もう、お終いにするん。
……でも、
[わがままを言うのなら、探して欲しかった。
見付けて欲しかった。
崖の下を覗けば、土の被った制服が遠くに見える。
あの年消えた少女は、2人だったと。
村人が知るのはいつのことか。]
−現代・神社前−
……ふぁ
[ふと目を覚ます。
どうやら苺大福を食べた後、そのまま寝ていたらしい。
先程まで自分は、夢を見ていた気がする。]
……あ、れ
[つぅ、と頬を伝う雫。
手に触れると、微かにあたたかい涙だった。]
おかしいなぁ……なんで泣いとるんやろ
[制服の袖で涙を拭い、笑うように意識する。
と、自身の腕に巻かれた赤い組紐に目がいく。]
[夢で見たそれに似ているものの、鈴のない組紐。]
まぁ……そういうんは、ちゃんと……
自分の声で言わんと、あかんよなぁ。
[誰に向けてでもなく呟くと立ち上がり、既にはじまっているだろう祭りの中へとかけていった。]
……?
[つんと抜けるような甲高い音が聞こえて顔を上げる。
餅肌の背中や、その向こうに大小の人影がぼんやり見えた。
手の力が抜けた拍子に、雑誌は風になびいてハタハタと音をたてた]
何であいつらあんなに遠いんだっけ?
[フユキを見ようと辺りを見渡す。
頁と頁の間から舞い上がった白い蝶が、視界を横切った**]
[何処か別の場所に行きたいと思っていた。
店を継がないという選択肢は、自分の手から遠いように思えたから。
神隠しについての記述がある文庫本を読んでいた年に一人の少女がいなくなって。
只の偶然だと思いつつも、得体のしれない恐ろしさに頁を手繰る事を辞めた。
それなのに――モラトリアムの終わりを恐れ、自分の意思を伝える事を半ば諦めて
誰かに何かを変えて貰う事を、期待した。]
[一年此処に居てみて感じた事。
この世界は、寂しいという心が溢れているように思う。
まるで誰かに見つけて欲しいと、‘鳴’いているような。
そんな世界に招かれた自分は彼方では死んだのか。
捜索隊の姿は見ないようにしていたから、分からない。
少なくとも、招いた人を満たせたわけではない事は、変わらぬ‘寂しさ’が知らせている。]
[>>4――澄んだ音が、した。
寂しげなその音をこの一年の間に幾度か聞いたようにも思う。
音のする方にいたのは、神社の跡取り息子と、少女。
彼女の周囲で飛ぶ真白の蝶が、ひどく懐かしいと感じた。
もしかしたらこの世界に自分達を呼んだのは彼女かもしれない、とも。]
……覚えてない?
まぁ、俺もその辺りはあやふやなんだけど。
多分、俺達は神隠しに遭ったんだよ。…杏奈ちゃんと同じように。
それでもう、一年も過ぎてしまった。
[>>5スグルの問いかけには努めて冷静に返す。
漫画雑誌の頁の間から舞い上がった蝶の行く先を見つめながら。]**
じゃあ、隣村まで行くわ。
話の続きわからなくなっちまう。
[そう立ち上がると自転車を探してその場で回転して辺りを見渡す。
360度回っても見つからない、だから動きを止めることが出来ずに景色は渦巻いてやがて、暗転]
― 2016年 ―
[遠くの音が段々と近づいて、それが獅子なのだと認識するのと、鼻のむずがゆさで目を開いたのはほぼ同時]
何!? 何かぞわっとした!!
[本殿裏手のそのまた奥にある樹の根元で奇声を上げる。
黒い蝶を手にしたアンが無表情でこちらを見ていたが、何も言わずに去って言った*]
何か言えよ……!
…帰れたのかな。
[しん、と静まり返る境内。
杏奈は何処に居るのだろう。視線を巡らせても見つからない。]
――俺は、
[かえりたい。
だけど]
…放っておけないんだよね。
[青年は眉尻を下げて笑う。
一年、この世界に身を浸していたからだろうか。
招いた本人が誰かを知っても、恨む事も出来なくて。
鈴の音がする。
迷い子のように頼りない、か細い音だ。]
[少女が‘終わり’にしようとしている事を、青年はまだ知らない。]
親不孝な息子を、許して下さい。
[――どうか、この寂しさが僅かばかりでも癒えますように。
そう願いながら、青年はそっと目を閉じた。*]
―2016年・出店―
…え、寝てないよ?!
