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[蛇遣いがその場へ着いた頃には、かの盲人は
仰向けに倒れ総身を断末魔にひくつかせていた。
マティアスのからだには、幾らか朦朧としつつも
憤り醒め遣らぬ態のイェンニが馬乗りになっていて
――血に濡れた鉈を、酷く熱心に振るっていた。]
…ああ…
間に合ったのだか、間に合わぬのだか――
[急ぎ来た蛇遣いは、しろく薄い息を吐いて呟く]
私は…私をさげすむものは許さない…
あんたなんかに殺されてやるほど、私は軽い女じゃ、ないのよ…!
[朦朧とした意識は戻らぬとも、伏し目がちな瞳は猫のように爛々と]
死ねばいい。あんたなんて死ねばいい死ねばいい…!
あぁ、貴方の顔をよりも赤は綺麗なんだもの、もっと赤くなればいい
[半分気違いのようにひらめく鉈と
雪原に舞い散る赤は異国のものが見れば梅花と呼ぼう]
[恨み骨髄、一寸刻みにしてもまだ足らぬ――とは
世に言うが、女の腕に鉈では刻むに不足なようす。]
…氷り脛、か…
[降りしきる雪にも未だ隠れぬ肉塊が、大腿からも
足首からも切り離された脛の部分らしいと見分けて、
蛇遣いは齧るに好む馴鹿の氷り脛――アッザミを
思い出してぽつと零した。そっと、赤を避け歩く。]
お前――…
…………
[キィキィキィキィ…―――長老のテントへ向かう道中、吹雪の向こうに見える紅い揺らめき。地上に見えるそれは靡けどもオーロラではなく、見知る人の姿と知る。
横殴りに視界を塞ぎ始める吹雪の中では視界だけでなく音すら伝いにくく、アルマウェルが気づくかも定かではない。キ…キィ…―――悴んで感覚の薄れる手指を擦り合わせ、報せを届けようと彼の背を追いかける]
[うぐぐ、ぐるると愛らしくも獰猛なうなりごえ。
マティアスの口の中へ、ちいさな頭を突っ込んで
その舌へ喰らいつき――より紅くおおきな肉片を
齧りとろうと、仔犬が全身を振り立てている。
暫く見詰めるも静かに視線を剥がして、口を開く]
…
イェンニ。
[銀鉈の背で、マティアスの膝頭を叩き割ろうと
躍起になっていたイェンニは、その手を止めて――]
…姉様。ごきげんよう?
[近づいてきた姉と慕う人を眼に留めて。手は止まるのが酷く物惜しげ。
ネジが外れたような、それでも小春のような、血にまみれた笑顔を向ける。
いつもどおりの、伏せ目がちの天使のような笑顔すらみえそうな]
[吹雪く中では、近付く者に、その立てる音に、直ちには気付かれず――だが、はたと察せられて、足を止めた。僅かな間があってから、振り向き]
……レイヨ。
[雪の粒が入り込む視界。認められた姿に、その名を口にした。呟きに近い声は、相手には届かなかったかもしれないが]
――好きに、か……
そうじゃのぅ……見捨てて出て行っても気になるから、いっそ滅ぼしてしまえばあとくされもないじゃろうと思うただけのこと。
狼使いがいなければ……また別の考えになったかもしれぬがなぁ。
[村をでて、気にしないではいられないだろうから。
それならいっそ、と物騒なことを答え。]
[イェンニとマティアスが、互いの命のやり取りをするのを眺める。
どちらが生き残ろうとも、どちらも命を落とそうとも……どちらかに加担する様子は見せず。
トゥーリッキが現場に駆けつけるのを、宙に浮かび、薄く透けた身体で眺めていた。]
[アルマウェルの紡いだ音は半ば風に攫われ、眼鏡をかけど霞みがちな視界で口の動きも半ば読めず、けれど確かに名を紡がれたと感じる。キィキィキィキィ…―――振り向き足を止めてくれた彼に変わらぬ目礼を置き、面持ちや声の届く距離へ近づいた]
…………ヘイノが亡くなってました。
他にも誰か亡くなったみたいです。
恐らく狼使いではないかと思うんですが…
[ウルスラの遺体を運ぶ折の経緯―――マティアスやラウリの不在やトゥーリッキの姿があった事、ヘイノを確かめた折に狼使いの死を感じた事―――を訥々と語る。そうしてから暫くは黙り込み、吹雪の向こうへ顔を向けた]
たぶんまた誰か亡くなります。
…あの人をいかせてしまいましたから。
怪我をしてしまったのだな。
目の焦点が合っていないぞ?
…ああ、止めだてはせぬから。
[かける声に、笑みが含まれないのは常のこと。
蛇遣いは、イェンニの返り血含む豊かな髪を梳く]
いま、ひとくちだけ
つまみ食いをさせてくれるといい。
[すかれた髪に心地よさげに眼が歪む]
マティアスが私を殺そうとしたのよ?
酷い人。私は姉様に殺してほしいのに。
だから、仕返しよ。
[奮い立つ子犬はしたいがままに。
赤くどろりと流れる血に、喉が鳴る。
一度は刃を突きつけたその喉に、次は歯を立て肉を食いちぎるように。
至福のときだったやもしれない。そうぼんやりと思うのは、その後のことを覚えていないから*]
……そうか。ヘイノが。
留守は確認していたが……
狼遣いが?
[レイヨに聞いた内容に、思い起こすように。最後の語尾は疑問形になっていた。ややあって、頷き]
……それならば、ラウリか……
さもなければ、カウコか。
[ぽつりと発したのは、ヘイノの他に、暫く見ていない二人の者の名。どちらの死も男は未だに確認していなかった。仮定の後に沈黙。続けられた言葉に]
……あの人。
あの人、とは。
[浮かぶ姿は既に数少なくも。確認するように、尋ねた]
[髪を梳いて、頬を包んで。
ずらす指先を、イェンニの目尻からくちと差入れる。
夏のベリーを摘み取るように、妹分の。
右目をトルンと硝子体ごと引き出して――
舌の上へ乗せる態で、旨そうに喰らった。]
…身体が冷えぬうちに、湖へおいで。
[イェンニの喉から悲鳴がほとばしることはない。
塩気のきいた親指を軽く舐って、柔い声で誘った。]
恐らくですが狼使いがひとり亡くなってます。
でもカウコは…―――違うと思います。
こんな状況で僕の言葉を信じ守ってくれると…
………彼は亡くなったんですか?
