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― 駅前公園 ―
[恐らくは、省吾の聞いた声はチカノの物なのだろう。
幼馴染が消えるところをはっきりと見た者は居ない。
けれど、この場にチカノが現れていないという事実と、公園に着いた時から心を支配していた予感のようなものが囁きかける。]
…時計の針は。正しい向きに、回っているの かな。
[誰にともなく零した言葉は、茫漠として掴みどころのないもの。
壊れた時計。頭上に飛んできた光の出所。
………そしてまたきっと、誰かが消えて。]
―――…
[刻一刻と時間が過ぎてゆく。
各々が思い思いの方向に散開してゆく。
暫くは物思いに耽るよう、噴水を眺めていたが。
はっ、と我に返ったように、顔を上げた。]
……行かなくちゃ。
[省吾さん、と、傍らに居た人を見上げた。]
ワスレモノの欠片。
集めに、行こう?
[言葉少なだが、見詰める視線が語るだろう。
もしも彼が"刻"に向かうのなら、先刻の約束通り自分も行く、と。
たとえ朧げな記憶でも、きっと直感の先に何かがある。そんな気がしたから。**]
……菊子ちゃん。
[拒まれなければ、菊子の背をそっと撫でて。
何かに怯えているのか、自分よりもずっと年下の少女がより小さく見えた。]
行ってくる、ね。
和真くんも、ヂグさんも。
[もう一度この場を離れると公園の面々に告げ、
省吾に付いて、少し小走りで歩き出す。
その手に荷物があることをもう一度確認してから、前方を見据えた。]
[駅前公園から海岸通りをゆき、刻へと向かう。道中歩調を合わせてくれることに気付けば礼を言いながら。
目的の場所に着くまでの間、きっと言葉は少なかった。
やがて、涼やかな音色響かせ、「刻」の扉が開く。]
― ギャラリー「刻」 ―
お邪魔しまー…す。
[外装をしげしげと見上げてから、どこか他人行儀な挨拶と共に、省吾の後に付いてそろり、足を踏み入れた。]
…、うん。
そうですね。少し、狭いかな。
[内装をぐるりと見回して、素直に頷く。
言う通り狭く感じるのは、衝立のためもあるのだろうか。]
“現在”と似ているのに、何処か違う……空気だとか、後は、香りも。
でも わたしの記憶にある何処かと、此処は似てます。
……何か気になる感じ。
[不思議な感覚に囚われる。
確かにここは、自分の知る「刻」ではないのだけれど。
記憶の隅を刺激する何かが、此処にある。]
あ、っ…… はい。
行ってらっしゃい。
[断りを入れて店の奥に入ってゆく省吾へと声を掛けたところで、ふと、視線が窓辺のテーブルへと吸い寄せられ。
上に置かれたものに気付くや否や、息を呑んで其処に駆け寄った。]
[そっと、指先が茶封筒をなぞる。
見慣れた形、見慣れた色、指慣れた厚み―――そして]
………父さん。
[楠見時哉。
見慣れた文字と名とが、其処に記されていた。]
[父親の写真は、両親の死後殆どを引き取った。狭いアパートの収納の関係で処分せざるを得なかったものも、データ化して残してある。しかし、封筒に収められていた写真はそこには無いもの。
……否、手元には残っていないが、確かに昔、何処かで見たことのある作品たち。]
来てた、みたい。
何処か、じゃなくて、此処に。
[省吾のワスレモノ探しの邪魔にならないように、と、囁くように呟いて。
写真を一枚一枚胸元に掲げ持ち、展示場所の壁にあてがってみた。
空の写真は此処。異国の街並みと少年達の写真は此処。田舎街の風景は……そう、こちらの向きに展示されていたはず。]
[全てを配置し終え、床に座り込んで息を吐く。
封筒の中には一枚だけ展示場所の分からない写真があったのだが、それはその筈。作品でも何でもない、小さなスナップ写真だったから。
“海の写真コンクール 【中学生の部】”と書かれた垂れ幕を背に、表彰状を持ってピースを作る制服の自分と、母親と―――]
……… 馬鹿ねえ。
こんなの間違って「作品です」なんて見せたりしたら、
ただの、親馬鹿 だよ。
[くす、くすと忍び笑いを漏らす。
同時に、ぱたりと、室内に降るはずの無い雨が落ちた。]
[この写真を撮った時、自分は何と言っただろうか。
両親は何と返してくれただろうか。
多分きっとそれこそが、自分の心の忘れ物なのだろう。]
間違って紛れ込んだんだろうけど… もう。
…わたしのうっかりはどうみたって父さん譲りじゃない。
[じと目で封筒を睨む時には、目元はもう乾いていて。
立ち上がって、壁に立てかけた写真を集め直すと、
元在ったように、丁寧に茶封筒に戻した。]
[視線がぶつかる。
その表情に微笑を認めれば、遠慮がちに見上げた顔がほっとしたように解けた。]
あったんですね、ここに。
…良かった。溜息が聞こえたから、心配しちゃった。
ふふ、そうですね。
[軽口を聞いて、胸に漸く安堵が降りる。
他の行き先はと問われ、逡巡するよう握った手を顎に当てた後、口を開いた。]
ありがとう。
……ひとつだけ、行きたい場所があるんです。
付き合ってくれますか?
