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―― 土砂崩れの現場 ――
[――ペッカは、岩を抱え上げる。
泥まみれの其れは滑りやすいが、落とさぬように。
力を籠めると、肩から首周りがぐっと太く膨らむ。
浮いた汗が、濡れた肌へ泥混じりの流れを作った。]
ふっ、 …
[息を詰めるちいさな音にすこし遅れ――
どうん、と投げ捨てた岩が地響きを立てる。
ペッカはひとり、黙々と岩を抱え、運び、捨てる。
道を埋めた崩落の幅は広く…向こう側は見えない。]
[嵐の過ぎた森。萌えだしの新緑が日差しに映える。
せせらぎの音に喉は渇くが、土砂の合間を縫って
流れる水は濁っている。ペッカはひひとわらう。]
漕がにゃ進まん、凪もあらぁな。
[集会へ向かう姉夫婦に向けたのと同じ台詞を呟く。
水夫のペッカが乗る船が次に出航するのは半月後。
急がぬ男は、然し僅かずつ海へ向かう日々を送る。]
[宿の主人は、息子たるベルンハードの
呑気な台詞に、さらに渋い顔をつくる。
カウンターの傍へ腰掛けていたペッカは言う。]
… ソレ、さっき俺も言った。
[喉を潤す幼馴染みを見やって、卓へ突っ伏す。
川の水を被ってきたものの、まだ泥に塗れた姿。
宿の主人は、呆れた態でペッカが帰り際の一杯と
称して注文したエールを用意して運ぶところらしく]
[宿の主人からエールの杯を引ったくりながら
ペッカは幼馴染みへ腫れぼったい目を向ける。]
おう、むしろ居ねえほうがいいだろってな。
何かドロテアが追い出されたとか聞いたぜ?
俺らじゃ、追ん出すにも苦労すンだろうよ。
[ほとんど胃へ落とし込む勢いで杯を傾けると、
日に焼けた腕の太い手首で口元を荒く拭う。]
親父さんからちらっと聞いたけどなァ…人狼?
海の上じゃ、眉唾話も侮れねえもンだが…ふうん。
…木の芽時、ってヤツか? らしかねえやな。
[普段のドロテアを思い起こしながら鼻を鳴らす。
早々に宿の主人が引っ込めば、次杯を頼み損ねて]
あ、なんでぇ本当に一杯だけかよ…。
[文句を言いながら視線を戻して、ペッカはふと
真顔になる。苺を食べる幼馴染みをしげしげと見]
そりゃ間違いだって言われ続けたらお前ェ、
本当だって勘違いと思っちまうんじゃねえの。
[籠の苺を、ひとつ摘んで齧り]
なァ。
勘違いじゃなかったら…
誰か気づいてやれっと思うか?
[――――他愛無く口にする。]
… どうだかなァ
[返答の代わりに投げ入れた苺のへたに慌てる
ベルンハードの様子に、ペッカはひひとわらう。
幼馴染みの父親に一緒に叱られるのは楽しげで、
船が寄稿する合間の休暇においては常の光景。
降った怒声で有耶無耶になった話題は続かずに、
ほら仕事仕事、とばかり相手へ酒杯を*預けた*。]
―― 宿の一階 ――
[ペッカは、暫くベルンハードと話していた。
さして長くも遠くも無いありきたりな航海の話。
それでも、そこそこ珍しげに耳を傾けてくれる
宿の息子たる幼馴染みの日常を思い、ふと挟む。]
ビー。
お前ェ、このまま親父さんと宿屋やンのか。
[呼ぶのは、幼い頃のままの愛称。]
なんか他にやりたいことでもありゃよ、…
…こン災いで往来もしばらく途切れっだろうし。
ちっと他の商売も考えてみりゃいンじゃね?
