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[一般人には伏せられ、秘密裏に存在していた某所研究施設の実験体。その研究室は、10年には届かないが5年以上前に、周囲20km圏に汚染物質が蔓延した為に閉鎖・破棄が決定。
研究者達は無事逃げたが、実験体達は、逃げられもせず餓えにもがき苦しみながら、一人、また一人と死んでいった。長い時をかけながら。
―――生き残れたのは、
何も運が良かったからではない。]
[薄暗く、昏く、腐敗臭が充満する中。
部屋の全面に、何処からか這入り込んだ蛆虫達がのたうつ中、同じく蛆のたかる同じ実験体の屍体を食べて生き残った。]
[―――砂塵と強い日差し、容赦ない雨風に晒されたように色素の抜けた色をした頭髪。血は滴っていないものの、両眼に巻かれた布は真新しくはない。]
どう…して……。
[小柄な人影に>>0、向けられた言葉。
会話をしていた訳ではなく、離れた場所から呟かれた独白であり、周囲に人の気配もあった。]
―――………
[女の声>>8>>9に喚起された、胸中の言葉にならない言葉を音にしようとして、僅かに唇が開きかけるが開くだけに留まる。
鼻腔を擽るのは少女の甘い香り。嘲弄の中に微か遣り切れぬ感情の棘を感じたのは気のせいか。]
[女の声は今は、風の音と今は同義、女へ返事はない。
少女の前に跪き、たどたどしくも、指先で掌で片足に触れ、そっと持ち上げた。]
…―――。
[少女の足に、口づける。
少女の双眸の色を見る事は出来ない。]
[頭は自重に任せるように垂れさせ、少女を見下ろす格好に。女の視線を皮膚で感じる。]
―――
[やはり言葉は出ないまま。胸中に浮かび上がる綯い交ぜになったものは、自分でも正確に把握は出来なかった。だから、]
可哀相だ……。
[正解と不正解を確かめるように音にした。]
…匂いがする……。
何処か、懐かしい、匂い、と血の匂い。
鉄錆た、……――――――…
[手を、ゆっくりと持ち上げ口元に這わせる。]
[大気の流動。小気味良い翼の羽ばたきの音が耳朶を打つ。起こした風か元から街に吹く風か、その双方かが前髪を揺らす。]
……何故?
[有翼人の嘲笑も、先の音>>22が遥か高みからだとしても――何らかの意識が向けられる切っ先を感じていただろう――、何処か自意識から遠い所で、間近の存在と同一のものであると感じられた。]
傍に、何故?
[問いに、問いを返す。有翼人の位置から、地べたを這う生き物の声は聞こえるのだろうか。]
[既に口元のそれは会話により消えている。]
見送る。 [否] 送る
[音をリピート。胸中の容にならないものが型をとる。残りのもの>>46全てが、この型ではなかったが]
……――――
[沈黙は一拍、二拍、そして三拍目の合間。]
[高らかな笑いに反応なく、有翼人の遠慮ない視線にも、緊張する様子はないようだ。]
おちて、何しに、来た?
[何時か聞いた言葉の記憶を、
指先でなぞるように、たどたどしく問いかける。]
『堕ちた有翼人は学術的上興味深い。』
[>>65何時かの言葉の記憶と違う?と問うように小さく首を傾げた。
翼で起こされた風により、大きく粉塵が舞い上がる。有翼人はその粉塵に触れえぬ高さだろうか。]
[そのまま。]
――――……
[有翼人の言う「浄化」は行われぬまま、相手は去ってしまった。]
[ざわめき…遠く、近く、曖昧、明瞭、塊としての熱さ・生き物の発する熱、酷く乾いた匂いをベースにした都市の匂い。
身体に絡みつく糸が簡単に断ち切れるように、つぷつぷと種々の感覚は身体に纏いついては消えてゆく。
安全な路を、―心地良い感覚を辿る事によって―歩いてゆく。]
[巨大な熱の移動。香る、人工的な臭い。
ナイトウォーカー《みみず》のように地を這い歩いていたが、巨大な熱の接近に一歩早く足を止め、驚愕する態の軽業師を小首傾げるようにして感覚する。]
暖かい。
[まるで、目の前に見えない壁があるのを表現するパントマイムのように、大気に放出された熱を感じ取ろうとしているのか、目の前の空気に手を触れさせる。]
押し潰す圧……
[右手を、人差し指と中指と薬指の三本を、操り人形のように前方へ差し出す。親指と小指は重力に任せるまま垂れさせて。軽業師の事をそう評する。]
[掌に一文字ずつ書かれてゆく文字。]
( ― "それ"は、
[全ては綯い交ぜで判然としない。]
だれだった? ― )
( ― マティウス ― )
…っ
[ビクリ、と手が想定外のものに触れたように跳ね上がった。或いは、灼け融けた鉄に触れたように。]
あ……あぁ、
ぁ
[長い間呼吸する事を忘れていたように、ひゅっと喉が鳴る。綯い交ぜになったものが、曖昧模糊として容を取らずに居たものが、恐るべき構築力を持って、整然とした情報として組みあがり]
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
[両腕で頭を抱え込み、絶叫した。]
[空中を飛ぶ間、髪の毛が舞い上がり、布で一部隠れていたが、額に赤い徴――研究施設で使われていた――が顕となった。
頭上からコンクリート片が零れ落ち、瓦礫に背を預けた男の頭にぱらぱらと乗る。]
ちが……違う、俺は、マティウス、なんか、じゃな………い
「こんな街」……は、知ら……ない。
俺……俺は……、
[筋肉の痙攣だろうか、無意識に肩が跳ねた。]
『檻』……
[地面に置いた右手を、
砂を握るようにゆるく握り締める。
自分に軽業師の影が落ちているのを感じる。
クレオソートの臭いが濃くなる。]
[犬歯の白さが幻視出来るようだった。
弾力のない肌にえがかれる「名前」
文字が綴られる度に、気付かぬ程微かに頭部が揺れる。]
レ……、レーメ、フ、ト。
[軽業師の耳元に囁き返すように、音が漏れ出る。]
[一度は整然と組み上げられた情報は砂上の楼閣のように、容が直ぐに崩れている。それでも尚、元の容の輪郭を僅かなりと留めてはいる。]
[ぽつり]
[艶やかな光沢を持つ黒の液体が、
頬に印を付けるように落ちた。]
[黒い雨、――曇天の空から零れる雨と蒸気、芯熱の開放――]
………?
ぐっ…う……
[気管が圧迫され、摑まれた皮膚が白くなる。軽業師の指へ、脈拍がダイレクトに伝わるだろう。「容易く」首を掻っ切る事も出来る程に、抵抗はない。]
かっ……
[押し潰した呼気が漏れる。ぐじゅと湿った音と痛みの次には、零れ落ちる自らの熱い液体。血が、軽業師の指を濡らし、男の胸元へ、つぅと流れ落ちてゆく。]
覚え…っ……てな、い……
…がはっ……
[思考の明滅、ー喰らい昏いクライくらい暗い―]
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