとつ、息を吐いて。
鎖で繋いだ小さな輪二つを握り締めた]
…………ばぁか。
[ぽつ、と零れ落ちたのは短い言葉。
それは、今はいない者と自分自身、両方にかかるもの]
ほんとに、あれだよな。
……いっつも、計算と先読みばっかで。
それに助けられてたのは、否定しねぇけど、さ。
[握り締めた手の中がひいやりする。
そこにあるものが、形を変えて行くような、そんな感触が伝わってくる]
……一人で抱えて、考えすぎなんだよ、って。
いっつも、言ってたろうが。
[それはいつの間にか、自分の気質になっていたのは笑い話……にはならないか。
そんな事を考えながら開いた手。
そこにあるのは、濃藍色の小さな鍵。*]
[逸る心そのままに、波音に向かって駆けていく。
その先が正しいという確証は無かったけれど、でも]
── 呼んでる。
[こっち。こっちだよ。
幼いコエが、誘導するように聞こえてくる。
あの子のコエ。
大好きだった、大好きな、大好きなのに記憶に封じ込めていた、あの子のコエが]
[あの子と二人、あのおじいさんとおばあさんの前で歌を作ったのは小学校に上がる前の夏。
補助輪の取れたばかりの自転車で頑張って遊びに来た海で、一番最初にできた友達で、初恋の男の子で]
『イマリちゃん、お歌じょうずだね』
『ボクね、イマリちゃんの声、だいすきなんだ』
『おっきくなったら、ボクのおよめさんになって、ボクのピアノで歌ってくれる?』
うん、いいよ。
イマリ、歌うのも、 ──くんのピアノもだいすきだもん。
だからね、イマリ、──くんのおよめさんになるよ。
[そんな、先の未来を話して、笑いあって。
これからずっとこんな風に、一緒に居るんだって思っていた]
[でも、夏も終わるある日、あの子は約束の時間を過ぎてもなかなか、来なくて。
そろそろ家に帰らなきゃいけない時間になって、ようやく来てくれたその口から告げられたのは、思いもよらないことだった]
『ごめん。イマリちゃん』
『ボク、イマリちゃんをおよめさんに、できなくなったんだ』
『ごめん。 …ごめんね』
[そういって悲痛に沈む表情を俯かせるあの子は、どんな気持ちでいたのだろう。
幼いアタシは、あの子がどうしてこんな事を言い出したか、その理由を思い遣ることすら出来なかった。
ただ、約束を反故にされる悲しみと、憤りと、困惑が頭の中をいっぱいにして。
ひどい、どうして、うそつき。そんな言葉ばかりを投げつけたあと]
もう良い!
──くんなんか、だいっきらい!
[心にも無かった、けれど決定的な亀裂を刻み付ける言葉を吐いて、あの子の前から逃げ出した。
家に帰って、自分の言葉に後悔して。
次に会う時にはちゃんと謝ろう、嫌いなんて嘘だって伝えよう。
そう考えていたけれど。
あの子から、二度と連絡が来ることは無く。
次にあの子と会えた時には、声を交わすことは出来なくなっていた]
[あの時のことを思い返して、一番に浮かぶのは。
黒い服を着た人達がたくさん居て、その中心に眠るあの子の顔。
一緒に歌を歌って、ピアノを弾いて。
楽しいねって笑い合った時と同じ、優しい顔のまま、冷たい木の箱の中にいる、あの子の顔。
アタシは周りの人達と同じ黒い服で、両親に手を引かれて。
あの子のお母さんに呼ばれて、元々先天性の病気だったこと、療養の為にこの街に来ていたってこと。
表向きは元気だったからあの子には大したこと無いと言っていて、けれど誘発された合併症のせいで誤魔化しきれなくなって。
こうなったからには頑張って病気と戦おう、そう決めた矢先だったと聞かされた。
それから、息子と仲良くしてくれてありがとう、と泣いてる顔で微笑まれて。
それまで呆然としていたアタシの感情は、決壊した]
ちがう、ちがう、ちがう!
アタシ、ありがとうなんて、言われたらダメなの!
だってアタシ、ひどいこといった!
きらいだって、うそつきって、いっぱい言って、
なのに、ごめんねって、言ってない
──くんに、かなしい思い、させたままで
もう、会えない、なんて
おもって、なかった
[嗚咽混じりに叫んだ言葉を、あの子のお母さんは、どう思ったんだろう。
優しく頭を撫でるその手に隠れて、表情は見えなくて。
両親がアタシの代わりに謝罪してくれた後、そのままアタシは家に帰って。
記憶を封じ込めてしまったのは君と過ごしたすべてが苦しさに変わってしまったから]
[大好きなキミを、傷つけてしまったこと。
大好きなのに、キミの気持ちを考えることすらできなかったこと。
悲しいだけじゃない、罪悪感という名の自分の身勝手さも嫌だった。
そうして、アタシはずっと、君を閉じ込めたまま逃げてきた。
でも、本当は解ってたんだ。それじゃダメだってこと]
会いに、いくんだ。
遅くなってごめんって、傷つけてごめんって。
[見出された『鍵』と『螺子』。
見えぬ『時計』が開けられて、その螺子が巻かれていく。
綴られる言葉に突っ込みは入れなかった。
自身も思う所はあったから]
……って。
そこで、『多分』、かよっ。
[不安煽る言葉にだけは、突っ込みを入れて、舞い落ちる光に手のひらを向ける。
ふわり、と下りた光の粒が鎖で繋いだ二つの輪へとまた形を変えて。
それを懐に戻しつつ、円形に開けたままの海を振り返り]
おーい、無事かー?
[海へと引き込まれた者へ向けて、呼びかけた。*]
[海の藍に染まった鍵が空に浮かび、陽の光のような金色の光を放つ螺子が辺り照らして、やがて時は動き出す。]
会いに行こう。
[俺は、繋がった、そらとうみの底で、いつのまにか、立ち上がっていた娘に手を差し伸べた。
会いに行こう、君の会いたい人に、俺の、会いたい人に。]
きっと、それが、俺たちの最適解ってやつだろ?
[青い朝顔柄の浴衣を着た娘は、ふわり微笑んで光に溶けた。差し伸べた手には、深い青の朝顔の花一輪]
だいじょーぶ、生きてるぜー
[無事を問う夏神に、そう応えて、俺は朝顔を手に砂浜へと歩いて戻る。いつのまにか砂浜には人影が増えていた]
あんたらも、見つけたかい?最適解てやつ。
[答えはどうだったか、どちらにしても、俺の心は決まってた]
俺はそろそろ帰るよ。やんなきゃならないことが出来たしな。
ああ、もし、気が向いたら、ネットで「化粧師夏生」って検索してみてよ。そのうちブログに近況報告するからさ。
[じゃあな、と手にした朝顔を、挨拶代わりに振って…]
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