[問いかける声は掠れて、沈む眠りの深くで感じた片鱗を思い返す。まじないの為にアルマウェルから貰い受けた狼の毛を呑んだから、狼使いの死は幽かながら感じられたけれど、未熟なまじないでは他の事までわかりはしない]
…ラウリ…―――
[カウコの所在へ流れかける思考を留め、あげられたもう一人の名を紡ぐ。彼かも知れず彼でないかも知れない定かではない死の気配―――思索はアルマウェルの問いに途切れた]
[数を減らした瞳は、イェンニの感じる赤を
果たして減じさせたか倍加させたか――今は知らず]
…"49"。
さすがにもう聞こえぬかね?
[声をかける間にも、妹分はまた鉈を使い出して。
胴を斜めに鋸引くに似た刃の立て方へ目を細める。]
イェンニもそれも…
あやつられてなどいないよ。
お前も、そうだといいな。
エンジンの音が聞こえぬのなら、
そう悪くはないのかもしれんか。
何故に聞きたくなかったのだかな。
…これと関係はあるのだかな。
[…つ、とマティアスの喉を真横へと辿る。
彼自身には見えぬのだろうそれはロープの痕。]
ではな。お前…早く見つけてもらえよ。
まだお前だとわかるうちにな。
………アルマウェル…
僕はもしかしたら最初から…
あの人ではないかと思っていたのかも知れません。
でも黙っていました。
ただの憶測に過ぎませんでしたから。
[ぽつと名を紡いで訥々と語る言葉は告白めくけれど、憶測以上の理由は語らない。吹雪く夜からアルマウェルへ向き直り、眼鏡の奥の眼差しを細めた]
でも残念ながらたぶん間違いないんです。
―――…白い蛇を連れたあの人です。
守って。長老は仰っていた。
暴虐を僅かに阻む者がいると。
[カウコがそうなのかもしれないとは、言外に]
判らない。無事であるのか、そうでないのか。
ただ……暫く姿を見ていない。
故に。あるいは。
[推測も、言い切りはせず]
……
[無言のまま、レイヨの面を見据えた]
[――その場へ残す人々は、まだ生きている。
誰かがその光景を見つけるときも或いは、微かに。
意味在る話を訊くことは最早、どちらにも出来ない。
イェンニは恍惚と鬱屈と安堵とを抱える面持ちで、
右の眼窩から血とそうでないものを垂らしながら
ふらふらと――やがて何処かへ姿を消すのだろう。
マティアスの遠のく意識には、相変わらず絶えず
うるる、ぐるると仔犬の唸り声が籠って聞こえ…
まるで遠き日のエンジン音に追いたてられるようか*]
……トゥーリッキか。
[ぼかされたその名を、はっきりと紡ぐ。呟きではない声は、使者然として、よく響いた]
……
それが真実たらんと言うのならば、求めん。
新たな死が齎される前に、その身を。
既に齎されたなら、その結果をも。
[告げられた人物について、感情めいたものを口にする事はなく。するべき事を確認するように言っては、果てない白き野に遠く目を向けた]
………そうかも知れません…
[憶測の域は出ずもアルマウェルの言葉を否定はせずに、カウコの所在を想う。投げつけた言葉の効力など無に等しく、彼の安否もラウリの消息も今はわかりはしない。
確認のためなのか紡がれるトゥーリッキの名に、一度は蹴り落とされた車椅子に座す求道者は沈黙で肯定を示す。使者として言葉を紡ぐアルマウェルへ向き直り、今はもう浴びた血に塗れぬ姿を見上げる]
あの人は言ってました。
今回の件と関係するのかはわかりませんが…
人がトナカイに病を伝染しているのだと。
…貴方もあの人も僕にはさっぱりわかりません。
……トゥーリッキは。
ウルスラを殺した事を憎むと言っていた。
[トナカイ。病。レイヨから伝えられるトゥーリッキの話に、マティアスの小屋にてかけられた言葉を告げた。続いた声には、レイヨに顔を向け直し]
そうか。……それで良いのだろう。
トゥーリッキが狼遣いだというならば。
私だって。己からしてさえ模糊たる存在だ。
理解など、せずとも良い。
すべきではないか。どちらでも同じ事だ。
………そうですか…
[トゥーリッキがアルマウェルへ向けた言葉を聞けばまた考え込み、いつもの癖で眼鏡をはずしつるに歯を立てる。続けられた言葉に注意は紅い彼へ戻り、滲み霞む姿を捉えてから眼鏡をかけ直した]
そうかも知れません。
それでもお話を聞きたいとは思います。
…ひとつお訊ねしたいのですが。
[キィ…―――アルマウェルを促すともなく車椅子は軋み、長老のテントへ向かう素振りを見せる。報せを届けてもらうだけなら彼に任せども、カウコやラウリの消息が届いているなら、彼にまた報せに走ってもらう手間のないように]
―――忘れたい事はありますか?
