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―― マティアスの留守宅 ――
[世話を任された橇犬の仔、その毛並みのいろを
マティアスが知っているか否か蛇遣いは知らない。
飛び出してきた毛玉をちらと見遣ると、そのまま
足元へ纏いつかせてマティアスの「家」へ入った。]
…寒いな。
[呟く蛇遣いの足元で犬がしたん、したんと跳ねる。
媚び強請るすべは、生をうけて間もない者の本能。
浮かべる嫌悪もないままに、蛇遣いは燐寸を探す。]
[外へ出て、誰かとすれ違うことはあったか。
足はレイヨの家がある方へと向いて。
途中少しだけ、立ち止まって視線を投げた先には、見えずともビャルネを殺した現場の方向。
帽子をぐっと抑えて足を目的地へと進めて。]
――カウコだ。
戻ってるか?
[扉を叩き一応問いはすれ、中に灯りが点っているのならわかっていることのはず。]
…っ、 熱…
[ ――じゅっ、
とちいさな音がして、蛇遣いは低く声を立てる。
火傷した右の小指を反射的に庇うその様子にか、
あんあん と鳴いていた犬は耳を立てて立ち尽くし]
なに、…大事ない。
…それよりも、部屋があたたまるのと
お前の同居人が戻るのとどちらが先かね。
[小さな火傷を詮無く己で舐めながら腰を下ろす。]
[レイヨが、カウコに何か囁く気配を聞いたけれど、その声は小さく男が聞きとる事は出来なかった。
ただ、公に出来ぬ事がふたりに在る。
それだけを胸裏に落とし、テントを出る]
…――まだ、におう…
[温度ある臭い。
男は鼻をひくつかせてから、自分の小屋へと向けて歩を進めた。
感じる、別な気配に眉を僅かに寄せて]
[さて、場所はどこだったか。
長老のテントに戻ることはなく。
さて、どうしてくれようかと思案を巡らす最中に。
目に留めやる赤は血ではなく。この雪に映える赤い衣。伏せ目を緩くゆがませながら]
アルマウェル。ごきげんよう?
先ほどはビャルネ様をどうにかなさって?
姉様やウルスラでは重そうでしたものね。
[埋めて差し上げたの?と言外に。ビャルネの件を仄めかす]
カウコ、どうしてあんなことしたのかしらね。貴方、あれをどうみていらっしゃる?
[胡座の膝上へ、ぽんと人懐こく乗ってくる仔犬を、
蛇遣いは撫でない。右手を腿へ軽く載せて無視する。
しばらく好きに嗅ぎ回らせて舐めさせて、ストーブに
柔い火が回るのを眺め――何をするでもなく寛ぐ。]
……
[そのうちに仔犬が最前の火傷を舐めても…儘に。]
[ぴと、][ぺろり]
[心配げな舌使いが、懐こい円らな瞳が、生焼けの
人肉の味を知りゆく熱を帯びるに時は…長くない。]
[部屋を温める焔がそのまま明かりの役割を果たす朽ちかけた小屋に、来訪者の問う声が届く。彼の到着を待ち部屋を温めながら焔を見ていた車椅子に座す求道者は、顔をあげ扉を見た]
はい。
戻らずとも開いてはいますけど。
[キィ…―――促す声はすれど迎え扉を開く事はせず、カウコの来訪にあわせて帰宅して初めての茶を煎れ始める。扉に向ける背は普段と変わらぬ装いなれど、警戒心よりは自らの住まいですら所在無さを漂わせる]
火の傍へどうぞ。
― 自身の小屋 ―
[戸を開ける前から、中に気配を感じる。
眉を中央へ寄せたまま、手を伸ばして内へと姿を見せた]
…――盗るものはないぞ…
[子犬の気配だけではないそこに、
低い声を向けた]
――痛。
こら、噛むのはいかんぞ。
笛が吹けなくなると困る。
[まだ尖らぬ牙を立てた子犬を窘めると、
無邪気そうないきものは我に返るよう。
次いで――戻り来たマティアスの姿に
振り返って あん と高い声を上げた。]
おや、戻ったか。
盗るものは…無いかね?
…無いと思うが…――
[少なくとも金目のものは。
呟いて、背で扉を閉める。
家内は、外ほど杖で慎重に地面を擦らなくても、歩く事が出来る]
…――、茶でも淹れるか…?
――邪魔する。
[扉を開いて、中に入り一拍の間。
火の傍へと促されれば促されるまま。
茶を煎れに向けられた背を眺めやり、かける言葉]
先に、質問に返しておこうか。
[告げて、少し思案する間を置いて]
何もしなければ、長老から指示が出て――
誰かが死んでた、ことが前提か。
[事実、テントへと人が集まったのは沙汰を聞くため。]
長老の指示通りに誰か殺せば、間違っても後悔なしか?
元より、長老の言葉を免罪符にするつもりはなかった。
人一人殺すのに、
「命じられたから仕方なく」とは言いたくない。
[ほどなくすれば茶の香りが漂うだろうか。]
間違いでも、俺は自分でビャルネを疑って殺した。
そして、後悔するくらいなら最初から――しない。
が、答えでいいか? 納得しろとは言わない。
[後悔"出来ない"と同義にとられようと、自分の中では"しない"と定めて動いているから。]
[声をかけられて立ち止まる。イェンニの姿を認め、その話を聞いた。ビャルネの件を仄めかされると]
ビャルネは、埋めてきた。
[そう、簡単に答え]
理を考えれば、恐らく。
思うところがあったのだろう。
疑心であれ、保身であれ。
疑心も保身が含有するものではあるが。
[カウコの事に話が及ぶと、ぽつりと返してから]
[どことも定めぬまま、村の中をさまよっている。
ただ、名を呼ばれれば引き寄せられるのか、カウコがヘイヨに後悔しない、と告げるのを聞く。]
……殺しておいて後悔されるよりは、されぬほうがよいわなぁ。
お主の疑いはおしかったのぅ……
[狼使いに味方するものを殺したのだから、と小さく笑う。
この地にはまだ狼使いが二人残っている。
すくなくとも、その中の誰も死ななかったのだから。
生きて都会に行きたかったけれど。
因習の残るこの村を破壊するさまを眺める今も、また悪くはない。]
…ふぅん。
ま、つまらないわね。埋めてしまったの。
狼に食べさせたらまた時間稼ぎができるとか思う人、いなかったの?
[薄い唇にそっと当てる指先は手袋をせずに僅か赤く]
ビャルネ様が無実…と。成程ね。
何方からそれを?…あぁ「保身のために」いえないでしょうけれど。
疑惑と真実が交わるのみ、と。
そこには秘匿も、あるのだわね。
無ければ、そんな険しい面持ちで
帰ってくるものではないよ。これが怯える。
[これとは相手ゆえに指しもせず仔犬を示して、
ぐずと鼻先へいつもの音を立てる。怯える、と
口にするほどには当の仔犬は怯えもせず―――
ぱふりとマティアスの脛へと両の前足をつく様子]
否、こちらの用件で上がり込んだのだ。
あたしがやろう。
[慣れた室内を進む相手に声をかけ立ち上がる。]
先刻の問いは覚えているかね、"49"。
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