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あ、お姉さんだ。
[相変わらず綺麗な人だ。血化粧なんて女の美しさには叶いっこない。]
いいでしょう。夢が叶ったんだ。
お姉さんは、何かあった?
ボクは、昔から何でもやったことないことをやってみたいんだ。
こうしたらどうなる、だとか、そもそもただ単に体験してみたいだとか。
[夢を訊かれれば嬉々として語る。誰かに話しかけるのも好きだが、話しかけてもらえるのはより好きだ。]
でもさ、それで捕まったら最低だろ?
そんなのいい体験とは言えない。
だけど今日はいい日だ。
だって誰も、咎め立てはしない。
だから一番やってみたかったことをやってみたんだ。
楽しかったよ!
[いつもの張り付いたような笑顔ではない、それこそ心からの、心底の笑顔。]
ボクの手で、人が死んだんだ!
ううん? ボクに?
そうだな、"殺す"はできたけど、"死ぬ"のはまだやったことがないからな。
悪くない提案だよ。
[近寄る女の、肉欲煽る肢体。
瞳同士が合わさる。彼女の帽子を濡らした赤が、よりリアリティを呼び起こした。]
身体は、なあ。
どっちでもいいや、そこまでは。
死ぬ間際に女抱きたいとか、そういう下世話なこと考えるほど、飢えてないし。
でも。
[触れそうな唇同士の間、一本人差し指を差し入れてから。]
キスしてよ。
最高のやつ。
だって、最後のキスが死人とじゃ、悲しいでしょ。
[ああ、そうだ。あの時またねって言ったんだった。
今度は幽霊同士でキスすることになるんだろうか。]
好きって言ってよ。
[伸びてくる舌を、迎えるように唇が開く。
自然と、眼鏡の奥の色が細まった。]
[唇とその奥で繋がっている間は、言葉を発そうとしない。
問いかけには肯定の意で頷いただけだ。
眼鏡が取られることに抵抗はしない。
どうせあと何時も見えちゃいない視界なのだろうから、割れてしまったっていい。
詰めた息を吐く。口吻をする女は、ひどく焦れったく感じて、そのまま噛み付いてしまいたくなったけれど、耐えた。
深く重なるなら、熱い舌同士で交わることを求めた。]
ん、
[くぐもった声が鼻の奥から漏れた。
耳に触れる指先。擽るようにささやかに動くだけなのに、みだらに思う。
首に触れれば、否応なく傷のあったあの首を思い出した。
ぱっくりと。白いものすら、覗かせて。
その逆さまを辿るように、ウルフの首だって、
――――別の女のことを考えてしまった。
人生最後のキスなのに。目の前のいい女が、こんなに扇情的なのに。]
[ああ、そうだ。
あの時傷口の開きを教えたのも、この唇だった。
ぱっくりと。今にも、何かを補食しそうな。
その唇に、今喰われている。
言いようのない満足感に、ただ酔った**]
……キミのこと。
[そう言えばこの女は喜んでくれるのだろうか。
指先は首を辿る。首は命を繋ぐ生命線だ。
力が入り、死への期待に喉がこくりと鳴った。]
[女の力は、踏み込んで耐えようと思えばいくらでも耐えられた。
それでも、ふらりと傾いだのは、ひとえに抵抗する気の無さ故に。
かつてこれほどまでに殺されることに従順な男がいただろうか。]
優しく、してよ。
[ここがビトウィーン・ザ・シーツなら、きっと言うべき立場は間逆であるはずの言葉。]
めちゃくちゃに、されてもいんだけどね。
[女の体重。その重さが官能的だ。
また、自然詰めていた息を深く吐いた。]
そうするのは、どっちかってと、ボクの趣味、だから。
いいんだ。
[泣きやしない。はずだ。
受け入れるように、目を伏せる。]
[女の言うとおりに、目を閉じたままでいる。
あ、そうだ、と、何かを言いかけて、唇が開いたのに。
その先は紡がれることがない。]
がッ――……、
[細いヒールを突き立てられて、具合良く開いた口からは、低い呻きが漏れた。
呼吸が妨げられるような衝撃。意識が瞬間飛びかける。]
[この男、稀代の変わり者ではあるが、喧嘩はそうそう強くない。
人の神経を逆撫でするのは大好きで、何を言ってもただけらけら中身の無い笑い顔を向けるだけだったから、そりゃあもうよく殴られた。
殴られたのに、強くはならない。
一方的に殴られているだけなのだから、当然だ。
死ぬのなんて、そんな痛みたちの集合体だと思っていた。
この世界ではあっけなく人は死ぬ。
だから自分もあっけなく死ぬんだと思っていた。]
[ぞぶり、ぞぶり、ヒールはおかしな位置から体内を壊していく。
痛いのか痛くないのか、熱いのか冷たいのか、どれもこれもがその一転に襲ってきているような気がする。
頭が痛い。痛い? これは痛いのか?
めちゃくちゃにされているのはそこじゃないはずなのに、脳の芯からぐちゃぐちゃだ。]
い、ぁが、
[伝えたい言葉は出てこない。ウルフもこうだったのか、と遠く過ぎる。]
――――ッ!!
[なのに思考は。
踏み下ろされた足の狙いにかき消される。
もう、痛いではなくて。
脳天を突き抜ける白いフラッシュだった。]
[ゆるく首を振った。
喉は絞まって、うまく呼吸すらさせてくれない。
喘ぐように口を何度も閉じ開きして、自意志の及ぶ範囲が狭くなっていく。
そんな中で、左右に振られた首は、今までしに従順だった男の見せた、初めての、ささやかすぎる抵抗だった。
もう、声を出せるほどの力はない。
けれど死ぬこともまだ許されていない。
ヒールが身体を貫く度にびくりと大きく痙攣するだけだ。
それを痛みとして認識できているのか、もう定かではなかった。]
[頬に触れる手。
その手に、揺らいでいた首も、止められてしまう。
ほんの僅かな生の抵抗も、もう。
うっすらと、閉じたままだった目が開く。
最期に女の顔を一目見たかったからなのか、それとももう筋肉の力が抜けているからなのか。
己にすら、知るすべはない。]
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