[男は、ただ。
ただひとつ、望みがあっただけだった。
覚えて居るのは
舌に熱を感じた、事。
その後、冷たい雪を背に感じて、
熱は首に 腹に 口元に 喉に
味と温度とを 視力無きが故に
熱く 熱く あつく――]
[女の罵声に、男が見せた表情は恍惚にも似て。
ただ 熱に浮かされて男は肉と骨に成りゆく自身を、
何時しか見下ろして居た。
――見 下ろして。]
…――――、やめろ……
[エンジン音に似た子犬の唸り声。
その子犬の毛の色が 久しぶりに「見た」もので
男は、喉を鳴らした――気がした]
…やめろ、やめろ…――
――っ、俺を、俺に、…――っ
[両手で耳を抑える。
物質では無いそれは 震える鼓膜等あるはずもなく
男の魂らしきは眼を見開いて 吠え
何処かへと――走る様に飛ぶように 姿を消した**]
[尋ねたいと言うレイヨに、その車椅子が軋み動くのを見やりながら、続けられるのを黙って待った。問い掛けられた内容に、少しく目を伏せて]
……死を。
[返した言葉は、ごく短く。ウルスラを殺した後に語った話をなぞるように]
忘れずとも。薄らいだならば。
そう、いつも考える。
[一度、手袋をした掌を見つめてから。レイヨに先んずるようにして、長老のテントに向かい、歩き出した。テントに辿り着くまでは、無言のままでいたかもしれない**]
…―――、………
[死の淵へと深く眠り感じる求道者が抱くものと、記憶を留め続け忘却の術を持たぬアルマウェルが、そこに見出すものは違う。紅く痛ましい暴虐も、不在がもたらす―――あるいは肉体の持つ熱そのものの喪失も、「死」そのものではない。
彼の視線を追いウルスラを刺したナイフを握っていた掌を見て、誰にでも必ず訪れる静かな死と言う隣人は残酷なのだと…―――死を―――アルマウェルの言葉を受け、彼に向く眼差しは複雑な色を浮かべ細めた。
キィキィキィ…―――促されるままに車椅子は軋む音を立てて、吹雪の中を動き出す。冷たいを通り越して痛みすら感じそうな吹雪の中で互いに口を開かず、どれくらいの距離を進んだか、テントはもう近い。
霞む視界の向こうにマティアスとイェンニの姿があり、吹雪く暴風に紛れ子犬の唸り声も聞こえるか。惨劇の気配は近くそこには未だ死はなくも、残酷な隣人は確かに彼らの傍にあった]
………死は僕や貴方の傍にも…
それでも貴方は確かに生きてます。
貴方が死と付き合う術を見つけられるといい。
…………
[訥々と語る間も惨劇の場へ近づいていき、イェンニの行動に前髪に隠れる眉を顰める。アルマウェルは彼女を止めただろうか、辺りは赤黒く中心には二人の姿。
倒れるマティアスの傍で唸る子犬の口元は新たな人の気配に顔をあげ、血に濡れた口を開き吼える折に紅い飛沫が舞う。無事を確かめるために声をかけ、惨状を更に思い知る事すら躊躇われた]
………マティアス…
貴方の犬ですか。
人の味を覚えてしまったんですね。
[答えぬマティアスへなのだか訥々と零し、胸元から容器に入った丸薬を取り出すのは、先に車椅子の車輪に巻き込まれ開いた傷口から血の滲む指。身を乗り出し子犬の鼻先に差し出して血の臭いに寄り来る紅い鼻先、牙を立てられるのも構わず狭い顎を押し開き、喉奥へ丸薬を押し込んだ。
人であれ目覚める事の難しい薬は、子犬を二度と目覚められぬ深い眠りへ誘う。子犬ながらも獰猛だった唸り声は弱り、自らが喰らった飼い主たる男の傍でぱたりと動かなくなる前に、くうんとひとつないた]
傷の手当を…
[傷を負うイェンニは動ける様子だが、アルマウェルや自分の存在をどう認識しているのか。彼女の浮かべる感情は複雑で、極度の興奮状態ようでも酷く落ち着いているようにも、恍惚としているようにも見えた。
マティアスが息を引き取ったのは、子犬が眠るのとどちらが先だったか、車椅子に座す求道者は彼の死を覗かない。彼女を探すと言っていたトゥーリッキの姿はなく、いつしか彼女の姿もふらりと*消えているだろう*]
―― 回想/女たちの、秋の仕事 ――
[冬を越したトナカイは、殖える仔の数を見極めて
春に狩り集め、屠殺する。夏の間、湿った涼風に晒し
生干しにした毛皮を秋になめす作業は大切な仕事。]
…口と手が、同時に且つ至極滑らかに動くのは
お前の特技だがそれでは力が入らない、イェンニ。
[水分の程よく抜けた毛皮の裏を、ナイフ状の道具で
削いでいく。ジジッ、ジジッと皮から固い血糊や
脂肪片が剥がれる音。イェンニは、こびりつく赤が
瑞々しいそれでないことへと頻りに毒づいていた。]
女屠殺人になりたければ、今鍛えておくことだよ。
[――この仕事は、手首の力と握力がものを言う。
腕の力に頼っては、せっかくの皮は容易く裂けて
台無しになってしまう。蛇遣いは、自身もいまだ
熟練には至らぬなりに、イェンニへと手本を示す。]
尤も、その場で喰えぬ屠殺など、
さぞや腹が減ることだとは思うがな…
[蛇遣いは、新参たる妹分が口にする物騒な夢想を
概ねは程良く聞入れ、また或いは程良く聞き流す。
妹分も同様に、蛇遣いがにこりともせずに毎度呈する
指摘というか単なる感想というかを似た姿勢で扱う。
互いに理解を求めていないからこそ、通じ合う間柄。
秋の作業小屋の窓には、
厚い氷と薄い氷が疎らにこびりつく。
ユール祭を共に祝う約をしたのは*その時期だった*]
―― 回想/女たちの、秋の仕事 終了 ――
["庇ってくれたカウコに申し訳が立たん"
トゥーリッキの其の言葉に、
雪に投げ出されるレイヨに、
――こぼれたものは小さな舌打ちで。]
結局、俺は――……
[飲み込み、代わりに吐いたものは深い息。
名を呼ばわるレイヨにひととき意識預けて]
お前は――……死ぬな。
[かける言葉はいつかの*繰り返し*]
―― 長老のテント前 ――