お言葉に甘えて、もう少しだけ。
[微笑んで、合わせた目はゆっくりと窓の外に向く。
薄い潮の香りが漂う方角。
視線の先は、海を示していた。]
― 海辺/灯台 ―
ここから、上にのぼれるんです。
多分、開いてると思うんだけど―― 開いた。
[階段の前扉が施錠されていないことを確かめると、
とんとんとん、とリズミカルに外部階段を上る。
時折振り返って、手招きしながら。]
昔はこんな色だったのよ ね。
今の真っ白な灯台に慣れちゃうと、びっくりしちゃうな。
……10年前は、灯台守のおじさんにお願いして、
よく此処に登って、海を見てたの。
[階段を上りきると、急に風が強くなる。
小さな灯台だから、展望場は然程広くない。
うーんと伸びをして、省吾が上がり切るのを待った。]
ね。良い景色でしょ。ちょっとした穴場だったんですよ。考え事やお昼寝に最適で。
……、…、大人の男性には少し狭いかも知れません ね。
[大変そうな省吾を見て瞬いた。記憶より多少は狭いがまだまだ使えると思ってしまうのは、自分が余り成長していないことを認めるようで複雑だ。
手摺沿いにぐるりと廻り、丁度今居た場所の裏側へと歩いて行く。記憶違いでなければ、目的の物がそこにある筈だった。]
………これです。
多分、これが最後の欠片。
[見詰める視線に自らの視線を合わせて、指し示す。
一見おみくじを結ぶかのような形で、手摺に結ばれたもの。
地上からであればハンカチか何かかと見紛うかも知れないそれは、ただの紙片。]
…一緒に来て頂いてナンなんだけど、
本当にそんな、大層な物じゃなくって ね。
[そっと開いてゆけば、数ブロックに分かれた枠と文字とが印刷された紙だと分かる。
学校や職場でよく使われるごくありふれた中質紙。]
見たことありますか。これ。
………進路用紙。
何になりたいですかー、高校や大学の展望を自由に描いて下さいって。
…これ、父と母が亡くなってから一週間後が提出期限だったんです。
[第一志望、と書かれた部分に指で触れ、撫でた。
繰り返し、消しては書き、消しては書き。
志望欄が消しゴムで擦れて、灰色に黒ずんでいる。]
――それ で。
少し考えようって思って、此処に結んでおいたの。
本で調べたり、意見聞いたり、色々なことを考えた末に、結局第二志望だけ堅実な進路を書いて提出したんです。第一志望は空白のまま。
[眉下げて、少し困ったように笑う。]
“刻”に行って、欠片を見つけたから思い出したんです。
ずっと描いてきた夢を、本当の夢を描くことを諦めてしまった日のこと。
だから、
[バッグから取り出したシャープペン。
すらすらと動かして、第一志望を書き綴る。
ウサギに誘われて10年前の世界を垣間見ても、本来の時間は戻せない。
今はもう叶わぬ進路だが、書くことそのものに意味があった。]
………でーきた。
…こうやって、ここを埋めに来たの。
[もう一度掲げ持って、傍らの省吾にも見えるように。
第一志望に確りと文字が刻まれた進路希望用紙を、瞳細め満足げに見詰める。]
これで私のワスレモノは全部です。
[紙片は折り畳んで元通りに結んでおいた。
未来の筆記具で書かれた文字は直ぐに金色の砂になって零れ落ちてしまったから、過去の自分が目にすることはないけれど。
光の粒が落ちると同時、胸の痞えもすっと落ちてゆく心地がした。]
わたし一人だったら、見付けられなかった。
正直に言うと、此処に来るのもちょっと怖かった、から。
[すうっと潮風を吸い込んで、細く長く吐き出し。
晴れやかな笑顔で、省吾に微笑みかけた。]
省吾さん、…ありがとう。
……うん。
[堅実な道を選んでから、幾年月。
写真は趣味として続けては来たが、本気で目指そうとしていた夢は、あの日以来口にすることなく過ごして来た。
夢の破片が風に乗り碧海の波間に紛れるのを見送って、「良かった」という声に首肯した。]