[妹に肩を揺すられて、青年は慌てて口元を拭った。
どうやら涎は出ていないようだ。
寝てはいない。恐らくは。
只、少しぼぅっとしただけだ。
そう言うと、熱中症かと騒がれるだろうから言わないけど。
――少しだけ、寂しいような。
何が原因かは分からないが、青年は宥めるようにそっと左胸の辺りを押さえる。]
…あ、いらっしゃいませ。
一杯如何ですか?
[妹の声に我に返ると、青年は出店に視線を向ける客に笑顔を向けた。
聞こえてくる祭囃子に耳を傾ければ、寂しさも紛れるような心地がして。
青年は接客に集中する事にした。
本蔵酒造は、秋祭りでは毎年、自分の蔵で作った清酒と近隣の村で作られた地ビール、そして幾つかの清涼飲料水を販売している。
お手軽な紙コップ一杯から一升瓶まで。一杯300円とお買い得だ。
道の向かいにある、親戚の柳樂商店の出店の方が置いている商品の数は多いだろう。]*
[ここまでは祭りの喧騒も届かない。
時折何かの羽音が聞こえるのが不気味だ]
何か此処、寂しくなるな。
[赤の咲く崖の縁に近づいて、上体を傾ける。
股のぞきして村の賑わう辺りを想像して数秒、立ち上がった**]
[それにしても、いずれ神職に就く青年は、いったい誰と話をしているのだろう。
彼の視線の先には、黒い蝶が群れかたまって羽ばたいていて、覚えのある少女の声は、そちらから聞こえていた。]
──蝶の声……?
[蝶たちは、やがてかたまったまま遠ざかってゆく。]
『…人に声を届けたいと願う時は話においで。』
[蝶の群にかけられた声は、妹を慈しむ兄のもののように聞こえた]
*
あらあら、双季ちゃん。ちょうどいい時に来たのね。
[境内の人ごみの中に、先ほど会った少女の顔を見つけて声をかけた。]
焼きたてよっ。
[両手には焼きそばが一皿ずつ。
盛りの少し多い方を差し出す。]
[神社の裏へ。その先へ。ちりんと鳴るほうへ。崖のあるほうへと歩みを進めただろう――――
―――それは1978年、秋祭りの日のこと。]
[崖から離れるにつれて祭りの音がどんどん大きくなる。
提灯の明かりにほっとしたその時]
やっべー、霊感とかないのに。やっべー。
ないないない。
[手をたたいて呼ぶような音が聞こえた気がした]
――『黒い蝶をみたのなら、父さんに言いなさい。なあに、すこしばかり話を聴きに行くだけさ』って昔から言うけど、父さんには何が見えてるんだな?
[首をかしげる当代の餅肌はまだまだ修行も霊力も足りないようだ。]
それより苺大福……!焼きそば大盛りはちょっとばかり出費がだけど苺大福には変えられないんだな……!
[不良跡取りがしっかりと神社を継ぐのはまだ、遠い先の話なのだろう。秋祭りは続いていく――]*
[園長と話している双季らの姿を見とめたなら、何故かほっとする。
その理由は、今の青年には分からない。
祭りの最中に双季が出店の前を通った時には、笑顔でこっちにおいで、と招こうか。
彼女は未成年だから酒類は出さないけれど、ソフトドリンクはあるから。]
[ふと、客と笑顔で話している妹の姿を見る。
もしも妹が青年の‘兄’だったなら。
きっといいリーダーとして酒蔵を仕切ってくれるだろう。
青年がいなくても大丈夫なくらいには。
――時折、そんな事を考えないではいられない。
それでも。]
…俺が、此処に居たいからいるんだ。
[そうして来年も、再来年も。
*この村で秋祭りを。*]