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そういえば、お前さ、和菓子の洋菓子化に反対してたよな。
[キクノはこくりと頷く。
近年の和菓子の売上の低下。洋菓子──スイーツへの流れ。職人の反発と若手の後押しに挟まれていて、あんまり寝ていなかったかもしれない]
無理して変らなくてもいいのかもな。うちはうちだし──な。
[一番自分が逃げてしまいたかったのは老舗の和菓子屋を継いだ頃だと思っていた。
その頃は山のような重圧に耐えつつ、がむしゃらに、何とか片付けてきた。
新たな一手を打とうかと言う時に、逃げたくなるって言うのは何だろうか]
焦ったのかもな。ま。羊羹でも食いながら、ゆっくり考えるか。
[猫村さんに入れてもらったお茶と羊羹を食べていると、朝から羊羹なんて太るよ、とキクノが笑う]
お前少し太ったほうがいいんだよ。まじめな話。
ほら、ソラさんみたいに──。
[それは夢の中に出てきた女性。
誰よと聞かれて、少し口ごもれば何か誤解をされたよう]
イヤイヤ。ええと、知り合い。
[適当に答える。
さらに誤解されているかもしれないけれども、なんとも説明のしようがない]
ほらキクノ時間だしそろそろ行かないと遅刻だぞ。
[無理やり話を切り上げてキクノを見送る]
じゃあオレも行ってきます。よろしくお願いします。
[猫村さんに挨拶をして家を出る]
森を出て、駿河の国に出なくてもいいか。
[吹いてくる風に目を細める。
夢で感じたような、涼やかな風]
のんびり行こう。無理に変らなくてもいい。
[楽しそうに笑いながら、歩き出す。
変えないことでまた何かあるだろうけれども、*実に迷いがなく*]
―マンションの一室―
[いまいち弱々しいベルの音が響いている。時々途切れかけながらも、そのベル――四角く小さな目覚まし時計――は、部屋の隅、机の上、倒れる気配も、仕事をやめる気配もなく]
……う、……
[机に突っ伏していた男が、ふいに身じろぎ。少しの間を置いて、またやや動く。それから緩慢な動きで片手を目覚ましの方へ伸ばし――ぴたり、とベルが止まった]
……。
[ゆっくりと瞼を開き、顔を上げ、尚ぼんやりとした様子で周囲を見回す。ずれた眼鏡を押し上げてから、ふう、と小さく溜息を吐き。
顔と腕の下敷きにしていた原稿用紙、そこに書かれた文章――隣人がいつの間にか未知の生物と換わっていたという内容の小説だった――を見下ろして]
……こんなものばかり書いているから……
あんな夢を、……
……どんな夢、だったかな?
[独りごちる言葉の最後は、疑問系だった。
覚醒を促すように軽く頭を振り、男は椅子から立ち上がる。閉め切られたカーテンを開けては、日の眩しさに目を細め]
[何か、化け物になっていたような気がする。そして大抵お腹が空いていて、何だか、甘いものが美味しかった。それか、食べたものは皆甘かった、か?
そんな事を考えるでもなく考えながら、男は台所に向かい。やがてコップ一杯の水を手に机の傍へと戻ってきて。コップを机上に置くと、引き出しから内服薬と書かれた袋を取り出し、開きかけて――]
……ん?
[電話が鳴る音に、動きを止める。
袋を一旦机に下ろし、電話がある方へと歩いていき]
[がちゃり。電話がとられる音]
……はい。石田です。
あ、……朽木さん。
寝て……いえ、はい。寝てました。
今日、ですか? ええ、私は……大丈夫、ですが。
[しばらくの間、会話が続き]
はい。
では、また後程。
[通話が切れる音。がちゃり、と受話器を置いて]
ー日本家屋の広間ー
[最後の蝋燭を消して数回瞬きすると、目の前に闇が広がりました]
さようなら、にせもののお母さん。
[リウに別れを告げると、暗闇の中に瑠璃色の丸い目が二つ]
瑠璃。お前も一緒の夢を見ていたの?
[瑠璃と呼ばれた黒猫は、少女の頬をぺろりとなめて、大きなあくびをしーー引き戸を開ける音がすると立ち上がり、にゃあと鳴きました]
お母さんかな?
[ただいま、という女性の声に少女は起き上がり、玄関に向かいました*]
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