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[名を呼ぶ夜の間の声に、彼は心のうちで少し笑った。
彼女の苦しさを、彼は知らない。
人狼の飢えを、知ることもない。
知ろうともしない。
人狼は人を喰らうものだというのに、彼女の声はとても、弱く感じられた。
だから、ことさらに優しく聞こえるように、声を伝える]
君が苦しい想いをしてしまうなら、
食べた方が良いと思う。
大丈夫、狼がいると気付かれても、
君たちがそうだと気付かれなければ良いんだ。
……なんなら僕が見張りをするよ。
彼女は、――
ほかならぬ君に食べられるなら、抵抗なんてしないと思うけど。
怯えも、慌ても、していなかったように僕には見えた。
君が来てくれたら、嬉しがるかもしれない。
あさましくなんてないよ。
[イェンニに囁いて、扉を開ける。
小さな扉を開く音が、人狼の耳には届くだろう。
ドロテアの部屋の戸が見えるくらいまで扉を開けて、部屋の中からそっと廊下を覗く。
人がきたら、すぐ警告を、声ならぬ声で伝えるために]
[伝わる声に、彼は廊下を見ながら、嗤う。
歪んだ笑みだった。
邪魔をするような不粋な事はしない。
もうすぐ朝を知らせる時間。我に返ったような彼女の言葉に、
彼はそうだね、と答えた]
君が彼女の部屋に行くのは、不思議じゃない。
悲鳴をあげて、抱きしめて、泣いていればいい。
君は親しい人を亡くした被害者になる。
[ヴァルテリは逃げるしかないだろうけれど、と。
彼もいるようなら、そんなことを囁いて]
こっちのドア、閉めるよ。
大丈夫、誰も通らなかったから。
お礼を言われるようなことなんて
[声は少し笑いを含んで返される。
ヴァルテリが帰るというのなら、それまで見ていようと、戸を閉めるのはやめた。
もし血の滴でもついたら大変だ、と思ったから。
そして一人の人狼の悲鳴があがるのは、それからほどなく――]
― 夜 ―
[居間にやってきたマティアスに、少し目を見張った。
縄を外すのに否は唱えない。
違う場所の話をヴァルテリがするのを、いつもより興味深げに聞いていた。
やはり、余り自分の方から何かを尋ねたりはしなかったが。
そうして皆が部屋に戻る頃、自分もまた部屋に戻った。
一人で部屋に入る事に、何ら恐怖があるわけでもなかった]
[ヴァルテリの視線に、笑みを返す。
隙間から覗く姿は、先程までの食事の様子をうかがわせない]
――閉めるね、
気を付けて。
[ドアの隙間から小さく手を出して、振って、
ぱたり、と、戸を閉じたのだった]
― 早朝 ―
[イェンニの悲鳴に、彼は目をこすって、扉を開ける。
ドロテアの部屋の扉が壊れているのは、見て取れた。
部屋の中までは見えないけれど、そのにおいは、彼のところまで届いていた]
――…
[まだ少し眠そうにしていた目が、細まる。
ドロテアが、妹が。
そんな叫び声に理解する。
つまり、供儀が殺されたのだ、と]
[顔を上げたのは、扉の開く音が聞こえた後。
廊下に出てきたヴァルテリの姿が見えた。
小さく頭を下げて、壊れた扉の、ドロテアの部屋の前へと歩いてゆく。
――近づくにつれ、血の匂いが酷くなって、
廊下の床に視線を落とした]
ヴァルテリさん…
[呼ばれ、少し沈んだような、静かな声で返す名。
それから視線を、扉の方へと向ける。
彼が戸を開く先をのぞく。
部屋の中は、血の海のようだ。、
イェンニがその赤の中、赤くそまったものを抱きしめていた。
供儀の少女が流した血からも、
彼女が死んでいるのは、明らかだ]
……僕だっていますよ。
[二人の会話に、そっと言葉を紛れ込ませる]
――死んだ者を見る者がいるなら。
いなくても。
僕が、それだと、言えばいい。
[イェンニがヴァルテリの名を呼ぶ。
呼ばれた彼は入ってゆく。
自分は、少し扉の前で立ち止まった。
赤い血の中、むせかえるようなにおい。
部屋の扉の前に佇む形]
信じてくれないかもしれないけど、
――ヴァルテリさんが、死に急ぐのも、いけない。
僕はそう思うよ。
[ゆるく、笑みを作る。俯いた顔の下、表情は見えない]
生きてなきゃね。
――大丈夫、ここにはおあつらえ向きに、人がそろってるじゃないか。
また、見張るよ。
他の人、食べるといい。
――…ちゃんと見張っとくから。
終わったら、逃げないとね。
[自分は食べられないけれど、見張りくらいhできると
申し出をして]
ん、人が来た。
[小さく声を落とした]
[歩いてくるクレストに、視線を向ける。
扉の前、見せない方がいいだろうか、と。
立ち尽くしたまま、彼に言葉を投げる]
……見ない方が、良いと思、います。
[一応、控えめな静止の言葉]
血だらけ、
イェンニさんは、
――…落ち着いたら、落ち着くために、かな。
何か、あたたかいもの、作りますね。
[こちらのほうにやってきたヴァルテリへ、そう小さく言う。大丈夫だろうかと、視線は心配げに中へと向かったが。
それからクレストの様子を見て、]
……見ない方が良いです。
下、居間のほう、行きませんか。
[心配そうに、声をかける。どんなことを考えているのかはわからないが、ここから離したほうが良いのでは、と]
[そこまで強く止めたわけではなかったから、クレストが見るというのなら、彼は邪魔をしなかった。
先に階下へと行くヴァルテリに頷いて]
温かい物はおちつきます。
……僕も、すぐ行きます。
[一応、クレストの様子を見る為に、この場から見送る。
それから、中を見る人を見ると、彼の口がなにかを語る。
――慣れていないから、読み取るのは難しい。だけれど、何度か自分の口を動かして]
……ごめん?
[何故そんな言葉を、と。
意識を失った体を見下ろす。
運ばなければと思うものの、彼の力はそこまでない。
困ったように室内を見て、それからだれかくるまで、その場にとどまることになるのだった**]
倒れちゃったね。
刺激が強かったかな。
……イェンニ、ほかにも人が来たら教えるから。
[自分はその戸の前で、ほかの人の応対をするつもり**]
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