[死する直前に届けられたラウリのなきがらは、
蛇を連れた遣い手が通りがかったときにはまだ
長老のテント前へ触れる者無く横たえられていた。
件の小洒落た帽子は、添えられていただろうか。
蛇遣いは、己を運ぶ狼に骸の傍で歩を緩めさせ…
少しの間、顔を向けずともそこへと立ち止まる。]
……
[虎の如き眼差しは俯かず、行手を見据えたまま。]
[見遣らずとも、頬に癒えきらぬ火傷がひとつ、
それ以外>>0:39>>0:40傷のないことは知れていた。]
ひとならば、悼もう。だが…
けものの骸へ構いだてするは、
喰らうときばかり――だな。
[けものとひとの境を、支配のまじないの均衡を
失ってしまったラウリへか、憐れまず確かめる。]
ひとに、別れを告げに来たのだよ。
[さくり、おおかみの前足が血に濡れぬ雪を踏む。
…村内を闊歩する狼の群れ。外へ出ていた村人は、
恐れおののき手近な小屋へと駆け込み閉じこもる。
蛇遣いを運ぶのは、灰褐色をした一際大柄の狼。]
…ああ。
どうか寛いで――常の如く在るといい、村の衆。
隠れて息を潜めたとて、
我らが群れにはわかるのだから。
[やがて見えてきたのはマティアスとイェンニの姿。レイヨの声を聞き、一度其方に目を向けてから、二人の方に歩み近付いていった。白に広がる赤。凄惨な光景]
マティアス。
[名を呼んだ彼は手遅れだろう事が知れた。彼の、人を喰らってしまった犬がレイヨによって永久の眠りにつかされる。目を閉じ、開いた時には、既にマティアスも息絶えているのが認められたか。怪我をしたイェンニには静かな一瞥をくれて――暫くの間、死したマティアスの体をじっと見下ろしていた*だろう*]
お前の答えの通り ……違わず、殺せ。
[深く被り直す帽子で表情がどこまで隠せるか――
否、そんなことをせずとも生者には見えない。]
嗚呼――……
ままならねーな。
[苦い――苦い苦い、*笑み*]
―― レイヨの小屋 ――
[崩れそうな小屋には、淡い灯りがともっている。
屋根の煙出しから昇るのは、薄くしろい煙と蒸気。
主不在の住まいで火を起こすのは二度目のこと…
蛇遣いは、レイヨの小屋で火の前へと座っている。]
…
[火にかけた小鍋の縁を、ほのおの舌が舐める。
くたり、と沸きかけの揺らぎが湯面を乱しゆき]
茶には合わぬのだろうな…
[浅く醒めて身じろぐ白蛇に触れ、ひとり呟く*]
…………
[眼前で息を引き取ったマティアスの遺体に触れず別れも告げず瞬きには長い瞑目を置いた時に、去る背を見送った覚えはなくもイェンニの姿はまだそこにあったかどうか。そうしてテントの前までたどり着けば、ラウリの遺体と対面する事になるのだろう。
恐らく死んでいるからではなく、洒落た帽子をかぶらぬ彼は、見慣れた姿より若くも幼くも感じる。ヘイノとは違えど他者から直接に危害を加えられたような外傷は見えず、静かに黙祷を捧げるも、集められた疑わしき者の中で可能性の高い彼の彼の死も覗きはしない]
貴方には感謝しないといけないのかも知れません。
むしろ謝るべきなのかもですが…
わからない事はわからないままにさせて下さい。
― 村の随分と上空 ―
[身体無き今 地の重力は枷に成らない。
男は紅いオーロラに混ざるかのように
随分と上から、地上を見下ろして居た。
長い間 視る事の無かった世界。
村の遠く向こう、別なる村が町へと変貌を遂げる所、
鉄の棒の組まれた足場が小さく見える。
男は眼を細めて ふと足元へと視線を落とす。
足元に子犬が纏う事は無く
ふ と 吐く事無き息の音を立てた]
[私に必要なのは空気なの。そばにいる人ではないの。そんなものは、いらないの。
姉様はそれをよくご存知でいらっしゃる。
私が貴女を手にかけても貴女はきっと恨みもしますまい。
だから私を殺して頂戴。人に殺されるのは嫌。空気のような、姉様がいい。
私を知っているようで、何も知ろうとなさらない、姉様だからこそ。私は好きなのよ]
[キィキィキィキィ…―――ラウリの脇を通りテントで長老と対面を果たせば、確証に欠けるながらも生前のマティアスの言であったカウコの死も、それがヘイノやラウリとは違うかたちであった事も聞けるだろう。狼の気配が村の中にまで息巻きはじめる重苦しい空気の中で、長老の語る声は遠のき、ほんの一瞬とはいえ呼吸すら忘れた]
………そうですか…
[ビャルネとカウコの異変にすら気づいたマティアスの言を疑う理由は薄弱で、掠れた声でなんとかそれだけを長老に返し項垂れる。曇る眼鏡を拭いもせず俯き、きつく瞼を伏せ、息を押し留め、かみ殺すも、隠し切れずに肩が震えた]
…………っ
………、…―――
[やがてヘイノの死や、人がトナカイに病を伝染すらしき事や、それを聞いたトゥーリッキの事、推察は交えず事実だけを簡潔に伝える。最後に場を辞すむねを口にして、長老に目礼を添えた]
[アルマウェルの姿はテントにあったか、あるいはまだマティアスの傍にあっただろうか。マティアスの傍に渡した膝掛けがあったなら、彼と子犬へ血に濡れたそれをかけて、アルマウェルへ向き直る]
………戻ります。
あの人にお茶を振舞う約束をしたんです。
報せの必要はありません。
でもアルマウェルが望まれるなら…
貴方にもお茶を。
[これからの事を考えれば隣人の手招く姿すら浮かびそうな今、忘却の術を持たぬアルマウェルに「使者」の役割を求めず、彼の意思だけを確認する声は静か。キィキィキィキィ…―――彼の返答がどんなものであれ、車椅子に座す求道者は自身の住まう朽ちかけた小屋へ戻る。
吹雪の向こうに見える住まいには明かりが灯り、既にトゥーリッキの姿はいつか招いた折と同じく火の傍にあるのだろうかと考え、眼鏡の奥の眼差しを細める。キィキィキィキィ…―――車椅子の音がやめば、断りを置く事はなく立て付けの悪い*扉を開いた*]
