[男は親指で口端に付着していた血を拭った。葉擦れじみたざわめき。ざわめきのような、「声」]
悪くなかったね。柔らかい味で……
何より、狂っていた。
可哀想な事をしたかな?
なんて、今更だけれど。 はは。
雨は降っていないらしい、ね。
残念だね。
「今度」の私は、変わっていなかったのに。
前と同じ私だったのに。
君の事も、こうして知っているのに。
残念だよ。
[呟くような言葉。どこか、遠くを見るような]
リウは「消えて」しまったから。
帽子屋に聞いても
見つからないよ、 アリス。
見つからないのかな。会えない。
私はアリスではないけれど。
[血の色で書いた黒板の文字を、遠目に見]
それでも、不確定だ。
私はフユキだっただろう?
私はフユキだ。
その筈だ。
ただ同時に異形であると、いうだけで。
蝋燭を不吉と思った事も
おじさんと呼ばれてショックを受けた事も
先月見合いを断った事も
幾つもの違和感を覚えた事も
私がタクミでもあるという事も
覚えて、いる。
私が不確かなのは。
不確かになってしまったのは。
此処が不確かだから、なのかな。
此処が分岐点だから。
そうなのかい?
[問いかけに答える相手は、いない]