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― 邸宅 ―
[ニルスの職は、村に古来より伝わる物品を保管し、研究する学者であった。
本来の住まいとは別に用意されている館が、彼の職場である。
冷たい潮風を凌ぐ為、一際厚く作られた扉が、コンコンと微かな音を立てたのは、いつもの如く仕事場へと赴く準備をしている最中のことであった。]
――……おや、これは……珍しいお客人だな。
生憎、茶を振る舞う時間もないのだが……一体、どういうご用件かな?
[ニルスの問い掛けに応じるように、扉の向こうの警備員は、手の中の書を広げて見せる。
中に書かれている文章に目を走らせながらニルスは、ほぅ、と感嘆の声を漏らした。]
[百年前の騒動の際の資料には、手を付けたことがある。しかし、それに関しての研究は一向に捗ってはいなかった。
自らがその容疑者として名を挙げられるということはつまり、紐解けずにある謎へと近づくということに他ならない。学者としての探究心が、胸の内に灯る。
まるで冒険に出る子供のような心持ちで、ニルスは口許に微かな笑みを浮かべた。]
長老の星詠みであれば、仕方がない。
まあ、元より断る理由などはないが。
……暫く、待っていてくれたまえ。
折角の御招待なんだ、身だしなみには気を遣わなければね。
[そう言ってニルスは一度、宅の扉を閉めた。
仕事に向かうよりも幾分か仕立ての良い服に着替え、新しい眼鏡拭きを卸し、窓を厳重に閉じ、カーテンを引く。
そうして真っ暗になった宅を出る手にはやはり、卸したばかりだと一目で分かる鞄があった。]
[ニルスが屋敷へと辿り着いた際、中にいたのは供儀となる者だけだった。
がらんどうの居間を見回してから、空いた手で供儀となる者の背をポンと軽く叩く。
供儀を立てるのは古からの習わしであり、前回人狼が目覚めた百年前にも行われたこと。
これもまた、星詠みによって選ばれたのだろう。]
なぁに、まだ人狼が現れると決まったわけでも、君が食われると決まったわけでもない。
全ては未だ、長老の星詠みで表れたというわけの話だ。
[緊張故か、それとも恐怖故か。
固まったままのドロテアを促し、2階へと足を進め、ニルスは空いた一室を陣取る。
そのまま暫く読書でも、と思いもするが、どのような面々が呼ばれるのかにも興味はある。
迷った末、少しの書物が入った鞄と共に、ニルスは再び階下へと降りようとする。
>>44 ヴァルテリと顔を合わせたのは、その折のことだった。]
[再びニルスの意識が書物から現実へと引き戻されるのは、>>47>>48 マティアスとヴァルテリの会話が耳に入ってからのことだ。
ニルスは不意に視線を上げ、>>50ヴァルテリの声が途切れると共に、大袈裟に本をパタン、と閉じた。]
以前このようなことがあったのは、おおよそ百年ほど前のことだ。その際にもこういったことはあった。
……が、実際のところ、人狼を食い止められたかどうかは……記載がない。
というよりも、削られているという方が正しいだろうね。
[閉じた本は傍らのテーブルの上に置き、ニルスは足元に置いた鞄から、古びた数枚の紙を取り出した。
そこにあるのは、人狼が目覚めるという星詠みがあったこと、そして人狼と疑われたもの達が一箇所に集められたということ。
今回と何ら変わりがない状況ではあるが、それが随分と昔のことであるのは、黄ばんで乾いた紙と、所々擦れたインクとが物語っている。
それは、ニルスが職場としている、所謂資料館の中に眠っていたもののひとつであった。
紙の側面は明らかに破かれた跡がついている。]
やぁ。随分と酷い怪我だね。
[>>60ニルスが返す挨拶は、やはり今までと変わらない。
マティアスに関することは耳に入ってはいるが、資料館での力仕事を頼んでいる間柄上、彼が何か良からぬことをしたとはニルスには俄かに信じ難いことだった。
勿論、マティアスが何も話さない以上、謎は謎のままだ。
そこに興味が沸かないでもなかったが、興味に行動が伴うより早く、この騒ぎが起こった。
それがマティアスにとって幸か不幸かは、誰にも分かるまい。]
さて、そこまでは私にも分からない。
人狼が生き残ったか、もしくは人狼に味方するものでもいたのか。
或いは良い方向に考えるならば、人狼の脅威は去ったが故に、忌々しい記述は葬ってしまおう、となったか。
いずれにせよ、推論の域は出ないね。
[破かれた書類は、ニルスがこの村の歴史的な物品を集めた際に紛れたものだ。
それがどのようにして紛れたかまでは分からない。
口許に苦笑いを浮かべて、水の入ったコップから水を飲む。
>>61 アイノには、ちらりと視線を向けるのみ。]
老人、子供、女性、怪我人。
人狼の目覚めは誰にでも起こり得る事象なのか、それとも長老殿の星詠みが不安定なのか。
[それは問い掛けでは無く、独り言だ。
中指で眼鏡のブリッジを押し上げ、>>68水差しから水を注ぐ様や、>>69扉が開いて入ってくるクレストの姿を含めた居間の中を見回して、ふむ、と頷きとも相槌ともつかない声を漏らす。]
それも、私には何とも言えないな。
現存する資料にあるのは、百年前にも同様に、人狼として目覚めるとおぼしき者が集められた、ということだけだ。
それが如何なる結末を迎えたかまでは分からない。
だが、少なくとも全滅ではなかったのだろうね。
……村人が全て殺されていれば、この村は滅びていただろうから。
[>>70マティアスに返すそれは、あくまで村という単位での話だ。
もし人狼が目覚めた場合、この場に集められた中に生き残りが出るかまでは分からない。
それを告げずにおいたのは、ニルスの僅かな気遣いであった。]
やあ、イェンニ。
どうやら、ここに集められるのは皆容疑者のようだね。
……容疑者という響きは、些か気に喰わないが。
[>>71 彼女の緊張を知ってか知らずか、ニルスは軽口のような一文を付け足して、小さく笑みを浮かべてみせる。
>>73レイヨにも、>>78アイノにも等しく笑みを向けてから、ニルスは黄ばんだ資料を再び鞄に仕舞った。]
まあ、そう固くなることもあるまいよ。
長老殿の星詠みが必ず正しいと決まったわけでもなし。
[ニルスの気負いのない声が響く。
その視線は意図するでもなく、>>74水を飲むクレストの横顔に注がれていた。]
ユノラフ、君は相変わらずのようだ。
話は他でも無い。
私たちがここに呼ばれた理由について、だよ。
[職場となる建物の壁の補修を、頼んだことがある。
それ以来ユノラフとは、顔を合わせれば幾らか言葉を交わす仲となった。
彼に「相変わらず」と言っておきながら、ニルス自身にも普段と変わるところはない。
詳しく説明したところで、おおよそ理解できるとは思い難く、説明はきわめてざっくりとしたものとなった。]
ああ、おやすみ。
[>>105 黒板の文字に、ニルスは軽い挨拶を返しながらも腰を上げた。
眠気を覚えたわけではないが、人の増え始めた居間は、読書をするのには向かない。]
ああ、それに理由が理由でもある。
不用意に人を集めるのは、徒に不安を煽るだけだろうに。
[>>110 余り他人に口にすることのない不満を、ユノラフに対しては時折口にする。
それは彼が余り物事を深く考えるタチではなく、余計なことを言われることがないと思う故の安心感の表れでもあった。
コップに水を注ぎ、ユノラフの元へと運んでやりながら、ニルスは小さく溜息をついた。]
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