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ミヤは何でもないそうよ?
お父さんでも変なもの、食べさせたんじゃない?
[中に上がると同時に蝶番を外す。
白猫は、一目散に母の許へ駆けて行った。
ケージを所定の場所に戻し、台帳を開く。
カメラは両親が握るため、顧客管理に徹する。]
あれ?
ねぇ、おかあさん。ペケレさんってまだ見えてないの?
[新しいサービスを始めるスタジオも多い中、
お得意様と呼ぶ客は、まだまだ多い。
七五三の記念写真の引渡も終え、
入園、卒園、入学、卒業の記念写真の予約が
ぽつぽつと飛び込む今の時期、
直接尋ねてくるお客の顔触れは、大体決まっている。]
お忙しいのかしら?
[何気なく視線を向けたカレンダー。
そこには一月二十三日の日付。]
あ、そうだ。節分で使うお豆の注文!
雑貨屋のお婆ちゃんにお願いするのを
すっかり忘れてた。
[思い出したその足で、再び真冬の外へと
足を踏み出そうとする。]
[今度はサンダルではなく、ブーツに足を通して、
ふと佇む。]
ねぇ、おかあさん。
雑貨屋さんと駐在さんの間にある、
あの空き地って――
ううん、なんでもない。
じゃぁ、お客さんが来たらよろしくね?
撮影の予約、メモ書きでもいいから。
[白猫の足を丁寧に拭いている母と、
カメラの手入れをする父を残して
雑貨屋への道を歩き出した*]
……んー。
ま、こんなモン、か。
[呟いて、かたり、と置くのは古風なデザインの万年筆。
その横には濃いブルーのインクで綴られた、一見すると暗号のような構想メモ]
大体まとまってきた、し。
……気晴らしに、散歩にでも行くかあ。
[呑気な口調で言いながら、独り暮らしのアパートを出て。
ふらり、宛てなく歩き出す**]
それでね、両手いっぱいのシロツメクサを抱えたまま振り向いたその子は……
こぉんな顔をしてたんだってさ!
にゃはは、びっくりしすぎだよ。
[友人のビビリ具合に爆笑した後、満足した少女は顔に張った濡れティッシュをふき取った]
[風に混じって、子供達のはしゃぐ声が聞こえる。]
いつの時代も、こどもって元気ね。
こどもは風の子元気な子、だっけ?
[頬を撫ぜる風に肩を竦め、
雑貨屋の引き戸を開ける。]
こんにちは。お婆ちゃんいますか?
[「すみれちゃんかい?」
耳慣れた声と共に、奥に見え隠れする姿に、
頷き、かるく会釈する。
昔はよく通っていた店も、
いまではあまり訪れる機会がなくなっていた。]
節分に使うお豆の注文、お願いしたいの。
*子供会用の*
[かん、かん、と乾いた音を立ててアパートの階段を降りる。
下まで降りると、羽織っていたジャケットのポケットから紅い小箱を出して、更に中から白い煙草を一本取り出し。
鈍い銀色の、愛用のライターで火を点けた]
……ん……あ、大家さん、どーも。
[紫煙をひとつ、吐き出したところで大家の視線に気がついた。
に、と笑って、ひら、と軽く手を振る]
え、やだなあ、夜逃げじゃあないですよ?
次の締め切りまでは、まだ余裕ありますし。
……落としたりしませんよ、そんな何回も。
[また書けなくて編集さんから逃げるのかい、という大家の問いに。
頭を掻いて浮かべるのは、苦笑い**]
[皺む手で書き留められる注文書は、
老いた歳など感じさせない。]
まだはっきりした量は判らないから、
大まかな数でお願いしていくわね。
はっきりした数は明後日か…、
遅くても二十六日には判ると思うから。
[次の来店する予定日を告げ、
来たついでにとジャムパンをみっつ、購入する。]
[お釣りと手提げ袋を受け取りながら、
年寄りお決まりの質問には、軽くくちびるをゆるめ]
そうねぇ。でもわたしの場合、
相手を探す所からはじめないと。
[紡ぐのは、思ってもいない、やさしい常套句。]
あ、そうそう。
おばあちゃんなら憶えてるかしら?
[かわす言葉も常套句なら、
否定する言葉も常套句。
慣れるやりとりを、軽く抑えて尋ねる。]
駐在さんとの間にある空き地。
あそこって昔、何か建っていたかしら?
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