[レイヨがテントへと向かえば、使者の男もその後を追う。テントの前にラウリの姿を見ると立ち止まり、黙ってその様子を眺めた。狼に喰らわれてはいない、刃を受けてもいない、遠目に見れば眠っているとも思われるような、しかし間違いなく死んでいると判る姿]
……、
[それから入ったテントの中で、カウコの死を語る長老の話を聞いた。肩を震わせるのを見ると、僅かに口を開きかけ、やはり閉じて]
……失礼します。
どうかご無事で。
[最後に長老へ一礼をし、短く付け足して、外に出た]
[マティアスの倒れる場に戻り、彼に膝掛けがかけられるのを見る。レイヨが戻ると告げるのを聞き――意思を確認するのを聞いて、逡巡した間は、短く]
……私も、共に。
[レイヨの顔を見据えてそう返し、車椅子の傍らについていった。見えてくるレイヨの小屋に明かりが点っているのを認めて、一度、己の腰に触れる。コートの下、ベルトに挟んだ武器を確かめるように。
扉が開く。男は、レイヨの背後に*居て*]
―― レイヨの小屋 ――
――ただいま、だな。
[送られた台詞>>4:119がゆえに、帰着した態の
留守宅の主へかける言は些か場にそぐわぬそれ。
遣い手たる者は、小鍋の中へ細く赤黒い腸詰めを
放りこみながら、レイヨとアルマウェルを迎えた。]
長老さまと、話してきたかね。
[生き残りの彼らが道々見かけたであろう、村内を
闊歩するおおかみたちのうち数頭は此処にも在る。]
[――姿が見える者は、四頭だった。
窓外を見張る態で太い首を擡げている者が、二頭。
レイヨが普段使っている寝台に伏せる者が、一頭。
頭目たる遣い手の背を暖める如く蹲る者が、一頭。
姿を見せず隠れ居る者もあったが――
獣臭や息遣いにてそれを察せる男は、既に亡かった。
しろい蛇も含め…待ち居た者は総て、
その瞳を動かし小屋へ辿りつくにんげんを*視る*。]
――……
[トゥーリッキとその蛇に加えて、四頭の狼の姿が見えれば、問いには返さないまま、コートの下から一本のナイフを取り出した。ウルスラを殺した物とは違う、二十数センチの刃渡りを持った、狩猟用の片刃のナイフ。
構えれば、唯一両刃になっている先端が閃き]
……
[切りかかるわけではなく。ただ、レイヨの横に一歩だけ踏み出して。瞳に警戒を過ぎらせ、男は在る*だろう*]
[逡巡も僅かに同行を示すアルマウェルの返事に、念を押すような再度の問いかけはせず、躊躇いがちな瞬きだけの頷きを添える。彼と小屋へ戻る道々には獣の息遣いが村の中にまで押し寄せていたが、口を開いて彼に何か言う事はなかった]
………きこえる…
[牙を向けられる事はなくも、恐怖に慄き扉を締め切る家々の周囲を闊歩する狼の姿も見えただろう。マティアスのように獣の気配を知る事の叶わぬ求道者は幽かに呟き、どことも取れぬ方を向き眼鏡の奥で眼差しを細めた]
………おかえりなさい。
生憎とその方たちに振舞えるお茶はありませんが。
[部屋に居座る狼の姿に注意を奪われ、半拍ほど遅れて場にそぐわぬ言葉を返す。部屋には慣れぬ獣の臭いが漂い、自らの寝台すら占拠されるらしきに、前髪に隠れる眉を下げた。
不在の間に火にかけられてたらしき鍋、トゥーリッキが腸詰を放り込むのに、更に下がる眉―――口で指摘をせずも隠さない面持ち。向けられるもう一つの視線―――白い蛇も眼差しはなぞり、冬に起きる蛇におはようございますと添えた]
はい…―――カウコも殺したんですね。
[キィ…―――茶を煎れようと身じろぎ軋んだ車椅子はトゥーリッキの言葉に止まり、長老から聞いた言葉を伝えるとも確かめるともなく、かみ締めるように呟く。キィキィ…―――容器の並ぶ棚から茶を選ぶ折、胸元にしまっていた容器を棚に戻した。
カウコへ差し出すために自らが歯を立てた指の傷と共に、子犬に牙を立てられた手の傷も今は薄く塞がる。カタリカタリ、一本だけ脚の短い机に空のカップを置くたび、小さな音がすれば狼は耳を動かすだろうか]
僕はあまり肉を口にしないんですが何の肉ですか?
[まじないのために狼の毛を飲んだ求道者は、それ以外の事で獣の身体を口にせず、普段は植物からの恵みで生きる。遅れて指摘する鍋に放り込まれた腸詰は、火にかかり温められて、徐々に香りを漂わせ出すか。
そのころには湯も沸き茶を煎れて、先の言葉通りに狼を従える以外はあまり普段と変わらず寛いで見える火の傍のトゥーリッキと、反対にとても警戒して見えるアルマウェルと、距離ある双方へ腕を広げるように両手を伸ばして、湯気のあがる*カップを差し出した*]
ひとまず、お茶でもどうぞ。
[使者から応えもなければ、重ねる問いもなく。
遣い手はアルマウェルから小鍋で茹だる腸詰めへ
視線を移した。彼が取り出した刃は狼が見ている。]
まだ茶を煎れる気でいるのだな。
気を遣わせんように、火を塞いでいるのだが。
[声は頷きながら、レイヨへと渡す。小屋の主が
茶を煎れるための湯を沸かす様子に小鍋は避けて]
そうかね。 …殺せていたならいい。
[カウコのことを確認されみじかく返答をする。
狼たちは、物音に耳は動かせど視線は揺らさない]
[白蛇は、ひとの言葉を解さない。鎌首が、ゆらり]
…肉ではないな。血だよ。
[レイヨが差出すカップへ遣い手は手を伸ばさない。
火かき棒の逆端で小鍋に茹だる腸詰めを引上げた。]
そして、あんたはあたしが
「誰」に会いに行ったかちゃんと聴いていたのだ。
[手の中へ収まる程度の大きさの綱切りナイフで、
腸詰めの端をぶつりと切ると――透ける小腸から
熱く赤黒い塊…茹でた血がぬめと溢れ出てくる。]
「何」はない話だろう。
話をしに来たのではなくて、群れの頭として
話が出来る相手かを知りに来たのだ、若先生。
