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[見つめる檻に 折に歩み寄る人影ひとつ
細い目に映す先鉄に伸ばされる細長いうでと
握り籠める手 繋がる、白い肢体。
身を微かに捩ると ジャリ と音なるけれど
かの水音よりも低く聞こえる事もあるまい]
…生贄 とは、
よく言ったもの で…
[長い時間 寒く冷たいとき。
穿たれ続けたおんなから男が離れ
歩み去る様子も 海を背景として見つめていた]
[黒い手袋を着けた手を 眼球だけで見下ろす
大きな上着の長い袖は指の根本まで腕を隠すけれど
ジャリ…と 鳴らす擦るような硬質な音が
その手首に嵌る分厚い鉄の輪の位置を報せる]
…屑 が。
[吐き捨てる態のひとりごとは足元へ
想う憎しみは―――腹の中に溜め込むが常]
[つきり、と 下腹が痛むのを感じて
一度だけゆっくりとそこをそっと擦った]
[予感、だ]
[識るそれ―――へと
自身から漏れるそれ―――への、
漠然とした、外すことなき 予感]
[女の悲鳴、自ずと視線を背ける。
再び毀れた吐息からなお、熱は消えず]
どちらかといえば四肢を裂いて投げ込む、というのが一般的な海への供儀だと思うのだがね。流血こそが儀式の聖化であり、人々の高揚をもって人ならざるものへ近づくことだと……
ああ、あれは――、
煮えたぎるように熱く、馨しく甘かった。
[ずず ず と金属の擦り引き摺る不快な音に、
同士でも見つけたような気安い言葉が重なった]
……君も興味があるのだろう、あれに。
[流木の傍らの赤毛の男、下腹を撫でるような仕草に視線は1度とどまる]
[まだ血の臭いが残る毛皮と、継ぎ接ぎだらけの褪せたコートをを身につけた男が、冷たい海に両の脚を浸し、佇んで居る。]
水音の……中身は無く。
この大仰な帽子──だけ。
[利き腕らしき左手で何度か沖へ網を投げ、帽子の持ち主の体が沈んでいない事に、険しい表情を浮かべた。]
ッチ!
死体 どころか、死んだ魚も掛からん。
また、濡れ損だ……。
……俺は、もう。
何日も何日も何日も、このままッ……。
[桟橋の先で行われる非道。
止め立てする者はいないか、あるいは間に合わない。
其れを詰る生贄の声が響くのはしばらく先のことだが、
…日ごとに薪を配る男は、恥じる様子もなく村を歩く。]
罪は穢れ、なのかね…
[今は領主の代わった西の街、かつてただひとり
公開処刑の折に 覆面をしない死刑執行人がいた。
目開きの覆面は、今も逆さに折り返された*ままで*]
[聞き慣れた金属とまた音程の違う似たそれ
気安い言葉に 向ける細い目は更に細められてから
こくりと 重い喉鳴りは想いを落とす]
「も」、?
あぁ、確かに。
「も」ですね…
甘いもの ですか。
[煮えたぎるように?
神経質そうな仕草に微かな優雅を盗み見て
眩し懐かしむように じっと見遣った]
……──夜回りの服を剥ぎ。
夜警の振りをして。
家畜を追う為の犬を盗み食ったのが、最後の飯か……。
[毛皮の襟元に顎を埋め、この毛皮の獣を食べた時の事を思い出す。
まだ新しい、惨めな記憶。
今も、この立派な帽子の主ならば多少の路銀、金は無くとも食糧か酒を持ち歩いて居るやもとの算段で、海に入った。]
あれは……とても。
そう、だ。かつて無く──美味い、肉……だった。
[空腹に込み上げる嘔吐感。口元を抑えた所で、眩暈で目の前がくらくなるのを感じた*。]
さて、あれが何に、
……どのように召されるのか。
[同意はあれど、その意が同じかは知れず。
ひび割れた眼鏡の奥の瞳には、陶酔の名残の揺らぎがある]
ああ、案外甘いと私は思ったよ。
……女の血肉というのはね。
[見遣る視線に、返す声音はかすれるような笑み交じり]
[高い位置の眉を 強く顰める
眼鏡の奥のいろに そのままの顔を向けて
黒い手袋着けた手を ひらと振った]
…女、に、限らないでしょう。
いのち、です。
[じゃり と硬質な音のあと
声に乗せるのは、露な嫌悪の色。]
[長い上着の裾揺らし硬い砂を踏んで]
生きるため喰らういのちは。
[男へと背を向け歩き出した。
手首に嵌る鉄の輪には、
西の街の地下牢のしるしと数字が掠れ並ぶ*]
……どうやら君は、
空腹ゆえにアレを見ているわけでは、
なかったかな。
[擦れた笑みは喉に張り付くようなそれ。嫌悪の色に、くつりと鳴った]
それもまた、神聖なる儀式だったのだよ。
しかし、女に限らないというのであれば――…、
[硬質な、己の引き摺るものとは異なる音、ちらと一度その音の行方を盗み見る]
血肉を己が物とすることで、
その者の力をも己に取り込む。
私は実戦を旨とする探求者であってね。
[そして男は呪いに触れたが、一向に懲りてなどいない。背を向ける赤毛の青年をよそに檻へとまなざしを戻す]
……食いカスが出るのなら、
ご相伴いただくに不都合はないだろう。
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