―― 深夜/町外れの森 ――
[一度は宿に帰って、奥の自室で休むふりをした。
それからそっと、気づかれぬように窓から外へと出て――ドロテアの匂いをおって今、森へとやってきた。]
――あーあ……せめて家に居てくれたら、あきらめたのに……
町の人には手を掛けたくなかったのになあ……
[暗い森の中でも、はっきりと見える視界にはおびえたように、けれど何かを探すように森を歩く少女の姿。]
まあ、しょうがないよね……
俺も生きなきゃいけないし……ほかの人を食べるぐらいなら騒ぎすぎたドロテアを食べるほうが、俺もらくだし。
[言い訳のように――いや実際見知った少女を襲うことへの言い訳を自分自身へと呟きながら、ゆっくりと少女が見たという大きな狼へと変じる。]
[金色の毛並みの大きな狼は、ゆっくりと少女へと近づく。
狼を見つけたドロテアが、「やっぱりいいた!」と叫ぶのと、牙をむいた狼がドロテアに飛び掛るのが同時だった。]
ごめんね、ドロテア。
俺のご飯になって。
[謝る声はドロテアにはうなり声にしか聞こえない。
肩をえぐられた傷みに、流れた赤い色に、少女が悲鳴を上げて逃げようとするのを許さずに、その喉笛を食いちぎり。
あとは暫し食事に没頭して――]
[ひとしきりむさぼって、満足して口を離しても。
ドロテアの姿はドロテアとして確認できるほどで。]
――まあ、いいか……
[今まで、よその村の人間を食べても感じなかった重苦しい思いをわずかに抱えながら血に濡れた口元をぬぐい。
森の奥の泉へと姿を消した。*]
うーん……まあ、一晩ぐらいなら……
側に誰か居ても我慢できるけどなあ……
[逃げ出す、とまで言い出した少女をどうしようかと眺める。
もともとドロテアを食べたのだから、またしばらくの間は誰も食べなくても大丈夫なのだけれど。
はあ、と誰にも聞こえない声で、ただ、ため息をつくのだった。]