[調理の手法としては――馴染みのものだった。
男らが、狩りへ出る前に好んでトナカイを潰し作る
血の腸詰め。口元で器用にナイフを使い齧りとる。
それはケーキ地のようにやわらかく、血の臭みは
香ばしいものへと変化している。溶ける脂は甘い。]
…赤マント。
寒いのだが、そこを閉める気はないかね。
[遣い手は、未だレイヨが差し出すカップを取らず、
扉前で得物を構えるアルマウェルへと声をかける。]
――何なら、もう二、三頭
中へ入れて部屋をあたためるか。
[警戒する使者の背後――微か雪踏む複数の気配。
低く唸る狼が数頭、彼の後ろへうろついていた*。]
[男は上空から村を見下ろす。
他の魂らしき気配に言葉を添えず、ただ見下ろす――
その顔を覆う包帯は無く、
とても見目良いとは言い難い男の素顔が晒されている]
…今更、とも、なんとも詮無いが―
そう思えるのが義理だと確信無い程には、棲み良い村だったな…
[それからゆっくり下降する。
透ける自身の体も、それ以外も、視界そのものが久しい男に大した違和感を与える事は無く]
…ああ、だがやはり―
あながち間違いでも、無かったのだな。
[全員殺して終えば良いと思ったのは本気で。
大恩ある長老のこの村を護る事にすべてかける男に、残る「容疑者」達が映る*]
貴方だけでなく彼にも約束しましたし。
それに眠る間のツケが貯まった僕に出来る事は…
そう多くありませんから。
[カウコへの言及へ短く返されるトゥーリッキの言葉に、茶を煎れる間の耳を傾けても視線を向ける事はなかった。差し出す双方に受け取られぬ茶、二つのカップを膝上に引き寄せ、鎌首をもたげる白い蛇の所作に眼差しを細める]
………彼女にあえたんですね…
[腸詰の中身が血である事と同時に語られた言葉、いつの間にか姿を消したイェンニの面持ちを思い返す。トゥーリッキの口振りからも、口にせずも薄らと考えた道り腸詰の中身は彼女なのだろう。
自ら群れの頭と名乗り腸詰を齧るトゥーリッキの言葉に、前髪に隠れる眉を顰めるも、隠れぬ面持ちに浮かぶのは嫌悪ではなく思案。両手にカップを持っていなければ、眼鏡をはずしつるに歯を立てただろう]
[レイヨが差し出した茶を、男も取る事はなく、一度首を緩く横に振ってみせた。狼から注意を逸らさないようにしながらも、トゥーリッキが腸詰めを食す様子を見ていて。声をかけられると、やや間を置いてから]
……閉めろと言うならば――
[四頭がいる閉ざされた空間と、広いがどれ程狼がいるか知れない空間。孕まれる危険を比較し考慮してか、肯定の返事をしかけ――続けられた言葉と背後の気配に、はっと手に力を込め、振り向き]
…―――
………僕に人を癒せと仰るんですか。
[―――若先生―――呼ばわりに対する問いは語尾をあげずも、狼でも蛇でもなくトゥーリッキを捉える眼差しは細まる。アルマウェルへと向けられた言葉に、閉まらない扉の向こうへ顔を向け―――…]
…っ?!
[キィ…―――アルマウェルへ飛び掛らんと身を沈めた狼の姿に、眼鏡の奥の瞳を見開き声を上げるより息を呑んで、咄嗟に身を乗り出すと車椅子が軋みトンと片足が床を踏んでしまった。ギヂギヂ…ザザァァア…―――非難の声をあげるように崩れかけた小屋の軋む音と同時に、崩れかけた屋根の破片ごと積もった雪が入り口へ*降り注ぐ*]
姉様……?
[ゆっくり、ぞわりと顔を這う指をうっとり見詰め
次第に狭まる世界に惜し気は見せない
閉じた眼窩に広がる赤い世界は甘すぎるほどの傷みと恍惚 ]
私の世界なんて狭いのに そんなもの 美味しくないわ…?
[世界が彼女の口の中で蕩ける間、思いを馳せるのは……]
[飛びかかる一つの影、狼に向けて横凪ぎにナイフを振り払った。反応は早くも、振り向く僅かな時間のぶれ。狼の刃は男のコートを、あるいは肌までも破ったかも知れず。雪と破片が入り口を塞がんとするように落ち来るのは、それとほぼ同時にだったか*]
[たゆたう意識はそこで途切れる。
生死の狭間、聞こえる声に命を感じなくなったのは
残された半分の世界が色を失ったからか
赤だけを望んでも色亡き世界は灰色で]
あかぁい…あかぁい……
それ以外は、いら ない……
[自ら殺めた男の声も
杖に音色奏でる男の声も
赤恋うるを伝えた男の声も
秘密を語った女の声も*]
誰も、誰も私に赤をくれない
なら、もういらないわ
貴方達なんて、もうイラナイ
綺麗ゴトも世迷ゴトもこの村も
赤くないものは皆イラナイ
[狼の唸り声に目を細める。
今まさに崩れそうだった―最も男がその事実を知ったのは今だというのは皮肉でしかないけれど―レイヨの小屋から、崩れる音。
温度感じぬ冷たき雪の動き]
…――おこがましい、か…?
[自身に浮かんだ感情に、微に困惑した態で
行く末を、見つめて居る*]
[誰の何へ応える間もなく、レイヨの挙動が
苔生した屋根の端ごと崩れる雪崩を誘発し――
遣い手も思わず目を瞠り火の傍で腰を浮かせる。]
――… 、…っ? …さがれ!!
[飛びかからせた狼が、使者たる男が振った刃の
一閃に、胸へぱっと鮮血の赤を散らした瞬間も
顔色を変えなかった遣い手が、鋭く声を上げる。
アルマウェルの左肩へ深々と爪を喰いこませた儘、
赤茶色の狼は雪塊と石屋根の欠片に呑み込まれた。]
[小屋の中へも、内へも舞い上がる乾いた雪煙。
いつの間にか窓辺に配していた狼たちが寄り添う。
もうもうと立ち込めるそれがやがて晴れる頃には]
…… そんな閉めかたが、あるか…
[埋まった入口。――遣い手は、低く喉奥で唸る。
アルマウェルは、倒れ伏す態で、重い雪と瓦礫と
赤茶色の狼の死骸とに埋まり…僅か、刃握る儘の
片腕と、胸元から上だけが積雪から覗いていた。]
ツケとやらは溜まる一方らしいが…
癒せぬかね?