知ってのとおり、こうして平凡な会社員になっているわけ ですけど。でも、後悔はしてないんです。
「刻」に――省吾さんに、出会えましたから。
個展の誘いを貰った時に、夢が またほんの少し動き出したの。
切欠をくれた省吾さんに一緒に来て欲しかった。
聞いて欲しいって思ったのは、わたし なんです。
[最初に画廊に赴いた日と同じように、省吾は自分の一人語りも厭うことなく話を聞いてくれた。知り合ってから長い年月は経っていなくとも、「刻」も省吾と話す時間も、今の自分にとってはほっと出来る場所なのだと。
小さな声で紡ぐそれは、自分で良かったのかという言葉への返答にもなるだろうか。]
[頬を叩く音に瞬きして、それから省吾の言葉を聞く。
省吾が向き合う事を恐れたものを自分は知らない。
それでも、真摯な感謝の言葉を向けられたなら、話に聞き入る真剣な眼差しがほんの少し和らいだ。心がほわりと温かくなる。]
…そっ、 か。
少しでもお役に立てたのなら、嬉しいな。…嬉しい。
[時計の針が進む音。
自分の手元に時計は無いのに、どこかで何かが動く音。]
…―――、
[差し出された手を見詰め、
それからふわりと微笑んだ。]
はい。
[合図のような右手に、自分の小さな手を重ねて。
遠慮がちに、ごく軽く握った。
何となく顔が上げ難くて、灯台の階段に目を向けてしまったけれど。]
……あ
[省吾からのお願いに、ぱちりと瞬く。]
はい、勿論。
あ、だったらこの間紹介したお店、どうですか。青海亭。
わたしこそ、お世話になってるんだから奢らせて下さい。
[とん、とん、と、上ってきた時よりも少し遅めの音を響かせながら、承諾を返した。
戻ることが出来たなら、話すことは幾らでもある。そんな気がした。*]
[響き渡る鐘の音。
廻る、世界。
既に経験していても、この感覚は早々慣れるものではない。急な回転から投げ出され、思わずぎゅっと目を瞑ってしまったけれど、今度はもう――大丈夫だと、分かっている。]
……ただーいま。
[白波が“現在”を刻む砂浜で、
見慣れた白亜の灯台を見上げ、瞳細めた**]
― 後日/ギャラリー 刻 ―
いらっしゃい――… あ、菊子ちゃん!
[扉の音に振り返れば、弾んだ声が菊子を迎える。]
来てくれたんだ。ありがとー。
お茶も出すから、ゆっくりして行って ね。
あれから幾つか写真も追加したの。 ……ふふ。ウサギの写真だよ。普通のロップイヤーだけれど。
[声弾ませてお茶を淹れながら、視線はふと菊子に向く。友達とふたり、並んだ背。
固い声で名乗ってくれた出会いの日より、何だか少し大人びたように見えた。**]
― 更に後日/青海亭 ―
チカノちゃんー!来たよー。
…あ、おばさん。お久しぶりです。
[青海亭の入り口を潜り、案内された席につく。
チカノやチカノの母親と二言三言挨拶を交わし、お勧めを聞いて注文を幾つか。
そうして、省吾へと向き直った。]
今日もお疲れ様でした。
……個展ももう直ぐ終わりです、ね。
何だか、色々なことが一度に駆け抜けたような心地。
[あれから、少し慌しかった。
みんなの無事を確認しに奔走して。ほっと安堵するもつかの間、勝手なウサギに対しての盛大な愚痴大会に参加したり。ほんの少し来客の増えた「刻」に日々通い、接客に明け暮れたり。]
この間も言ったけど、今日はわたしがご馳走します。
色々なお礼なんですから。
[じゃんじゃん飲んじゃって良いです!と、相変わらず重い荷物をぽんと叩いた。
「刻」を離れれば、自分の周りは何も変わらない。今も、街の小さな会社でキーボードを叩く日々。
けれど、灯台で燈した新しい夢の欠片は静かに自分に息づいていた。**]
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