…なン、思っただけだァね。
[答を待たず窓外へ目を遣るのは、急かさぬしるし。
濡れた口の周りを舐めながら、広場へ興味を移す。
道行く人びとへ何やら真剣に訴えるらしき
ドロテアの様子を見、ペッカは頬杖をつく。]
おーぉ、誰彼なく捕まえてンなァ。
ウルスラ姐も絡まれてんじゃねーか。
親父さンなら、奥に引っ込ンじまったぜ。
[来訪者の声を受け、カウンターの端から応じる。
無造作に腕を上げると、乾きかけの泥が落ちて]
若ェのとは、話が合わねンだとさ。
[斜に腰掛けた侭、ペッカは柄悪くひひとわらう。
ウルスラの用件は、ベルンハードが尋ねると憶え]
ウルスラ姐も、辛気臭せェ面しに来たクチかぃ?
ンなら、座ってきなぃ。
…俺ラん店じゃねえけどよ?
[カウンターの内側から振り向いて奥へ声をかける
ベルンハードに代わってうながし、軽口を叩く。]
おう、つきっきりで説教も互いに飽きたってナ。
あンだけの嵐で、人死にが出なンだこったし
村ン衆も、もちっと喜んでもいい気はすらぁ。
[ウルスラの憂鬱の種を耳にしてふうんと唸り――
ペッカは、ごとと身動いで椅子の向きを変える。]
気の乗る仕事? そういやうちの姉ちゃんが、
ウルスラ姐がうらやましいとか言ってたっけか。
どうなんだかねェ。
[ペッカは、ウルスラの語尾を真似て空とぼける。
頬杖をついたまま首をきたんと真横へ傾けたのは
揺れた耳飾りの輪、その向こうを覗く仕草に似て]
んー。
寄合じゃまだどうすっか纏まンねェらしいが…
そのうち、無理な山越えする者ンも出ンのかね。
…ふうん、糸なァ。
ひひ、姉ちゃんはもうじきガキ産むからよ?
ウルスラ姐みてェに凝った意匠の、
日数のかかる仕事は請けらンねンだと。
いつまでたってもガキ扱いしてェならよ、
好きなだけさせてやらァってナ?
[呆れ声のウルスラへ一端を漏らし、素知らぬ態。
『しばらくは様子見』――
日々ひとり崩れた岩を除けるペッカは、言葉へ
頷きはせずも村の総意に異を唱えることはしない。]
おう。
そんで、たまには遊びに来てやってくんな。
女同士で喋くりゃ、ちっと気晴らしになンだろ。
[ものを頼むと程遠い物言いは、遠慮なさからで]
[姉の同僚たるウルスラと話しながら、ペッカは
ベルンハードをカウンター越しにちらと見遣る。
最前の会話には思うところあれど、呑み込んで]
…そう言や、ウルスラ姐もさっき
ドロテアに捕まってたンだっけか。
何にしても、腰落ち着けて話聴いてやらにゃ
収まンねェだろ、あんな様子じゃ――
[ドロテアの父ちゃんはどこ行ってンだかなァ。
そんな呟きには、素っ気なくも僅か案じる響き。]
あァ、其れ。
いーい琥珀色してンのに、やたら甘ぇんだよナ。
[宿の息子が勝手に飲む折は、悪友めく幼馴染みも
無論相伴に預かっているわけで…慣れた口を利く。]
あ?
お前ェはいつだってのんびりしてンじゃねえかよ。
[宿に残るペッカは、扉を出る幼馴染みを見送る。
エールを飲み干して既に空の杯は手にしたまま。]
呑気もンの癖に、気ィ回しやがる。
[同席するウルスラへ憚らずも、
半ば独り言めいてぽつと呟いた。
林檎酒を愉しむ彼女と目が合うと、
何でもないとばかりに僅か口を尖らせる。]
しかし人狼つーのが居たとして、
居たとして…どうすンだ?
[話題を戻す態で、ペッカは空の杯の縁を舐める。
行儀の悪さを咎める者は、この場にはなく――]
他所の土地へ追い遣っちまうか。
昔話みたく、叩き殺しちまうか。
捕まえて見世もンにでもするか。
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