[遣い手は使者が入口を踏越えた瞬間に襲わせようと
薬草籠の間に隠し伏せていた狼を立ち上がらせる。
ゆるゆると息を吐きながら、求道者を見遣り―――]
探すもせなんだからには、
まじない師が誰だったかなど、とんと判らんが…
あんたが学究の徒に見える、のは今でもだ。
少なくとも、あたしらには未知の病…
[雪煙が室内を撫でた後であれば、灯した火も
消えかけで。しろい呼気を吐いて遣い手は言う]
街から医師を呼べば、その次は役人が来る。
学者が来るぞ。薬屋も来るな。
流行り病となると、しばらくは
遊牧の商いも成り立つまい――
ずるずると、
やってくるのは文明の波となるわけだ。
ウルスラ先生は、望みだったのだがね。
気づいてくれるかもしれなかった、病の件に。
その可能性が、長老さまのまじないに拾われて
…生き残れなかった…。
[なぎ払うごとき刃を振るうアルマウェルへと、鋭い爪を立てる狼が雪と瓦礫の下敷きになっていくのに、咄嗟に踏み出しかけた足を慌てて床から離す。ギヂギヂギギギィ…―――崩れかけの小屋は恨みがましく軋む音を緩めるも、ぱらぱらと天井から砂埃が降った]
…すみません。
[下敷きになる狼へか諸共倒れたアルマウェルへなのか、小言を口にするトゥーリッキへか。誰に対してなのか小さく侘びを零すも、眼差しは雪煙の収まりはじめた入り口から離れない。
キィ…―――入り口へ向かう歩みはなく、車椅子が軋む音を立て寄れば、身を乗り出し雪に埋もれるアルマウェルの腕を掴んだ。力を入れて引けども踏ん張りの利かぬ車椅子の上では、彼の身を引きずり出すには至らない]
言ったじゃないですか。
僕に出来る事は、少ないんです。
ここにある薬で今すぐ僕に出来るのは時間稼ぎだけでしょう。
…でも文明の波が何ですか。
どんなに残酷だろうと時は流れます。
それでも…―――
どういきるか選ぶのは自分です。
[車椅子から身を乗り出し、力を籠めてぐいぐいとアルマウェルの腕を引くも、地に足をつける事はしない。茶の入ったカップはいつしか床に転がり、薄汚れた床を更に黒ずませて、彼の腕を掴んだまま勢いよく振り返りトゥーリッキを顧みた]
…―――、…手伝ってください。
病に冒された人を癒すなら彼の力が必要です。
…ひとにとっては、必ずしも
滅びではないのだろうけれどな。
けものには、違う。
流れ流れて辿り着いたあたしには、違う。
[――窓外に、ちらちらと松明の灯りが過ぎる。]
[松明を持つ村人たちの様子に、凍る湖上の祭壇へ
ドロテアを捧げた折のような躊躇いは窺えない。
おおかみの届かぬ屋根に上った村人たちが、
狼遣いを小屋諸共焼こうと火矢を用意し始める]
…
ああ。
長老さまは…「癒す」おつもりのようだな。
…
あんたが「変わらない」と言ったのは、
レイヨ。
変われないことへの方便だったのだな。
[手伝いを求める求道者へはそう言い落とす。
埋まる者へ歩を寄せると、ぎ…と床が軋む。]
…。では、選んだままに。
せめて、けものの性で。
儘にあじわって―――愉しむ、さ。
…彼女なら何かしてくれたかも知れません。
貴方が狼に村を襲わせる理由が病なら…
望みと評する彼女だけでも全て告げればよかったんだ。
確かに彼女はここにいる彼に殺されました。
でもそれは貴方が…
口を開かなかったからでもあると思います。
その術を僕よりずっと貴方は握っていた。
[窓の外に見える焔の揺らめきは松明だけでないけれど、寒さを凌ぐのにやっと用を足すだけの崩れかけの小屋は、人の力に抗う術を持たない。獣の滅びを想えど眼差しは狼にも白蛇にも移らず、眼前にある群れの頭角を捉えるまま]
飼い馴らされるのと…
獣にはどちらがマシなんでしょう。
[煽動される狼に対してだけでなくぽつり呟いて、零した呼気は隠し切れぬ想いに微か震える。トゥーリッキの言葉に面持ちを違える事はなく、引き出せぬアルマウェルの腕をまた引いた]
…どう受け取られるも受け手次第です。
僕はその前言を訂正はしません。
[トゥーリッキの言葉を前面から否定せずも、容れず答える声は静か。軋む床は抜けず、引く腕に添えられる手はあるだろうか]
………結局は、貴方から奪わせてしまう…
わざわいの先触れたる我らが潰えるなら、
そののちの「望み」…そういう意味だ。
けものの理にひとの理でもって
つきあってくれる必要はないよ、若先生。
[抱いた望みの小ささ故に、遣い手は話を切る。
確かめることが出来るのは重ならぬ性(さが)ばかり]
歩まぬレイヨ、と呼ぶ訳を
言ってしまわねばならんかね?
[車椅子の脇をやわらかく踏んで進み出るのは、
遣い手の傍らへ添っていた一際大柄のおおかみ。
半ば生き埋めとなったアルマウェルの乱れ髪を、
襟元をすこしの間くんくんと嗅いで――――
ぞぶり。
アルマウェルの肩口へと牙を深々うずめた。]
…引け
[本来ならば、告げる必要も無い下知は短い。]
引っ張り出して、生きていたなら
手伝ったことになるのだろうよ。
[瓦礫混じりの雪のなか、使者の全身は果たして
如何なる状態だったか。引出す力は*容赦ない*]
…―――律儀ですね。
[切られる話へ返した言葉は短く、前髪に隠れぬ面持ちは酷く…―――続いた言葉へ引き結ぶ口元は笑まず、眼鏡の奥の眼差しだけが細まった]
望まれぬ言葉なら求めるのは気が引けますが…
お聞きできれば幸いです。
[寄り来るひときわ大きな狼の開く口―――覗く鋭い牙はアルマウェルへ深々と刺さるも、前髪に隠れる眉が痛みを思い潜まれど苦言を呈する事はない。引かれる力に助けられ、彼は雪より引きずり出されるだろう]
[蛇と狼を遣う者と車椅子の男の会話に
僅かに眉が下がる]
病、か。
全然気づけなかったねえ……
もし、少しでも気づけたなら。
もっと違うことになれていたのかね?
