[男は、笑う。小さな、穏やかでありながらどこか歪んだ笑みを、口元に浮かべる。
葉ずれにも似た、ざわめくような「声」]
脂身が多いが、甘い。羊羹のせいかな?
柔らかかったし……
なかなか美味しかったね。
ただの餅肌ではあったようだけれど。
そんな事はどうでもいい事だ。
気付くかな。人は。気付くだろうかな。
――夕焼けが、綺麗だね。
ネギヤは「消えて」しまったから。
チェシャ猫に聞いても
見つからないよ、 アリス。
……なんて、ね。
見つからない。いや、会えない、かな?
別にどちらでも良いけれど。
[戯れに黒板に書き込んだ文章を遠目に見、男はやはり戯れに、*呟く*]
ソう、美 シかっタの。
腹、イっ い?
[ザ……ザザッ……
波の音を思わせるノイズが入る]
ああ、違うの。
周波数は、合わせないと。
混線は、楽しいから。
楽しいは、癖になるから。
平気。楽しいも繰り返せば、単調。
楽しい。
楽しい?
リウは楽しいのかい?
[ざわり。ノイズにざわめきが呼応する。一言一言、問いかけるように]
楽しいのかな。私は。
今は満たされているような気がするけれど。
空腹も紛れているし、……
ああ。楽しいのかも、しれないね。
螺旋。綻び。妖精。
君の言う事は難しいね。
私が知らないだけかもしれないけれど。
嫌いでは、ないよ。
[言ってソラの視線を追い、窓の方を*ちらと見た*]
……ううん、簡単。
でも知らなくても、いいこと。
それに、知っても、忘れる。
ここは、分岐点。
人が留まることは、できないから。
[眼鏡にぴしり、と亀裂が入る]
知らなくてもいい事なら。
知らない方がいいのかな。
知っても変わりがない、か。
留まれないから、忘れてしまうんだろうか。
私は「今度」は忘れてしまうんだろうか。
「今度」。その時、君に会うのは……
私かもしれないし、「私」かもしれないし。
そうでない私かも、しれない。
何か言葉遊びのようだね。
[ぴしり。また亀裂が入る音を、*聞いて*]
そう、言葉遊び。
言葉は、目に見えないもの。
忘れられてしまうもの。
存在は曖昧で、不確定。
忘れるのは、簡単。
たった、地球を七回半。
それさえも不確実、だけれど。
[眼鏡にヒビが入る音が大きくなる]
そう、名前さえも、不確実。
今のあなたも、フユキ
以前のあなたも、フユキ
名前で存在を特定することは、できない。
あなたがフユキなのは、どうして?
[戸棚の中、名前の書かれた蝋燭を見る]
私がフユキなのは。
どうしてかな?
フユキと名乗るから。フユキと呼ばれるから。
わからないね。
もしかしたら、私は、「タクミ」、なのかも――
[ざわ。尽きたように、切れる*声*]
タクミでも、一緒。
……そう。
名乗るから、存在する。
フユキだと言えば、それはフユキ。
ふユキだと言 ば、そレがフユ 。
存 すルと言えば、そレは 在す 。
[ザッ…ザザッ……とノイズ音と共に、目の前が砂嵐に*覆われていく*]