[為される事に、けれど視線は逸らさず。
ただ、帽子をぎゅっと深く。]
見えずも見えるその景色。
松明が、火矢が、そこかしこに見えようか。]
見届けるまでは、死んでも死にきれねーわな。
[もう、何も出来ない体。見ることしか出来ぬ。
それでも――]
今も俺は、無力だとは想ってない。
[ドロテアには聞こえようと聞こえまいと、呟き。]
[ウルスラの声に、ちょっと間考えて]
――どうだろうな。
あのバカが、何もかも隠したままじゃ――
変わらなかったかもしれんし、変わったのかもしれん。
[ふ、と小さく息吐いて]
もしこうだったら、なんて、
……なってみなきゃわからんもんだ。
ま、タラレバの話なんて
しても意味はないってことだね。
[やれやれ、とばかりに軽く天を仰いで]
それにしたって、どうして隠したのかって
気持ちには変わりないけどね。
何も言わずに気付け、ってのも酷い話さ。
ま――そうとも云うな。
[タラレバについては肩竦めて告げて]
そうだな――だから多分、ばかなんだよ。
俺に言われちゃ世話ねーだろーがな。
[知己の想いの全てを汲み取れるわけではないけれど、少なからず抱いた感想はやはり、その一言で。]
[知己を眺めやる目は敵意でも慈愛でもない。]
お前の死を望むわけでも、狼の滅びを望むわけでもない。
ただ――この村と、
俺のつまらん意地で、レイヨを生かしたいだけだ。
[そうして、牙に引かれる使者には目を細め]
お前も、んなとこで、死ぬな。
やることがあるはずだ――……、まだ。
[小屋の外の状況と、小屋の中の状況と――
きっとどちらの時間も、あまり*ない*]
[降ってきた物らの下敷きになった男の左肩から、赤が零れ出る。狼の死骸は衝撃で外れはしたが、すぐそばに。引き裂かれたようになった傷口は熱を持ち痛み]
……、
[声はあげずも、眉を寄せて。脱け出そうとするが、自力ではなかなかうまくいかず、試みながら二人が話すのを聞いていた。松明は見えなくとも、その話と近付く気配から、曖昧な状況は知れ。ウルスラの話には、少しばかり目を伏せたか。レイヨには腕を引かれるがまま]
……――が……っ、……
く……
[けしかけられる大きな狼。肩口へ牙を突き立てられて、目を見開く。先よりも色濃く表情に苦痛を滲ませながら、引き摺り出され、やがて雪の外へと解放された]
[すぐに立ち上がる事はできず、細くも荒い呼吸を繰り返す。額には薄く汗が滲んでいた。深く抉られた肩。左腕は、少なくとも、暫くは動かせないだろう。溢れ出る血は体力を奪っていく。瓦礫で幾箇所か付いた切り傷と擦り傷や、衝撃による打撲もあって]
……嗚、呼。……
[喘ぐように息を吐く。その場に倒れ伏したまま*]
否定はできないし、するつもりもないけどね。
――馬鹿だよ、大馬鹿だ。
[カウコの言葉に漏れる嘆息]
生かしたい、か。
ん……、
間違っても死んでほしいとは思わないけど
ただ、今の状況で生き残るのも酷かも知れないよ?
その意地をつまらないとは、少しも思わないけどさ。
[ずるり、引き出されるアルマウェルの肩の傷口からは、紅い血が流れ続けていく。独力で起き上がる事もかなわぬらしき彼の身を引き寄せ肩を抑えて、トゥーリッキと助力をくれた狼へ浅い礼を向けた。
車椅子の背に隠し置いたナイフで服を裂き、出血の酷そうな肩の傷を裂いた服で縛る。車椅子から身を乗り出し、傷だらけのアルマウェルに手を伸ばして引きずり上げ、無防備な背をトゥーリッキや狼や蛇へと向ける間]
…付き合い方を覚えてからでも遅くないはずです。
[忘却の術を持たぬアルマウェルへ、奮い立たせる強さはなくも回復を願う態で静かに囁く。大雑把な応急手当を済ませると、手を離せど彼の身は車椅子に座す膝元に寄りかからせるまま]
酷でも、生きなきゃ――話にならんだろ。
次を考えるのは生き残ってからでいい。
[それも我が侭だと知っていながら。]
それに、当事者が生き残らないと、
――……。
[続く言葉は飲み込まれたけれど、やはり酷なこと。]
なかったことにしないために、生きるんだよ。
死んだ俺が言うのもおこがましいけどな。
[深い息ひとつ、落として。その先に見る*結末は*]
[アルマウェルが発する苦悶の呻きは耳に憶え、
イェンニの血を煮上げた腸詰めを喰らい終える。]
…――律儀かもしれん。
[血錆めく甘さの残る指を舐りながら、身を屈め
ビャルネが残した飾杖を じゃらり 拾い上げ]
なので、差し出されたものは受け取るとする。
[背を向けた車椅子の青年、その肩越しに――
遣い手が鋭く突く杖先は、吸いつく如く向かう。
身を起こされ、苦痛に喘ぐアルマウェルの喉へ。]
望まれぬ言葉を 求めた
*対価を*。
いきますよ。
[アルマウェルのわきの下に腕を差しいれ、ぐ、と彼の身を持ち上げ地に立つ。ギヂギヂギヂギヂ…―――非難の音は一気に高まり、ばらばらと天井は崩れ始めた]
僕は彼らの毛を呑みました。
…ツケの支払いの一部は彼らに求められるかと。
早く遠くへ逃がした方がいいと思います。
[車椅子から立ち上がった求道者は訥々と変わらぬ口調で語り、差し出すものを受け取ると言うトゥーリッキを振り返らない。ガタッガタン―――崩れ落ちる柱は寝台の上へも、つつかれていた鍋の上にも降り注ぐ]
…―――トゥーリッキ…
僕はもう奪われました。
[笑まぬ口が嘯いた冗談めかぬ言葉は崩れ落ちる小屋の悲鳴にかき消され、崩れる小屋の外へ杖先の迫るアルマウェルを力いっぱいに放る。村人は崩れる屋根の上から慌てて飛び降りるだろうか、何人かは倒壊に巻き込まれたかも知れないけれど、確かめもせず杖に突かれ倒れる視界には紅いマントが*揺らめいた*]
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